勘違いから始まりましたが、最強辺境伯様に溺愛されてます

かほなみり

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第五章 結婚前夜

距離

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「ベアンハートが?」

 アンナに、私たち二人揃ってベアンハート殿下を迎えるのが当然だ、と言われて、エントランスで到着を待っていた。

 あの後、砦から急いで屋敷に戻り、ヨアキムとアンナにベアンハート殿下の滞在について依頼をした。突然王族がやって来るにもかかわらず、顔色ひとつ変えない二人が頼もしい。
 それから俄に屋敷は慌ただしくなり、なんとなく手持ち無沙汰でいるところへ、オッテを連れたレオニダスが戻ってきた。
 ウルとオッテは嬉しそうに鼻先を合わせ、そのまま二匹で屋敷の奥へと駆けていった。
 その姿をぼんやりと見つめたまま、隣に立つレオニダスをなるべく意識しないように、努めて明るく会話をする。
 だって、顔を合わせるのが久しぶりなのだ。ぎこちなくするのも申し訳ないし、けれど自然にできている自信もない。
 並んで立つ、この微妙に開いた距離も、落ち着かない理由のひとつ。

「オリビアさんと一緒に来たみたいですよ。突然砦に現れて、お義兄さまがすごく困ってました」
「オリビア?」
「あ、ええと……その、王都の知り合いです」
「ふうん」

 そうだ、今の彼はオリビアさんを知らない。

(結婚式のドレスのために……って、言ったらどう思うかな)

 結婚式のことは言わないほうがいいかもしれない。困惑するだろうし、執り行うかも分からない。
 ――結婚しないかもしれない。
 そんな考えが頭をよぎって、心臓が嫌な音を立てた。

「アイツはいつも突然来るからな。ヨアキムに任せておけば問題ないだろう」
「そうなんですか?」

 心臓が嫌な音を立てて、なんだか苦しい。ちゃんと笑えているだろうか。
 ドキドキうるさい胸を無視して、隣のレオニダスに話しかける。

「確かに、ベアンハート殿下は昔から変わってなさそうです」
「ということは今も変わらないんだな」
「だと思いますよ。会うのが楽しみですね」
「――それはなんか違う」
「ふふっ!」

 レオニダスの困惑する声がおかしくて笑うと、外が騒がしくなった。多くの人の気配がする。

「来たな」

 騎馬兵や騎士たちが周囲を警備する馬車が玄関前に乗り付けた。
 出迎えのために外へ向かえば、ヨアキムが馬車に近付いて馬車の扉を恭しく開け、ベアンハート殿下が手に本を抱えて降り立った。普段の扱われ方がなんだか雑に感じるから、こういうとき、ベアンハート殿下は王族なんだな、としみじみ思う。
 本人がそういう振る舞いをしないからなのだけど。 

「レオニダス久しぶりだ」
「――本当にお前は何も変わらないな、ベアンハート。突然来てアルベルトを困らせるな」

 ため息混じりにいうレオニダスに、殿下がピタリと動きを止めた。そのままじっと、曇った眼鏡の向こうからレオニダスを見つめている。
 背後からひょっこり、疲れた顔でお義兄さまが顔を出した。

「レオニダス、ベアンハートの護衛に第一部隊の兵を配置させる。でも足りないからそっちの騎士を借りるよ」
「分かった」
「ベアンハート殿下、それではヨアキムにお部屋を案内させますね」

