5 / 27
第一章
4
しおりを挟む「ルアド?」
動かなくなったルアドに声を掛けると、ピクリと身体を揺らし、やがてふうっと小さく息を吐きだした。膝の上に両肘を突いて俯いているけれど、私のこの身体ではちゃんと声が聞こえる。
「……姫さん、魔法を発動する最低限の条件は分かるだろ」
視線だけを上げたルアドが眼鏡から灰色の瞳をのぞかせた。猫のような鋭い瞳が青い髪の向こうで光っている。
「もちろんよ」
ふんっと息を吐きだして、ルアドの顔に向かって手を差し出し指を立てた。
「ひとつ、言葉の意味を理解していること。ふたつ、正しく発音できること。みっつ、言葉に魔力を乗せること」
子供の頃、まず初めに学ぶ魔法の基本。身体に染み付いている常識だ。
「そうだ。けど、どんなに言葉にできても魔力が足りなければ発動しない。それじゃあ魔法陣の基本は?」
「その三つに加え、呪文を唱えながら魔法陣に魔力を乗せて描かないと意味がない」
どんなに本に書いてあるものを正確に書き写しても、その線の、図の意味を理解して詠唱しなければ、それはただの絵になってしまう。
「そうだ。けど魔法と違うのは、その後は書いた本人じゃなくても魔力さえあれば発動できるってことだ」
「そうね」
「読めなくても、こんなふうに誰でも花びらを降らせることができる」
ルアドが徐ろに本の山に手を伸ばし、紙に書かれた魔法陣をテーブルに置いてトントンと指で叩いた。すると魔法陣が金色に光り、天井から薄ピンク色の花びらがひらひらと舞い降りてくる。
「まあ! 素敵!」
「コレは、オレたちが使う風を巻き起こす魔法陣に、古代文字を組み合わせたものだ。この『花びら』は、数少ない解読された古代文字で、魔術師ならみんな読める。だからこうして魔法陣に組み込めるんだ」
ふわふわと本が山積みになった室内を舞う花びらは、窓からさす光に照らされて白く淡く輝く。何も意味がないとしても、こんなふうに人の心を掴む魔法が私はとても好きだ。
「でも、それだけ読めても花びらが床に現れるだけ。だからこうして、通常使う魔法陣と組み合わせたりする。コレが今の古代文字の使い方だ」
ルアドがトンッと指で魔法陣を叩くと、花びらが溶けるようにすうっと消えた。
私はぼんやりと、ルアドの顔を見上げた。
ルアドは私と同じ十八歳。
孤児院にいたところを、その魔力の強さと才能を見た師匠が引き取り、王城で学ぶことになったほどの人だ。久しぶりに見たけれど、口の中で素早く唱える複雑な詠唱の正確さが益々磨かれている気がする。すごい。
素直にすごいという気持ちと、羨ましいという気持ちが沸き起こる。
(学ぶって、こういうことなんだわ。知識を得るだけじゃなく、磨き、さらに上を目指すこと……)
「……けどもし、姫さんが正しく意味を理解して読み上げながら古代文字を魔法陣に描いたら?」
「え?」
ルアドの言葉に意識が戻る。ぼんやりしている場合じゃなかった。
「そんなことはできないわ。私では、描きながら詠唱して途中から魔力が足りなくなるから」
「じゃあアンタに魔力を補助したらどうなる?」
「!」
魔力の補助。
膨大な魔力を持つ魔術師が魔石に込めた魔力を利用して、一時的に大きく複雑な魔法を発動することができる。使用すると反動があり、あまり実用的ではないと聞いたことがある。
「姫さんに読ませて、魔法陣を描けっつう奴がたくさん現れるぞ」
「そんなこと……、私、全部分かるわけじゃないのよ。今でもルアドから教えてもらうことが多いのに」
「そこなんだよ。何でアンタが読めて使えるんだ……?」
ルアドは身体を起こしふうっと深く息を吐きだした。じっと天井を見つめ、視線を私に戻す。
「魔力が少ない姫さんが、人体を小さくするなんて複雑な魔法を本当に発動したとして、だ。オレたちが使う魔法の補助なく純粋な古代魔法を使ったんだとしたら、もしかしたら魔力の少ない人間でも複雑な魔法が使える、それが古代魔法なのかもな」
ルアドは私をじっと見つめ、背もたれに背を預けて腕組みをしたまま黙ってしまった。その視線は私を見ているようで見ていない。空間を、何か違うものを見ている。
――なんだかよく分からない。
古代魔法を私が無意識に読み上げ発動してしまったということなのだろうか。少なくともルアドはそう思っている。
不安になってルアドの顔を見上げると、その視線に気がついたのか腕を解きガシガシと頭を掻いた。
「……アンタきっと、読み違えたんだよ」
