勘違いから始まりましたが、最強辺境伯様に溺愛されてます

かほなみり

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第五章 結婚前夜

暗雲

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「――ん……」

 意識が浮上して、真っ先に聞こえるのは薪の爆ぜる音。
 視線を向けると、薄暗い室内で暖炉のオレンジ色の明かりを浴びたウルとオッテが仲良くくっついて眠る姿が見えた。

「――起きたか」

 背後から低い声が聞こえて、首に柔らかいものが当てられる。チュッと音を立てて、そのまま私のうなじに触れている。ふわりとかすかにかかる吐息がくすぐったくて肩を竦めた。

「起きてたの?」
「いや……眠ってた」

 腰に回されたたくましい腕が、グッと私を引き寄せた。密着する素肌の熱が気持ちいい。
 背後からレオニダスに抱きしめられて、ほっと息を吐き出す。
 
「レオに、こうしてもらうの好き……」

 彼の腕に抱きしめられて迎える朝の安心感が私は好きだ。彼が隣にいるだけで、気持ちが安らぐ。
 寝ぼけた頭でそんなことを言う私の背後で、レオニダスが身体を揺らした。

「それも初めて言う?」
「うーん? 多分……」
「くっくっ、寝ぼけてるのか」

 ちゅっとまた音を立ててうなじにキスをして、そのまま首をぬるりと舐められる。
 腰に回っていた手がスルスルと上がって胸をふわりと包みこんだ。優しく、指を沈めるようにふわふわと揉まれて甘い声が漏れる。

「んっ……、今、何時……?」
「まだ夜中だ。身体は辛くないか?」
「ん、ダイジョブ……」
「屋敷には朝戻ると伝えてある。もう少しゆっくりしよう」
(いつの間に……)
「――あっ」

 突然、胸の先端を弾かれて背中をのけぞらせる。お尻にレオニダスの硬い熱がゴリッと擦り付けられて、寝ぼけていた意識が覚醒した。

「え、あっ、レオニダス……んんっ」
「寝ててもいい」
(それは無理!)

 背後から覆い被さった彼は両手で私の胸を揉みながら、お尻にグリグリと昂りを押し付けた。

「ナガセ」

 耳元で囁かれて、ゾクリと背中が痺れる。

「俺の声が好きみたいだな」
「そ、それは」
「ん? 嫌い?」
「ち、ちが……、あっ」
「ナガセ」
「ん……っ」
「――好きだ、ナガセ」

 耳元で低く囁かれて、ぎゅうっと胸が締め付けられた。その声がなんだか切なくて、じわりと視界がにじむ。

「好きだ」

 シーツを握りしめる私の手を上から包み込んで、何度も囁かれる。枕に顔を埋める私の顎を掴まれて、後ろを振り向かされた。
 にじむ視界にレオニダスの黄金色の瞳が見える。その瞳は強く光っているけれど、どこか不安げに揺れていた。

(――ああ、そっか)

 私、ちゃんと伝えてない。
 今のレオニダスに、ちゃんと伝えていないんだ。

「――好きだよ」

 私の言葉に彼の動きが止まった。

「私も、好きだよ、レオニダス」

 彼の下でくるりと身体を仰向けにして、正面からその瞳を見つめる。両手で頬を包み込めば、気持ちよさげに目を細めた。

「だから、私だけにしてね」

 昔の記憶も全部塗り替えて、あなたの全てを私だけにしてほしい。
 記憶を取り戻しても今を忘れず、私と過ごしたことを共有してほしい。
 
 頭を持ち上げてちゅ、と触れるだけのキスを贈ると、そのまま食べられるように深く噛みつかれた。頭を抱えながらぎゅうっと抱きしめられる。
 けれど突然、唇が離れた。
 息苦しさから解放されて、荒い呼吸を繰り返しながら、レオニダスを見上げる。顔を上げて部屋の入り口を睨んでいた彼は、がっくりと項垂れて私の肩に顔を埋めた。

「レオニダス?」
「――っ、くそ」

 はあっ、と深くため息をついた彼は、「ちょっと待っていろ」と徐ろに身体を起こした。

「レオ?」
「大丈夫だ、そのまま寝ていていい」

 手早くガウンを羽織って、ちゅ、と額に口づけを落とす。与えられた甘い刺激に、思考も身体も揺蕩うようにふわふわしてうまく動かない。ぼんやりと彼を目で追いながら、ゴソゴソとガウンをたぐり寄せた。
 ベッドから降りて寝室から出た彼を、オッテが首を起こして見つめている。
 やがて、玄関から人の話し声が聞こえてきた。

(誰か来た……?)

