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第五章 結婚前夜
レオニダス3 君という人物
しおりを挟む「検査はしたけど、何も出なかったよ」
アルベルトは言いながらベアンハートへ俺の検査結果を記した書類を手渡した。ベアンハートは素早く中身を検めて、何やら書き記していく。
「違う視点でものを見ると見えてくるものがある。初めに検査をしたときは毒まで検査項目に入れていないだろう」
「毒……」
べアンハートの言葉に反応し、つい言葉にしてしまった。アルベルトがちらりとこちらを見る。
砦に到着してすぐ、ベアンハートの指示で医務室へ向かい、採血をした。
他にも改めて全身の確認を行い、この後はベアンハートが詳細を調べるという。
アルベルトは椅子にもたれかかり、腕を組んで天を仰いだ。疲れているのは傍目で見ていても十分に分かる。
そういう所が、ますますジョストに似ている。
「運悪く弓矢を使っているのを狙われたのか、弓矢を使うことを知られて計画的に狙われたのか」
「後者だ。常人ならばレオニダスを狙うなど不可能だし無計画で深淵の森へ入りタイミングを見計らうなどリスクが高すぎる上に吹き矢など都合のいいものを持ち歩くはずがない。拾得物に痕跡が残っていないか調べるから研究室を借りる。医務室から何人か手伝いをよこしてくれ」
べアンハートは言うだけ言い放つと、あれこれと器具を籠に詰め込んで、兵士に案内されて執務室を後にした。
ああなるとしばらく研究室から出てこなくなる。
それは恐らく、今も変わりないのだろう。
「ベアンハートはなぜここにいるんだ?」
深淵の森から屋敷へ直接戻った俺に、ナガセがベアンハートの来訪を教えてくれた。しばらくの間、屋敷で滞在してもらうことになると話していたが、なぜこんな雪深い季節にあの男が辺境へ来ているのか分からない。
「本当は春に来る予定だったんだよ」
「なぜ」
「なぜって……」
うーん、とソファに腰掛けるアルベルトが腕を組んだ。
入口で控えているクラウスが神妙な面持ちで俺を見ている。
クラウスは、父上の部下だった男の子息で、平民だが代々優秀な軍人を輩出している家系だ。兄弟が多く、聞けば今では全員が軍や王都の騎士として勤めているという。
俺の記憶では、クラウスは辺境の学校を出てすぐに兵としてオーウェンの隊に配属となった。あのころ、オーウェンからひどい訓練を受けていた俺たちは、憂さを晴らすようによく街で飲んでいた。
そのクラウスが、今では第五部隊の隊長だという。
(世代交代、か)
オーウェンも今では退役し、城下で店を開いている。飲み屋だというのは合点がいったが、そこへナガセが通い、食事や音楽を提供していると聞いた。
ナサニエルがザイラスブルクの屋敷で料理人をやっているというのも驚きだった。筋肉を鍛えるしか頭にないような男だったのだが。
アンナも、ナガセの侍女として屋敷で働いている。
どこか昏く、重たい空気を持っていた辺境が、今は明るさすら感じるほど変化している。いなくなった者たちも確かにいるが、新しく前へ進んでいる空気を感じるのだ。
「まあ、ね。さすがに王太子殿下は忙しいから」
アルベルトは、隠しているわけじゃないし、と言いながら俺を見た。
「なんの話だ」
「うん? 結婚式だよ」
「――ベアンハートが?」
「違うよ、レオニダスの」
「俺……?」
「レオニダスとナガセの結婚式が春にあるんだ。王家から代表してベアンハートが参列してくれるんだよ」
「は……?」
思わず口元を手で覆った。
(俺が、結婚……)
ナガセが婚約者だというのは聞いた。屋敷にいるのもそのためだと。彼女をバーデンシュタインの養子にして、俺の婚約者に相応しい後ろ盾を得たのだとも。
だが、まさかそんなすぐ結婚式があるとは思っていなかった。
「あのさ、ちゃんとナガセと話してる?」
ソファに背中を預けたアルベルトが、目を細めて俺を見た。
「――まあ、少し、は」
「なんでそんな逃げ腰なの?」
「逃げ腰ではない」
「そう? 避けてるでしょう、ナガセのこと」
朝早くに屋敷を出て、彼女と朝食を共に取らないようにしている。屋敷へ戻るのも深夜、砦に泊まることもあった。
彼女の話になると、皆そろって表情を緩め、俺がいかに彼女を愛しているか語るのだ。俺の知らない俺の話を、俺の振る舞いを、聞かされる身にもなってほしい。
正直、いたたまれない。
アルベルトは困ったように眉尻を下げ、肘をついて俺を見る。
「気持ちは分かるけどさ、ナガセは君が選んだ女性だよ、レオニダス。なぜ君がナガセを選んだのか、彼女がどんな女性なのか、ちゃんと向き合ってみなよ」
「向き合って……」
(それで、何も思い出さなかったら?)
彼女は、どう思うだろうか。
何も覚えていない俺のことを、彼女はどう思うのか。
――傷つけたりしないだろうか。
「ナガセが君に相応しくない女性だったら、ヨアキムもアンナも、屋敷でナガセに仕えるようなことはしないし、僕の義妹にだってならないよ」
「それはそうだが」
「レオニダスも」
そこまで言って、アルベルトは首を傾げて俺をじっと見つめた。その眼差しは、まるで、すべて分かっているとでも言いたげな、心を見抜くような眼差しだ。
「君が辺境伯として尊敬するに値する人物だからこそ、人々は皆、君に敬意を払っているんだよ」
「……」
「君はここまで、よくやってきた。それは、僕が一番知ってる」
「――そうか」
アルベルトの言葉に、俺はそう答えるのがやっとだった。
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