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第三章 祝祭の街

瑣末なお願い

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 視線を向けるとそこには真っ青な髪を後ろに撫でつけ黄金の瞳をした背の高い男性が、黒いダブレットに金の釦の上着を着て腕を組んで立っていた。
 お義兄様がさっと礼を取る。
 私もカーテシーを取った。

 説明をされなくても分かる、あの髪、あの瞳、そして纏う黒。
 大きいなぁ、レオニダスより大きい気がする。


「王太子殿下にご挨拶申し上げます」

 座っていた御令嬢方も立ち上がり、カーテシーを取った。

「ああ、堅苦しくしなくていい。邪魔をするつもりはなかったんだが素晴らしいピアノが聴こえてきたのでな」
「貴方もそう思いますか? ディードリッヒ様」

 マルグリッド様が無邪気に微笑む。

「ああ。遠くからでもその素晴らしさは伝わって来た」

 褒められているはずなのに、緊張感が走る。

「勿体ないお言葉です」
「うむ。それに一度会わねばと思っていた。顔を上げよ」

 落としていた視線を前に向ける。
 隣で礼を解いたお義兄様から怒っているような気配を感じた。王太子殿下の黄金の目が細められ、こちらをじっと見遣る。

「怪我を負ったと聞いたが、は大丈夫か」
「はい。恙無く」
「そうか。致し方なかったとは言え、大きな犠牲を払わせる所だった。其方の協力には感謝する」
「私は何も……」
「いや。ザイラスブルクのタウンハウスの修復についてはこちらで対応している。其方も何か希望があれば申せ」

 その言葉にグッ、とお義兄様が前に出そうになる気配がした。
 あ、まずいかも。

「畏れながら、ひとつだけお願いがございます」

 お義兄様の動きが止まった。

「申せ」
「はい。私とエーリク・カーステンスに王城へ登城する許可を頂けないでしょうか」
「登城?」
「はい。私は王城の書庫にある古くからの楽譜を拝見したく、またエーリク・カーステンスは学び、鍛えるための場を求めております。カーステンスのギフトはご存知かと」
「ふ、そうか。ああ知っている。更なる高みを望むは自然な事」

 ふむ、と面白そうに口元を緩め、その黄金色の瞳を細めた。

「そのような瑣末な事……よかろう、カーステンスには我が王子達と交流を持たせたいと思っていた所だ。共に学べば得るものも大きかろう」
「では、その瑣末な事をもうひとつ」

 黄金の瞳が意外そうに開かれた。

「クラリッセ・スミュール嬢と共に書庫へ入る事をお許し頂けますか」

 今度こそ黄金色の瞳は大きく開かれた。

「は、はははっ! ああ、いいだろう、好きにすると良い。後で許可証を持たせよう。ふふ、願いが知識とは欲のない事だ」

 王太子殿下の後ろにいたクラリッセが顔を真っ赤にした。
 うん、あれは喜んでる。

「其方の願いは良い方向に向くだろう。アルベルト、良い義妹を持ったな」
「はっ」

 お義兄様は礼を取って応える。
 王太子殿下はもう一度私を見下ろすとふっと息を吐いた。

「それに、其方の色は美しい。誇りを持て」
「恐れ入ります」

 王太子殿下は踵を返し、王太子妃殿下の頬にキスをした。

「マルグリット、良い友人を持ったな」
「ええ! 本当に」

 嬉しそうに笑う王太子妃殿下の額にもう一度キスをして、王太子殿下は護衛を連れて立ち去った。


 後に残された私はぼんやり、その後ろ姿を見送った。
 興奮したクラリッセに抱きつかれるまで。



「王城の書庫?」

 夜、レオニダスに今日のお茶会での出来事を報告する。
 お義兄様も側にいて、一緒にお茶を飲んでいる。本当にお義兄様の淹れるお茶は美味しい。

「ナガセが言ったんだよ。でもさ、あの場で急に希望をって言われてもね。時間を掛けて考える暇なんてないよ」

 嫌な奴だ、とムッとした表情のまま優雅にお茶を飲む。
 人の事を悪く言うなんて珍しいな。

「それで伝えたのが王城の書庫」

 レオニダスは面白そうな顔をして私を見下ろす。

「だって、特に何も…欲しいものなんてないし、思い付かなくて」
「だが結果的に良かったじゃないか。エーリクは喜んだだろう」
「うん。早速明日、王城で王子様たちと会うんだって」
「しかし、王太子が相手なら宝石でもなんでもねだれるんだがな。書庫が見たいなど」

 カレンらしい、と笑って頬にキスをくれた。

 確かに咄嗟に思い付きで出た言葉だけど、エーリクの世界が広がるきっかけになれたみたいで良かった。何より、エーリクがとても喜んでいたから。
 勉強も訓練もこれまでのお客さんのような立場ではなく、王城で王子様達と一緒にしっかり身につけるんだ、と。


 お義母様から、王家と辺境の繋がりは強いと聞いている。
 レオニダスのお父様、前辺境伯は現国王陛下のすぐ下の弟で、枢機卿ハインリク様のお兄さん。

 前辺境伯も身体強化のギフトを持ち、バルテンシュタッドで深淵の森の魔物から国を守って来た。
 王国軍という名の独立した組織を持ち、北国の厳しい自然の中でも自給自足の可能な土地。
 人が集まり独自の文化も生み出し、深淵の森にある採掘地では王国軍の護衛の下で宝石の採掘もされている。

 つまり辺境伯領にはかなりの収入があり、いつでも独立可能な土地でもあるということ。
 それでも何故独立せず王国の一部となっているのか。

 それは、深淵の森があるから。
 南から攻め込まれてはきっとバルテンシュタッドは防御出来ない。北の警戒を緩めるわけにはいかないから。
 では、北の護りを放棄して南から攻め入って来る敵と戦い出したらどうなるか。

 バルテンシュタッドだけではなく、王国全土に魔物が広がる。
 結局、王国に属する事でお互いの身を守り均衡を保っている。
 王家の血の繋がりで更に結び付きを強め、でも互いを干渉せず目を光らせている。
 今や教会のトップにも王弟が就こうとしていて、そこに反感を持つ貴族も少なくないのだとか。
 この世界のギフトがそれを可能にしているけれど、確かに権力の偏りが大きい。独裁、と言われればそうだと思う。
 その辺はまだまだ勉強不足なんだけど。

 エーリクが将来ザイラスブルク公を名乗りバルテンシュタッドを治める時、今の出会いと学びがいい方向に向いてほしいと思う。
 一人で学ぶ時期を抜けて同じ年頃の王子達と共に学び、彼等が年頃になってお互いの繋がりを大事にしながら上の人間として手腕を発揮出来れば、エーリクはきっと素晴らしい辺境伯になると思う。
 バルテンシュタッドで育ち、バルテンシュタッドを愛する優しくて強いエーリクなら、きっとなれる。
私はそれを見ていたい。

ずっと。
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