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第三章 祝祭の街
恋に落ちて
しおりを挟む「レオニダス、もう、そんな顔しないで」
音楽が始まり、まずは陛下と王妃のダンス。
それに続き王太子夫妻、ベアンハート殿下と婚約者のクラリッセ、そして私たちもその中に加わった。
ダンスを踊りながら、先程の陛下のキスにずっと不満顔のレオニダスを宥める。余計なことを、とずっとぶつぶつ言っていて眉間に皺が寄ったまま。
「陛下に挨拶も済んだからこのまま帰ろう」
「え、待って私、挨拶したい人が」
「挨拶?」
「そう、あの、王子様たちとクラリッセにね、エーリクのことお願いしますって言いたいの」
「ああ、そうだな……分かった、それは俺もしよう」
良かった、少し眉間の皺が浅くなった。
「……ディードリッヒが言っていたが、確かにカレンは肝が据わっているな」
「私?」
「ああ。こんな大勢の前で、しかも王族に混ざって踊っていると言うのに普段とあまり変わらないだろう。先日の侯爵家の夜会の方が余程緊張していたな」
「それは…」
確かに前回は全く未知の世界に足を踏み入れることに対してもの凄く緊張していた。何か粗相をしてしまわないか、マナーやダンスは大丈夫か。一度経験してマナーもダンスもなんとかなると分かれば、そこまで緊張する必要がなくて。
それに、王族と言っても雲の上の人過ぎてよく分からない、と言うのが本音かも。陛下の威圧感は凄かったけど。そう言うと、レオニダスはおかしそうに笑った。
「なるほど、カレンらしい」
「あ、やっと笑った」
「ん?」
「レオニダス、ずっと眉間に皺が寄ってたよ」
「そうか? いや、そうだな、ちょっと色々牽制する必要があってだな…」
「牽制」
「そうだ。このドレスの…」
そう言ってついっと私の腰に指先を沿わせた。
「!」
「背中が開きすぎだと言っただろう。見てくる不敬な輩がいないか監視している」
「不敬って…」
クスクス笑うとレオニダスが私の腰を引き寄せ耳元で囁く。
ダメダメ、見てる人沢山いるからー!
「カレンの美しさに見惚れるやつを牽制するのに忙しい」
もう! すぐ恥ずかしくなること言うんだから!
レオニダスの足を踏みそうになりながらもなんとかダンスを終えて、私たちは王子様たちとクラリッセに挨拶をした。
彼らは未成年だからこの後すぐに舞踏会から退出する。王子様たちはエーリクととても仲良くしていて安心出来たし、ベアンハート殿下もクラリッセも、任せて欲しいと言ってくれた。
「ただダンスを申し込むだけだろう」
「ダメだ」
「私と踊れば更に立場が盤石なものになると思うのだが」
「結構だ。陛下の祝福で十分だ」
「どうせまた何年も王都に来ないのであろう」
「そうだ。だから踊る必要はない」
ディードリッヒ王太子殿下とレオニダスがずっと、私を踊りに誘う、ダメだの応酬を繰り広げている。マルグリット王太子妃がそっと耳打ちしてくれた。
「この二人、ずっとこうやって仲良しなのよ」
王都で過ごした時期に交流のあった二人がこうして気兼ねなく話せる間柄でいられるのを見て、どうかエーリクの未来もこうあって欲しいと願わずにはいられなかった。
「カレン」
一通りの挨拶を終え少しだけ食事を摂って、令嬢方に囲まれているアイドルのようなお義兄様とフロアで新婚夫婦のように仲睦まじく踊る義両親をぼんやり見ていると、レオニダスがさっと私の腰を引き寄せた。
「見せたいものがある」
そう言ってフロアを足早に出て王城内を進んだ。
顔パスなのかあちこちにいる衛兵にスッと片手を上げるだけでどんどん奥へ進んで行く。
やがて小さなドアの前に辿り着いた。
「少し登るが大丈夫だろうか」
レオニダスが把手に手を掛け扉を開くと、ひんやりと冷たい風が頬を掠める。上へ登る階段が螺旋状に続き、尖塔の入り口だと分かった。
「なんなら抱き上げるんだが」
「大丈夫」
履いていたヒールを脱ぎ掲げて見せ、登りたいと言うと、レオニダスは嬉しそうにくしゃりと破顔した。
「お手をどうぞ、姫」
仰々しく礼をして私の手を取り、グルグルと二人で階段を登り続けた。
息も切れ切れで到着した尖塔の最上階は、ぐるりと王都を見下ろせる造りになっていた。窓はなく吹きさらしで火照った身体に吹く風が心地いい。
「わあ、すごい!」
見下ろすと明かりが煌々と灯る王都の街、あちこちで上がる歓声に音楽。ユラユラとゆっくり登っていく灯篭に下からライトが当てられ闇夜に浮かび上がる王城。
自分が今ここにいる事に現実感が湧かないほど幻想的な光景だった。
「カレン」
レオニダスが後ろからそっと腰に腕を回し抱き締めた。耳にちゅ、とキスをして私の髪に顔を埋める。
「今日は心ここに在らず、だったな」
レオニダスに言われてビクッと身体が揺れた。
「エーリクのことばかり考えていただろう」
腰に回る腕にそっと手を当てる。
「……今日が終わると、もうすぐエーリクとお別れだから」
言葉にするとずっしりと心が重くなる。
「ごめんなさい」
「謝ることはない」
レオニダスはするりと私の前に回り込み、顔を覗き込むと優しく頬を撫でた。その掌に顔を寄せ目を瞑る。
「どんなに言葉を紡いでも、別れは辛いものだ」
「レオ…」
「エーリクも同じ思いだろう」
その言葉に気持ちが込み上げてくる。
「カレン、淋しい思いを隠す必要はない。エーリクに何度だって伝えればいい。思いを共有する事は悪い事ではないぞ」
そう言って優しく笑うレオニダスの顔を、王都の灯りが柔らかく照らし出す。
この人はどうしてこんなに優しくいられるのだろう。強くて優しい人。人の心に寄り添える、私の全てを受け止めてくれる。
「レオニダス……私、あなたに会えてよかった」
ひゅるひゅると音を立てて、大きな花火が何発も打ち上がった。眼下に広がる王都から人々の歓声が上がる。
「俺もだ」
そう言ってレオニダスは腕の中に私を閉じ込める。レオニダスの森のような香りに包まれて、逞しい身体に腕を回しぎゅうっと抱きついた。
「……俺は、運命と言う言葉を信じた事はなかった。だが、カレンが母のノートを見つけて……あるんだと思ったよ」
ドオォン
花火の音、人々の歓声。
「王城の書庫に、楽譜の棚に母の日記を隠したことも、深淵の森でカレンを見つけたことも、全ては繋がっていた。俺は、カレンに出会う運命だったんだ。カレンを」
ドオォン、ドオン
何発も花火が上がる。パラパラと火花が散り落ちる音。
「愛する運命だった」
見上げるとレオニダスの蕩けるような視線、けれど、泣きそうな表情。レオニダスはそっと優しく顔を寄せて「愛してる」と囁くと、甘いキスをした。
私も何度も、レオニダスに愛してると伝えた。
何度も、何度も。
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