 どうぞ、と促しても殿下は動かない。どうも、レオニダスを見ているみたい。

「――なんだ」

 レオニダスは眉間にしわを寄せて、怪訝な表情で殿下を見た。後ろに立つお義兄さまも不思議そうに殿下の顔を覗き込む。

「なぜ二十歳なんだ」

 その言葉に、お義兄さまが慌てて殿下を応接室へ押し込んだ。

 *

「何を……」

 お義兄さまはとりあえずベアンハート殿下をソファへ座らせ、自分もため息混じりに腰掛けた。レオニダスと私は向かいに腰を下ろす。

「話すときの速さと息遣い言葉の選択が今のレオニダスとは違う。何より」

 そこでやっと曇りの取れたメガネの奥から、殿下が私を見た。王族の色、黄金の瞳が私を見つめる。

「ナガセとの距離が違う」

 その言葉に、また心臓がドキリと音を立てた。

「あー……、まあ、そうね……」

 お義兄さまは諦めたようにクシャクシャと頭を掻いて、背中をソファへ預ける。アンナが準備するお茶の香りがふわりと香った。

「ベアンハートに隠せるとは思ってないけどね」
「推測するに何らかの外的要因によるものと考えられるが岩よりも頑丈なレオニダスが頭部をぶつける程度でこんなことになるはずもないしそんなことなら既に何度も記憶の退行を経験しているはずだ四年前に王城で行われた御前試合で騎士団長と剣技披露を行った際に頭部に受けた打撃は相当な衝撃だったがそういえばあのときレオニダスはむしろ興奮するという特殊な反応を見せて永遠に試合が終わらな」
「ベアンハート、お茶だよ」

 アンナがタイミングよく殿下の前にお茶を置いたのを、お義兄様がすかさず声を掛ける。
 レオニダスが静止させないと、中々に殿下の話は止まらないみたい。

「外的要因だと何が考えられるんだ」

 自分の置かれた状況に不安のあるであろうレオニダスは、今の殿下の早口をちゃんと聞き取っていた。ということは、昔からこうなんだろう。

「レオニダス、これを聞き取れる君はやっぱり偉いねぇ」

 お義兄さまは諦めたようにソーサーを手にして香りを吸い込んだ。ほっと小さく息を吐きだし、アンナにありがとう、と微笑む。
 
「薬だとは思うが詳しく調べなければ断言はできない」
「薬……」
「深淵の森にいたんだよ。いくら弓矢を使用していたからとはいえ、レオニダスに気付かれず近付いて薬を盛るなんてまず無理でしょ」
「知り合いに会ったかもしれないだろう」
「いくら魔物が少なくなったからといって、深淵の森に出入りするモノ好きはいないよ。いたとしたら相当変わってる」
「私は一度入ってみたいと思っているぞ」
「勘弁してよ……」

 お義兄さまが心底嫌そうな顔で殿下を見た。その様子がおかしくてクスクスと笑うと、隣に座るレオニダスが「そうだ」とポケットから何かを取り出した。

「森でこれを拾った」

 テーブルに置かれたそれは、黒い木の筒と布切れ。よく見ると赤いものが付いている。血だろうか。

「――吹き矢だ」

 お義兄様が手に取って確認する。箸よりも太いそれは伸縮するようになっていて、元のサイズよりも二倍ほどにまで伸びた。

「吹き矢?」
「それなら多少の距離はあっても遠くまで飛ばせるだろう。レオニダスの身体に針の痕は残っていなかったか」

 その言葉にガバっと立ち上がったお義兄さまが、レオニダスの身体を確認しだした。

「おい、アルベルト! 何を……」
「――あった」
「は?」
「針の痕が髪の中にある。これじゃ気が付かないはずだ」
「じゃあ、レオニダスは誰かに襲われたの……?」

 ポツリとそう言うと、レオニダスとお義兄さまが私の顔を見た。
 そう、そんなふうに考えたことはなかった。
 王国最強と言われるレオニダスを襲う、その理由はなんだろう。この辺境の地で、命を奪うのではなく、わざわざ記憶を混乱させるような真似をする、その理由は何?

「――大至急砦へ戻ろう。ベアンハート、悪いけど調べてくれないかな」
「面白そうだな引き受けよう。だがこのお茶は大変素晴らしいからもう少し……」
「まあ、恐れ入ります」

 アンナが嬉しそうに微笑み、おかわりを用意する。
 
「僕がいくらでも淹れるよ! ほら!」

 お義兄さまは座ってお茶を飲む殿下を促して、レオニダスを引っ張り、また砦へと戻っていった。

「ナガセごめんね、また来るから!」

 慌ただしく去っていく彼らを見送って、何か嫌な予感がまた胸に降り積もっていく。
 降り出した雪の中、そんな感覚に囚われた。
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