小さな魔法の物語

かほなみり

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第一章

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 その後の騒ぎは大変なものだった。当然なんだけれど。
 クローゼットの片隅で、多くの騎士や関係者が部屋を出入りする音を聞きながら、じっとやり過ごした。当然クローゼットにも人はやって来たけれど、まさか小さくなっているなど思いも寄らない彼らがドレスの裾に隠れ蹲る私を見つけられるはずもなく。
 どのくらい経ったのか。
 やがて、辺りは静けさを取り戻した。

(隠れて一体どうしようというのかしら)

 静かになると、急に頭が冷静になった。自分の浅はかで子どものような考えに呆れる。

(これでは婚約が嫌だからと駄々をこねているのと一緒だわ)
 
 冷静になって考えれば、この姿で外に出るのも難しいし、誰の助けも借りず一人で生きていけるわけがないのに。魔法までこの身体に合わせた大きさなのだ、外で使ってもそれほど役に立たない。
 
(……今からでも遅くない。騎士か侍女か、この姿のまま会って話を聞いてもらうしかないわよね)

 のろのろと身体を起こしてクローゼットの隅から扉へ移動する。強い明かりが扉の下から差し込むのを見て、もうすっかり日が昇ったのだと知る。
 下から様子を窺えば、室内には誰もいない。入り口前には誰か護衛がいるだろうか。扉の隙間から這い出て耳を澄ますと、人の足音が遠くに聞こえる。

「皆、外を探しているのかしら」

 それはそうだろう、人が一人いないのだ、室内ばかり探すはずがない。
 見れば部屋の扉は固く閉ざされ、まずは自分がどうやってここから外に出るのか考える。

「ベッドに戻って待ってるのが一番かしらね」

 先ほど落とした枕はそのまま床に転がっている。あれによじ登ってベッドへ戻り、やがて誰かが部屋へやって来た時に声を掛ければいい。
 どうして初めからそうしなかったのか。
 
 ――このまま、城の外で好きなことをして生きていきたい……

 そんな気持ちが、頭を過ってしまったから。

(おかしいわね、できるはずがないのに)

 城でしか過ごしたことのない私が、外でどうやって生きて行こうというのか。
 きっとこんなことを他人に聞かれたら、夢見がちだと馬鹿にされる。
 
「よし、もう一度あの枕に登りましょう」

 気持ちを切り替えて、ぎゅっと手を握り自分を鼓舞する。
 そう、まずは誰かに見つけてもらわないと。それからお腹がすいたから何か食べたいわ。汗をかいたからお風呂にも……。

「――姫さん?」

 硬い声が室内に響いた。
 ぎくっと身体が固くなる。
 この身体で聞く普段の音や人の声は、想像以上に大きく響き、頭がぐらぐらする。
 それでも聞き覚えのあるその声。
 ぎぎぎ、と音がしそうなほどぎこちなく硬い身体を動かして声のした方を見ると、応接セットのテーブルの上で脚を折り曲げて座る黒いローブに身を包んだ魔術師が、呆然とこちらを見下ろしていた。

「……っ」
(ルアド!)

 何も答えられずに黙っていると、我に返ったのかテーブルから飛び降り床に這いつくばった魔術師、ルアド。その風圧で後ろに転がりそうになる。
 ルアドは真っ青な髪をかき上げてまじまじと私を見た。銀縁の眼鏡が白く光る。

「……何やってんだ、アンタ……」
「ね、ねえルアド、近いわ!」
「なんでそんな大きさなんだ?」

 ぐわああん、と大きく響くその声に思わず耳を塞ぎしゃがみ込んだ。
 音が大きい! 頭が痛くなる騒音だ。

「あ、ワリィ、そうか声な……」

 私の様子に気が付いたのか、ひそひそと声を潜めて話すルアド。今度は息がかかりくすぐったい。

「分からないわ、朝起きたらこうなっていたから」
「え? なんて?」

 今度は横を向いて、どうやら耳を私に向けているらしい。

「分からないの! 朝起きたらこんな姿だったから!」

 ルアドの耳に向かって大きな声で叫んだのに、ルアドはまったく気にしない様子で「なんだそれ」とぶつぶつ言いながら身体を起こした。

「誰かの仕業か? でも何の残渣もないし、毒でもない。他人を小さくする魔法なんて聞いたことねえし……」

 顎に手を当て考え込むルアド。私はぴょんぴょんと跳ねて、ルアドに向けて必死に話かけた。

「ねえ、ルアド! とにかく私をここから連れ出して! ちゃんと私がいるって伝えて!」
「あ、やべ、そうだった」

 ルアドはそう言うと私の前に掌を差し出した。

「まずは昨晩の確認だ。オレはこの部屋を調べるために来たんだよ」
「調べる?」
「あのなぁ」

 ルアドはゆっくりと立ち上がり、掌に乗る私をじっとりと睨みつけた。

「姫さんがいないって、城中大騒ぎなんだぞ。侍女長は倒れたし外にいたロイは腹切って詫びるとか言ってるし」
「ええっ!?」
「切ってねえけどさ。みんな必死になって姫さんのこと探し回ってる」
「そ、それは、ごめんなさい……」

