小さな魔法の物語

かほなみり

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第一章

6

 
 本が崩れ散らかった床に場所を作って、ルアドが膝を曲げ座っている。膝の上で握り拳を作り、項垂れて下を向く姿は罪人のよう。なんだか息苦しくて、私までキリキリと胃が痛い。
 小さな椅子に腰かけた大魔術師ダグザは、そんなルアドを冷え切った視線で見下ろしていた。

「なるほど。話は分かりました」

 ダグザはルアドの拙い話に一言も口を挟まず最後まで聞き、そして視線をテーブルの上で同じように膝を曲げて座る私に向けた。

「姫はいつから声に出して読めるようになったのですか?」
「えっ? ええと、分からないの……」
「そのことを知っている者は他にいますか?」

 ダグザの視線に囚われ、全く視線を外すことができない。びりびりと空気が震えている気がする。

「いないと思うわ……。いつも寝る前にベッドで読んでいただけだし、図書館で古代文字の本を読む時は、声は出していないと思うから」
「そうですか。分かりました」

 ダグザはテーブルの上に置かれた本を手に取ると、それをパラリと捲った。長く細い指が、古代文字をなぞり、そしてまた静かにページを捲る。

「詳しく調べる必要がありますが、この本はきっかけに過ぎないということですね」

 ダグザはその薄水色の瞳を細め、足元で俯くルアドを見おろした。長い銀色の髪が白いローブの上をさらさらと流れ、その神々しさが場を圧倒する。……私たち二人しかいないのだけれど。

「これは我々でも簡単に読めるものではない。それでも書かれている古代文字の危険性から禁忌書として登録していたが、管理が杜撰だったな」
(ど、どこから聞いていたのかしら)

 聞いているだけで、変な汗が出てきてしまう。
 
「ルアド。お前の才能とも言える好奇心を忘れていたよ」
「は……」
「だが最早、問題はそこじゃないな」

 ダグザは俯いたままのルアドと背筋を伸ばし座る私をもう一度見遣り、ため息をついた。

「姫の婚約式はこのまま執り行われます」
「え?」

 その言葉に、意外な、がっかりしたような複雑な気持ちになる。ダグザはそんな私の気持ちが分かっているのか、すっと瞳を細め私を見た。
 
「具合が悪く伏せていると私から先方へは連絡済みです。代役となる侍女も私が用意しました。仮に見舞いに来たところでバレることはないでしょう」
(確かに、互いの顔も知らないからそれは罷り通りそうだけれど)
「ここまで来て婚約を取りやめるなど、国交問題に発展するだけです」
「……ダグザにも、この姿は元に戻せない?」

 縋るような気持ちでダグザに問うと、眉根を寄せていたダグザの表情がふわりと緩んだ。

「残念ですが、元には戻せません。ただ、短時間なら可能です」
「どういうこと?」
「元に戻るのではなく、今の身体をのです」

 ルアドが先ほどしていた本や魔石を小さくしたのと同じように、小さい身体の私を元に戻すのではなく、大きくするという意味だ。

「人体の大きさを変えるのは簡単なことではありません。身体に負担もかかるので、出来ればあまりやりたくないのですが」

 顎に指を掛け考えながら話すダグザは、私の腰に光る魔石を見て瞳を細めた。

「……姫に魔石を渡したのは、よくやったと言えるな」
「!」

 俯いていたルアドがぱっと顔を上げた。その顔色は先ほどの土気色から色を取り返し赤くなっている。そんなルアドを一瞥して、ダグザはまた私に視線を戻す。

「せめて婚約式の時だけでも身体の大きさは変えましょう。後は、陛下に何と報告するかですが」

 一番の問題はそこだと思う。
 陛下には、年に一度、新年の儀で会うだけだ。
 会うと言っても形式通りの挨拶をして、それ以外は口を利いたことがない。陛下にとってほとんど口を利いたことがない王女であっても、重要な駒としては認識されているとは思う。
 それがこんな姿になって、一体これからどうなるのだろう。

「――陛下には何も報告しません」 
「……え?」

 ダグザのその言葉に私は思わず大きな声を出した。
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