「読み違えた?」
「そう。正しい発音で違うことを言ったんだ。意味を理解しつつ、けどこの本には書かれていない古代文字を無意識に発音した。……だからこの本を見ても分からないだろうな」
「……それは、どういう……」
「間違えた呪文を思い出さないと元に戻れないってこと」
「え? ……えっ!?」
今度は私が大きな声を出す。こんなに大きく反応したり動いたりするのは初めてかもしれない。そうしないとルアドに伝わらないのだから仕方ない。
「どどど、どうして?」
「基本的に、呪文を解除するには相反する言葉を使うのが一般的だ。それは古代魔法も同じ。アンタが読んだ古代文字が分かればその反対を唱えればいいって単純な話で済むけど、自分を小さくする呪文なんてどうやらこの本には載ってないし、それがどんな呪文なのかも分からない」
「……つ、つまり……?」
ゴクリと喉を鳴らす。
ルアドが顔を上げ、私にそっと顔を近づける。眼鏡が明かりを跳ね返し、白く光った。
「――つまり、今は戻る術がない、ってこと」
潜めた声で重々しく告げられたそれは、まるで最後通牒のように私の身体を震わせた。
「そ、そんな!?」
「だからなんて言ったのか思い出す努力をするしかねぇな」
「そんな!!」
昨夜は気が散っていて目が滑り、ほとんどちゃんと読めていなかった気がする。そもそも、声に出していたのかどうかも疑問だと言うのに!
「ど、どうしよう、みんなになんて言ったらいいの!?」
「それはオレの台詞だよ……」
「どうしよう……!」
私たち二人は互いに頭を抱え、呻き声を上げた。
24
あなたにおすすめの小説
隣国が戦を仕掛けてきたので返り討ちにし、人質として三国の王女を貰い受けました
しろねこ。
恋愛
三国から攻め入られ、四面楚歌の絶体絶命の危機だったけど、何とか戦を終わらせられました。
つきましては和平の為の政略結婚に移ります。
冷酷と呼ばれる第一王子。
脳筋マッチョの第二王子。
要領良しな腹黒第三王子。
選ぶのは三人の難ありな王子様方。
宝石と貴金属が有名なパルス国。
騎士と聖女がいるシェスタ国。
緑が多く農業盛んなセラフィム国。
それぞれの国から王女を貰い受けたいと思います。
戦を仕掛けた事を後悔してもらいましょう。
ご都合主義、ハピエン、両片想い大好きな作者による作品です。
現在10万字以上となっています、私の作品で一番長いです。
基本甘々です。
同名キャラにて、様々な作品を書いています。
作品によりキャラの性格、立場が違いますので、それぞれの差分をお楽しみ下さい。
全員ではないですが、イメージイラストあります。
皆様の心に残るような、そして自分の好みを詰め込んだ甘々な作品を書いていきますので、よろしくお願い致します(*´ω`*)
カクヨムさんでも投稿中で、そちらでコンテスト参加している作品となりますm(_ _)m
小説家になろうさん、ネオページさんでも掲載中。
婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。
國樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。
声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。
愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。
古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。
よくある感じのざまぁ物語です。
ふんわり設定。ゆるーくお読みください。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
悪役女王アウラの休日 ~処刑した女王が名君だったかもなんて、もう遅い~
オレンジ方解石
ファンタジー
恋人に裏切られ、嘘の噂を立てられ、契約も打ち切られた二十七歳の派遣社員、雨井桜子。
世界に絶望した彼女は、むかし読んだ少女漫画『聖なる乙女の祈りの伝説』の悪役女王アウラと魂が入れ替わる。
アウラは二年後に処刑されるキャラ。
桜子は処刑を回避して、今度こそ幸せになろうと奮闘するが、その時は迫りーーーー
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる