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20 翻弄される悪女
しおりを挟む「今日はありがとうございました」
ブティックを後にして、馬車の中でエイデンさまに礼を言う。
「これくらい大したことはない。本当なら、あなたに相応しいドレスを一から作りたいのだが」
「それは、婚約者となる方のために取っておいてください」
大事なことは、大事な人のために。
自分で言って、ちょっと苦しくなった。
(ダメダメ、分不相応な想いはいらないのよ、アレックス)
彼は彼の人生がこれからあるのだ。
エイデンさまはそこで黙り、ふと視線を外へ向けた。夕日が馬車の中をオレンジに染め、銀色の髪がキラキラと光る。
「――この後、食事はどうだろうか。あなたを付き合わせてしまったお詫びがしたい」
「付き合わせただなんて、十分楽しませてもらっているわ」
「では、もう少し楽しみたい」
「まあ……」
こちらを見たその瞳の強さに、何も言えなくなる。完全に私が翻弄されている。これでは、どちらが教えてる立場なのか分からない。
小さく頷いた私を見て、夕日を浴びた彼はふわりと優しく微笑んだ。
到着したのは小さなレストランだった。案内された席は二階にあり、完全な個室になっている。大きく取られた窓が中庭を見下ろせるようになっていて、庭木に飾られた照明が小さな星のようにいくつも光っていた。
「素敵なお店ね」
「よかった。料理もきっと気に入る」
「おすすめがあるなら、お任せするわ」
エイデンさまはメニュー表を見ながらいくつか給仕に注文をして、ワインを注ごうとした給仕を断り、自らグラスにワインを注いだ。
今夜は赤ワインだ。
「ところで、どうだろうか、その……俺の、振る舞いは」
エイデンさまは聞きにくそうに、グラスを軽く回しながら視線を落として呟いた。
(そうか、これまでの恋愛レッスンの成績を聞きたかったのね)
言われてみれば、私が楽しんでばかりでまともに採点はしていない。そもそも採点なんてできないのだけれど。
「何も問題はないわ」
(多少強引だなと思うこともあったけど!)
前回の口付けはなかったことにしよう。あれはなんていうか、雰囲気に流されてしまったのだ、二人とも。
「――嫌ではなかったか?」
「いや……?」
(なにが?)
首を傾げたところへ扉がノックされ、前菜が運ばれてくる。二人で無言になり、給仕が下がるのをじっと待つ。
静かに扉が締められて、なんとなく止めていた息をふうっと小さく吐きだす。私は何に緊張しているのかしら。
「その、あなたの気持ちを考えず押し切ってしまった」
「――いえ、あれは……」
(やめて、わざわざその話題を持ち出さないで!)
できれば触れずに終わったこととしたかったけれど、やっぱりそうもいかないらしい。けれど、なんて答えたらいいのだろう。
(嬉しかった、は駄目よね……)
これはあくまで、指南なのだ。彼が婚約者を見つけるため、婚約者にしたいと思う女性を見つけたときのアプローチを失敗しないように、練習をしている。
私は、その練習を客観的に見なければならない立場なのだ。恋多き悪女として。
「もしも、エイデンさまが心を動かされる女性を見つけたときには、よくお相手を見てください。強引に行っていいのか、慎重になるべきなのか、見極めなければ大失敗に終わってしまうわ」
相手にも自分に気持ちがあると思ったときではないと、いきなりの口付けは逃げられてしまう可能性がある。
焦りは禁物。相手をよく観察する必要がある。
「あなたが嫌がったら、やめようと思った」
(そうね、私は嫌がらなかったわね!)
ちょっと恥ずかしいからやめてほしい。
なんて返答しようか考えているうちに、向かいの席から手が伸びてきて私の手を掴んだ。
「だが、――きっとやめられなかった」
「エイデンさま?」
「俺はあなたに口付けをしたいと思った。それだけでは駄目だろうか」
(それはストレートな口説き文句ね……!)
彼のまっすぐさは長所だと思う。けれど、恋愛の駆け引きを好む女性には物足りないのかもしれない。もっと、思わせぶりな態度や言葉を好む人もいる。
(でもきっと、エイデンさまの選ぶ女性は、恋愛の駆け引きを好むような女性ではないと思うわ……)
かわいらしい人が好きだと言っていた。
きっと、純粋で、花のような女性を選ぶのだろう。
私の手を掴む彼の手に、そっともう片方の手で触れて包み込むと、ピクリと彼の身体が揺れた。
「エイデンさまは、そうやってご自分の想いをまっすぐに伝えられるのが、とてもいいと思うわ」
「本当に?」
「ええ。少なくとも私はそう思うし……そう思う女性をあなたは選びそうだもの」
そこまで言うと、エイデンさまは口元を手で覆い、少しだけ俯いた。目元がほんのりと赤い気がする。
「――そうか」
「ええ。さあ、いただきましょう。とても美味しそうだわ」
パッと手を離すと、ゆるゆると彼も自分の手を引っ込める。
これでこの話は終わり。そのつもりでにっこりと彼を見て笑う私に、彼はもう一度「そうか」とだけ呟いて、目の前の前菜に取り掛かった。
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