 しばらく話し声がしたあと、レオニダスが寝室へ戻ってきた。

「――誰か来たの?」
「ナガセ、動けるか?」
「ん、どうしたの」

 嫌な予感がして身体を起こす。

「屋敷に戻る。護衛がいるとはいえ、ここは警備が手薄だから」
「警備?」
「新興宗教の信者の一部が深淵の森に侵入したらしい。他の信者たちも集まって怪しい動きをしている」
「深淵の森に……?」
「俺は砦へ戻って状況を確認する。ナガセは屋敷へ戻って、しばらく出ないでくれ」
「うん、分かった」

 確かに今、森で魔物に遭遇する確率は低いと言うけれど、一体何が目的でそんなことをするんだろう。

「それから、アルベルトが放っていた遣いから調査結果が届いた」
「調査……?」
「ベアンハートの言ったとおりだった」

 レオニダスは私に服を手渡しながら、自分も素早く制服に着替える。

「侯爵家から正式な発表はされていないが、キャロライン・ヴォワールの子どもは昨年、流行り病で亡くなっている」
「え……?」
「そして子どもの死後、彼女は新興宗教の集会へ熱心に足を運び、多大な寄付金を納めているそうだ」

 最近、街でもよく見かける新興宗教の信者たち。熱心に街角でビラを撒いているのを見かけたことがあるけれど、キャロラインさまも信者だった?

「信仰は自由だ。特にこの辺境では昔から生と死が隣り合わせだからな、人々が信じるものはそれぞれある。だからこそ、過激な活動ではない限り宗教を制限するようなことはしてこなかった。だが」

 着替えを終えたレオニダスは、ベッドに腰掛ける私の手を取って正面から顔を覗き込んだ。

「彼らの信仰対象は聖女らしい」
「――それは、ラケルさまのこと……?」
「俺も最初はそうかと思った。だが違う」

 小さく首を振った彼は、真剣な表情で私を見つめる。

「聖女とは、深淵の森から魔物を一掃した人物を指している。母が聖女だと言われていたことは、一般的に知られていない」
「じゃあ……」
「今、森から魔物の姿がなくなったのは、アンタのお陰だと聞いている。だが、これも公にされていないだろう」

 スタンピードが起こったあの日、私は魔物の中心にいたラケルさんと出会った。
 ジークムントさまと再会できた彼女が魔物の中から消えて、一緒に魔物も忽然と姿を消した。けれどそれは、砦の人々が懸命に対応したからだ。彼らの働きがあって街が守られたのだと、人々はレオニダスや軍の人々に最大限の敬意を表している。

「だが、彼らは結びつけたらしい」
「なにを……」
「辺境で魔物を一掃して姿を消した伝説の聖女と、ナガセを、だ。魔物と同じ色を持つナガセが現れて、やがて魔物は姿を消した。それは、ナガセが聖女の生まれ変わりだからだ、と」
「そんなこと……!」

 私が、聖女の生まれ変わり?
 彼らが信仰の対象にしている聖女の生まれ変わりが、私だと思っているということ?

『――ナガセ様の御髪おぐしは、生まれたころからその色なのですか?』

 街で出会った女性の言葉を思い出し、思わず自分の両肩を抱きしめる。
 あれは、信仰対象を見る目だったということだ。
 
「彼らにはこれ以上ない理屈だろう」

 ラケルさんと私は、同じ世界からやってきた。彼女と時代も国も違うけれど、私たちの共通点はここでは大きなものだ。あの世界からやってきた私たちしか入ることのできなかった、魔物の深部。
 なぜなのか、それは分からない。

「――ナガセ」

 大きな手が頬に添えられて、はっと目の前のレオニダスを見る。

「俺の知らないことがある?」
「――、まだ、話せてないことはあるよ」
「記憶を失う前の俺は知ってるんだな」
「うん……」

 私がどこから来たのか。
 詳細を、まだ今のレオニダスに話していない。ラケルさんと私のことを、まだ話せていない。けれど今は、そんな時間もない。

「私ね、ラケルさんの日記を読めるんだよ」
「――っ、あれを、見つけたのか?」

 目を見開く彼に、ふふっと笑う。そんな私を見て、困ったような表情をしながらレオニダスは触れるだけの口づけをした。

「アンタは本当に、意外な一面が多い人だ」
「意外? そうかな、初めて言われたよ」
「多い。――だから、目が離せない」

 レオニダスはぎゅうっと正面から私を抱きしめて、ひとつ息を吐き出した。

「しばらく屋敷からは出ないでくれ」
「うん」
(私に護衛が増えたことも、これが原因だったんだ)

 キャロラインさまは、子どもを失って宗教に救いを求めたのだろうか。絶望して、助けを求めたのだろうか。

(でも、なにか……)

 彼女は私に対して、あの街角で出会った女性のような視線を向けたことはない。
 レオニダスの婚約者である私に対して、苛立ちを隠せずにいる、嫉妬する一人の女性の姿だった。

(なんだろう、なにか嫌な予感がする)

 抱きしめられた腕の中で、言いようのない不安感に襲われた。
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