勘違いから始まりましたが、最強辺境伯様に溺愛されてます

かほなみり

文字の大きさ
82 / 119
最終章 深淵

白い世界

しおりを挟む


「花怜ちゃんに手伝って貰いたいと思ってね」


 そう言ってマスターは珈琲を目の前に置いた。
 部屋の隅にはレトロな形のペレットストーブが置かれ、丸い形のケトルがしゅんしゅんと湯気を吹いている。結露で曇った窓から外を見ると、また雪が強く降り出し、帰路を思うと憂鬱になった。
 目の前のカップに手を伸ばし、珈琲の香りに包まれ目を細める。マスターの淹れる珈琲は凄く美味しい。豆からこだわって挽いている珈琲は香りも良くいつも気持ちを落ち着かせてくれる。

「美味しい…」
「ふふ、そうかい?」

 久し振りにマスターから連絡があり向かったそこは、こじんまりとした古民家を改装したカフェ。
 お酒を出すお店ではなくカフェを開きたいと、マスターが自分でせっせとあちこち直していたらしい。

「本当は前のお店を畳む時にもうここに手を付けていたんだけど、どうなるか分からなかったからね、花怜ちゃんには言えなかったんだ」

 ごめんね、とマスターは苦笑いを浮かべる。

「そんな、私なんかに声を掛けて頂いただけで…」
「ピアノもね、用意したんだ。アップライトだけどね、優しい音だよ」

 だから是非、とマスターはニコニコ笑う。

「ありがとうございます、嬉しい…私、キッチンも立ちますから」
「本当? 受けてくれるかい?」
「もちろん! 最近はお菓子も作るんですよ! フルーツのタルトとか好評で!」
「いいね、珈琲に合いそうだね」
「…、珈琲。そうですね、珈琲に合いますね」
「カフェだからね、そんなに手の込んだ料理を提供する予定はないんだよ。他はパンケーキやサンドウィッチを何種類か」
「私、サンドウィッチも凄く作ってて。カツサンドがとっても好評でした。サラダチキンサンドも野菜たっぷりで美味しいって言ってくれて、よくお弁当に入れているんですよ」
「え、なになに花怜ちゃん、お弁当作ってあげるようないい人ができたのかい?」
「え!? いや、えっと…」
「サンドウィッチは作ってあげたんだろう? 喜んでくれたんだね」

 ……喜ぶ?

 その時、机に置いたスマホがブブブ、と鳴った。見るとお母さんからの着信。
 マスターはニコニコと自分も珈琲を飲んでいる。

「……私、スマホ落としたはず…」

 手の中でスマホは鳴り続ける。お母さんからの着信。

「……おかあさん?」
「花怜ちゃん、ケーキ食べるかい? 試作品なんだけど感想聞かせてほしいな」

 マスターが立ち上がりカウンターに戻って行く。

「あ、はいあの、ありがとう、ございます…」

 窓の外はまだ雪が降っている。
 しゅんしゅんとケトルは音を立て、室内を潤す。

 手の中で震えるスマホの通話ボタンを押した。

「……もしもし?」
『もしもし? 花怜?』

 電話から聞こえるお母さんの声に、喉がグッと詰まる。

「お、母さん…」

 ポロポロと涙が溢れた。
 お母さん、お母さんの声。ずっと聞きたかった、お母さんの声。

『花怜、…なた、…そ……なに…てるの?』
「え?」
『花…ん、…やく、戻…なさい』

 ザザザ、と雑音が混ざる。

「お母さん?」
『花…、…やく、もどりな…い…』
「もしもし!」

 ブツリと通話が途切れた。

「花怜ちゃん、はいどうぞ」

 ケーキのお皿を置くマスターの姿が涙で歪む。

「どうしたの? 大丈夫かい?」

 マスターが慌てた様子でティッシュの箱を差し出して来た。

「だ、大丈夫、です、すみません…」

 私……、早く、戻らないと。

「あの、私…帰らないと…」
「もう? そうか、ごめんね引き留めてしまって」

 マスターは優しい笑顔を向けて、じゃあケーキは包もうか、とまた立ち上がった。
 心臓がドキドキする。何か落ち着かない。

「あの、マスター、やっぱりもう帰ります、ケーキはまた今度…」

 コートを手に取り立ち上がった所で、カラン、と音を立ててお店のドアが開いた。

「こんにちは」

 肩に降り積もった雪を払いフードを取るその背の高い人は。

「レオ」
「花怜、雪が酷いから迎えに来た」

 レオが笑顔で片手を上げる。そしてマスターにも挨拶をした。

「わあ、花怜ちゃんのお付き合いしている彼かな?」
「はじめまして。花怜がいつもお世話になっています」
「いやいや、こちらこそ! 今回は急に呼び出してしまってね…どうぞ掛けて、今、珈琲を出すから」
「ありがとうございます、ではお言葉に甘えて」

 レオはそう言うと上着を脱ぎ、私の隣に腰掛けた。

「レオ」
「花怜…どうした? 何かあったのか?」

 レオがそっと、私の頬に残る涙の跡を指で拭う。心配そうに覗き込んでくるその瞳は、私の大好きな深い青い瞳。

「…ううん、大丈夫、何か…なんだろう、急に不安になっちゃって」
「そうか…」

 レオは肩を抱き寄せるとこめかみにそっとキスをした。私を包むその腕に、凄く安心する。

「もうすぐ結婚式だしな…きっと、環境が変わるから色々不安なんだろう」
「もうすぐって…まだ一年くらい先だよ」
「本当…もっと早く出来ないだろうか。耐えられない」

 レオがギュッと私を抱き締めて頭をぐりぐり押し付けてくる。
 ふふっ、可愛い。

「ダメだよ、ちゃんと順番通りにしろって怒られちゃう」
「誰に?」
「それはもう……」

 ……誰に?