 どうしよう、誰のせいでもないのに!
 さあっと身体中の血の気が引いた。指先が冷たい。
 
「なんですぐ姿現さなかったんだよ」
 
 ルアドの低い声に怒りを含んでいる気配を感じて、心臓がドキリと音を立てた。

「それは、その……」

 ――自由になりたかったから。
 少しの間でもいい、誰の目にも留まらずに自由に動けるかもしれない。
 そんなふうに思ってしまったのだ。

「……ごめんなさい」

 身体に巻き付けたハンカチの裾をぎゅっと握りしめてそう零せば、聞こえているのかいないのか、ルアドは大きなため息をついた。

「……まあいい。それと小さくなっちまったのは別の話だ。まずは昨夜のことを教えろ」

 ルアドがスタスタと歩きだすと、想像以上に大きく揺れる。怖くなりその親指にしがみつくと、ルアドはピタリと立ち止まった。

「で? 寝る前は何してたんだ」
「あ、えっと……読書を」
「読書?」

 私に耳を傾けていたルアドは辺りを見渡した。

「ベッドの、枕の下にあるわ」
「どれ」

 スタスタ歩くルアドの揺れが怖くてまた必死にしがみつく。こんなに大きく揺れるなんて、馬車より遥かに乗り心地が悪い。

「ちょっと失礼……って、え?」
「あ」

 ルアドが枕の下の本を手探りで見つけ持ち上げると、ピタリと動きを止めた。
 そう、その飴色をした皮の表紙の本は、ルアドの仕事部屋から借りてきたもの。色褪せた金色の箔押しが鈍く輝く。

「な、な、なんでコレが……?」
「何故って、借りるわねって言ったでしょう?」

 研究に没頭している時のルアドはほとんど人の話を聞いていない。多分、その時も反射的に返事をしたのだろうと思う。分かっていてそんな時に声を掛けたのだけれど。

「い、言ってな……え? おおおオレの部屋から持っていったのか?」
「そうよ」
「ヤバい!!!!」

 これまでで一番、心臓が止まりそうなほどの大音量でルアドが叫んだ。ガンガンといつまでも頭の中に音が響いている。
 目眩がしてバランスを崩し、私はルアドの手のひらからベッドの上に転がり落ちた。
 
(うう、気持ち悪い……!)
「ヤバイヤバイヤバイヤバイ、師匠に殺される……!」

 混乱するルアドは私のことをすっかり忘れたのか、頭を抱えたり腕を組んだり忙しなく動いている。そんなルアドに声をかけようと思っても、今口を開くと吐いてしまいそうだ。
 ――コンコン

「ルアド殿!? 何かありましたか!?」

 その時、扉をノックする音に続き、向こうから声をかけてくる騎士の声が室内に響いた。

(ロイだわ)
 
 いつも私の護衛として付いてくれるロイ。不安を滲ませ焦るようなその声に、ぎゅっと胸が苦しくなる。

「ルアド殿!」
「いや、まだだ! 大事なところだからそこで待ってろ!」
「大事……? それは、姫様に関する手がかりがあったということですか!?」

 ロイの叫ぶ声がする。
 扉を隔てているというのに、ロイの大きな身体に見合うその声は私の頭に直撃した。

(もう、本当に本当に吐きそう……! 音が大きすぎるわ!)
「ルアド殿、開けます!」
「えっ!? ま、待てってロイ!」

 そんな焦るルアドの声を無視して扉は勢いよく開け放たれ、甲冑を身に纏ったロイが入ってきた。
 ルアドは咄嗟にベッドの上にうずくまる私をガシッと掴むと、ローブの下に着ている制服のポケットに突っ込んだ。
 
「んぐ……っ」

 王女らしからぬ声が出たのは許してほしい。

「ロイ! 待てって言っただろう!」

 ルアドの焦った声が頭上から降ってくる。
 
「姫様に関することなのです、黙っていられるわけがありません!」

 負けじと叫ぶロイの声が重なり、音の洪水だ。
 ああもうやめて二人とも、心配してくれて嬉しいけれど、お願い、もう少し小さな声で……!
 
「い、今大事なところなんだよ! 集中力が必要だ!」
「何か分かりそうなのですか!?」
「そうだよ! 分かったら部屋の外で待てって! 集中力が切れたらどうすんだよ!」
「くっ……! 承知しました! 何かあればすぐに自分にお知らせ下さい!」

 ロイは甲冑をガチャガチャ鳴らしながら「不本意ですが外にいます!」と叫びながら部屋の外へ出ていった。
 真っ暗なポケットの中で吐きそうになりながら、なんとか立ち上がり顔を出すと、ルアドがあの本に何やらブツブツと呪文を唱えサイズを小さくした。そうしてもう片方のポケットへしまう。

(それは何? それが原因なの?)

 聞きたいことはたくさんあるけれど、頭も痛いし気持ち悪くてそれどころではない。

「……姫さんがどうしてるのか、なんか、なんか言い訳を考えないと……」
「る、るあど」
「色々対策はあとだ。まずは」

 ルアドはパチンと指を鳴らし、足元に素早く魔法陣を展開した。
 金色の細かな模様が蜘蛛の巣のようにルアドを中心に広がる。相変わらず正確で美しい魔法陣。

「一旦オレの部屋に戻る」
(え、ロイは?)
 
 そんな私の疑問は口から出ることがないまま、今度は大きくぐにゃりと視界が歪み、ついに私は、ルアドのポケットの中で胃の中のものを吐き出し、気を失ってしまったのだった。
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