「え、なに、二人は結婚するの!?」

 マスターが珈琲を持って席に戻って来た。

「はい。婚約したばかりなんですが、これから先の準備を進めて行く予定です」
「それはおめでとう! なんだい、教えてくれたら良かったのに! いやあ、よかったよかった!」

 マスターは自分の事のように喜んでくれる。
 レオはマスターの珈琲をひと口飲み、ふう、と息を吐いた。

「美味い」
「レオ、珈琲好き?」
「ああ。この珈琲、本当に美味いな」

 その時また、机上でスマホが鳴った。
 ブブッと振動が伝わる。手に取ると、お母さんからのメッセージだった。

「お母さんか?」
「うん、さっきも電話来たんだけど音が途切れてよく分からなかったの」

 メッセージを開くとそこには短く一言。


 ――早く、戻りなさい


「戻る?」
「花怜、どうした」

 隣を見上げるとレオが優しく私を見下ろして、頬を撫でる。
 その手つきに、また何か不安感が過ぎる。

「私、やっぱり…戻らないと」
「戻る? もう帰るか?」

 立ち上がる私を支えるレオの力強い腕。その腕に縋りたくなる。
 でも。

「あの、…大丈夫、一人で帰るよ」
「ダメだ、吹雪が強くなって来ている。一人では帰せない」

 送るから、とレオが自分の分の上着も手に取る。

 ワンッ!!

 外から犬が吠える声が聞こえた。


「…………うる」

 窓の外を見ると、道路の向こうに見覚えのある黒いシルエットが。
 こちらを見て、もう一度 ワンッ と吠えた。

「ウル」
「ウル? なんだそれは」

 隣に立つレオを見上げる。見下ろすその瞳は変わらず優しく蕩けるようで。

「私、行かなきゃ」
「花怜」

 レオの手を振り解き、外へ出る。

「花怜!!」

 後ろで私を呼ぶ声。
 あれは誰だったか。

 外に出た途端、雪に行手を阻まれる。
 前からも後ろからも強風が身体を押し、腕で顔を庇っていても容赦なく巻き上げた雪が叩き付けられる。呼吸もままならない。脚は膝まで雪に埋まり、前に進むのも難しい。
 それでも前方でまた犬の声がした。

「ウル……」

 必死にウルの声がする方へ進む。

 待って、ウル。今行くから。

「花怜!!」

 急に腕を掴まれた。驚いて振り返ると、そこにはレオが。

「危険だ、一人で行ってはダメだ! 一緒に戻ろう!!」

 ギュッと身体を抱き締めてくる。大きな身体、力強い腕に包まれて…でも、違う。
 レオの胸に手を当ててぐっと身体を離す。

「花怜!」

 悲しそうな、泣き出しそうな顔のレオを見て胸が痛む。

 でも違う、ここは私の世界じゃない。

「何も心配する事はない。ここは君の世界だよ」

 レオは掌で私の頬をそっと包み込む。優しく蕩けるような眼差し。

 でも違う、違う。
 だって、約束したから。

「何を?」

 私を…私が、幸せにするって。
 貴方を悲しませるような事はしないって、約束したから。
 ここでは出来ない。

「誰を幸せにするの?」


 ――――レオニダス
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます

かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~ 【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】 奨励賞受賞 ●聖女編● いきなり召喚された上に、ババァ発言。 挙句、偽聖女だと。 確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。 だったら好きに生きさせてもらいます。 脱社畜! ハッピースローライフ! ご都合主義万歳! ノリで生きて何が悪い! ●勇者編● え?勇者? うん?勇者? そもそも召喚って何か知ってますか? またやらかしたのかバカ王子ー! ●魔界編● いきおくれって分かってるわー! それよりも、クロを探しに魔界へ! 魔界という場所は……とてつもなかった そしてクロはクロだった。 魔界でも見事になしてみせようスローライフ! 邪魔するなら排除します! -------------- 恋愛はスローペース 物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。

聖女の任期終了後、婚活を始めてみたら六歳の可愛い男児が立候補してきた!

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
23歳のメルリラは、聖女の任期を終えたばかり。結婚適齢期を少し過ぎた彼女は、幸せな結婚を夢見て婚活に励むが、なかなか相手が見つからない。原因は「元聖女」という肩書にあった。聖女を務めた女性は慣例として専属聖騎士と結婚することが多く、メルリラもまた、かつての専属聖騎士フェイビアンと結ばれるものと世間から思われているのだ。しかし、メルリラとフェイビアンは口げんかが絶えない関係で、恋愛感情など皆無。彼を結婚相手として考えたことなどなかった。それでも世間の誤解は解けず、婚活は難航する。そんなある日、聖女を辞めて半年が経った頃、メルリラの婚活を知った公爵子息ハリソン(6歳)がやって来て――。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。