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第一章
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しおりを挟む「ひ、ひめさま……?」
王女宮に戻り、ルアドは私の部屋に侍女と護衛騎士たちを集めた。
ルアドによってテーブルに乗せられた私の姿を見たみんなは目を丸くし固まった。年老いた執事長の白い髭が小刻みに震えている。
ルアドは、自分自身の力で小さくなったという点は伏せ、朝起きたら小さくなっていて混乱した私が思わず隠れてしまった、原因をダグザが調査している、と説明した。
(当然の反応よね)
もじもじとドレス代わりにしているハンカチの裾を弄り俯くと、侍女長のマリアが一歩前に出るのが視界に映った。その動きにぱっと顔を上げると、顔を真っ赤にして瞳を潤ませ震え、そしてわあっと泣き出した。
「姫様! よかった! ご無事でよかったです!」
それにつられるように他の侍女たちや騎士たちまでがわっと歓声を上げて、肩を抱き合ったり涙を流した。
「み、みんな、心配をかけてごめんなさい」
そう言うと、侍女たちが膝をつきテーブルを取り囲んだ。ロイもその後ろで泣いている。
「心配しました!」
「初めは家出じゃないかと聞いた時には本当にどうしようかと……!」
「ありがとうみんな。本当に心配させてしまってごめんなさい」
わあわあと泣く侍女たち一人ひとりの頭を撫で、なんとかその場を宥めようとしていると、マリアが立ち上がりパンッ! と手を打った。
「とにかく姫様はご無事だったわ! あとはダグザ様が調べて下さる。私たちは、私たちのすべきことをしましょう!」
他のみんなもすっくと立ちあがると、涙をぬぐいキリッとやる気に満ちた表情を見せた。
「姫さまに合わせたドレスと家具の用意を!」
「「はい!」」
元気な声が王女宮に響き渡った。
*
侍女たちはすぐにクローゼットから私が子供のころ遊んでいた人形の箱を持ち出した。
「凄いわ、ほとんど同じ大きさね」
よく一人遊びをしていた人形を久しぶりにまじまじと見る。硝子の瞳に映る自分の姿が新鮮だ。
「でも姫さまの方が腰は細くていらっしゃるわ。急いでお直ししましょう」
「このハンカチを使ってはどうかしら」
「このレースとリボンは使用してもいいですか?」
(みんな、なんだか楽しそうね)
人形遊びのような気持ちなのだろうか。なんだかみんな楽しそう。
「これでいかがですか」
「まあ! とてもいいわ! ロイは器用なのね」
「よく妹たちのために作っていたので」
ロイと他の騎士たちは、人形の家を綺麗に拭き上げ、家具やベッドを手直ししてくれた。左右に開く人形の家には安全な梯子がかけられ、落ちないように柵や壁が取り付けられた。
「明かりはどうする?」
「おい、そっちのナイフ貸してくれ」
「孫もよく人形遊びをしていましてねぇ」
大の大人たちが王女の部屋でワイワイと人形のドレスを作り、家を改造している。
……なんだかみんな楽しそう。
「おっさんたち楽しそうだなあ」
ルアドは応接ソファに腰掛けながらマリアが出してくれたお菓子を食べている。
「ルアド、どうしてまだそこにいるの?」
「師匠に姫さんの側にいろって言われた」
どこから持ってきたのか、分厚い本をペラペラ捲りながら食べ続けるルアド。
「あ、おいその石は取るなよ。師匠の加護がついてるから」
私の腰に巻かれたリボンを直そうとした侍女にルアドは慌てて声を掛けた。
ロイはその言葉にウンウンと頷きながら、ぐっと握りこぶしを作る。
「ダグザ様がお調べ下さっているんだ。答えが出るまで俺たちは出来ることをしよう」
「はい!」
ロイがそう声を掛けると、皆が声を揃えて返事をする。なんだかみんなの結束が強くなっている気がする。
私が小さくなったことで強まる団結力。複雑だ。
侍女たちに促され浴室へ移動すると、そこには香油が垂らされバラの花びらが浮いた、小さな盥が用意されていた。
ルアドが水浴びをさせてくれたのでそれほど汚れてはいないけれど、いい香りの湯に身体を沈めると、自然とため息が零れる。
身体を清め、私サイズに直してくれたドレスを身に着けて、髪も可愛く結ってもらうと、気持ちが少し軽くなった気がした。
湯浴みを終え室内に戻ると、人形の家は既に立派に生まれ変わり、本当の邸宅のように窓辺に飾られていた。
「凄いわ!」
マリアがそっと私を家に降ろしてくれる。
深い緑の扉を開け中に入ると、可愛らしい壁紙に立派な家具、明り取りの窓から差し込む日の光が室内を明るく照らし、私はウキウキしながら見て回った。
(私の家、だわ!)
城とは違う小さな階段も、広すぎない応接室も、台所もある。
クローゼットには私の大きさに合わせたドレスが何着も掛けてあった。
「自分の家だなあ、姫さん」
窓の外から声を掛けられそちらを見ると、ルアドが興味津々に覗き込んでいた。窓の向こうから覗く眼鏡が白く光る。
「まあ、カーテンも付いてるわ。可愛い柄!」
「小さくなって良かったんじゃねえの?」
「ルアドったら!」
ははっと声を上げて笑うルアドに窓を開けて文句を言うと、つんっと指で額を小突かれた。
その時、コンコンと扉をノックする音が響き、外から護衛騎士が声を掛けて来た。マリアが扉に向かい、何事か話をしている。
扉を閉めたマリアは、それまでのにこやかだった表情をきゅっと引き締め、手を打った。
「アントレア王国アレクシオス・リュサンドロス王太子殿下がご到着されます。さあ皆、お迎えの準備を!」
ダグザが用意したという私の髪色と瞳の色に変化できる魔石を身に着けた侍女が「失礼します」と言って私のベッドに潜り込む。
「お見舞いにいらっしゃるとのご連絡を受けました。室内には通しませんが、念のため代わりの者に控えさせます」
「え、ええ、ごめんなさい」
「謝らないでくださいませ! 姫さまは何も悪くないのですから」
(そうとも言いきれないと思うわ)
複雑な気持ちのまま、家から出てルアドの掌に乗る。
「姫さんは大人しくしてろよ」
「分かってるわ」
「おい、ロイ!」
ルアドはロイを呼ぶと私をその掌に乗せる。私を掌に乗せたロイは、なぜか瞳をうっすらと涙で滲ませた。
「服は回収しておいてくれ」
そう言うと、魔石をポケットから取り出したルアドは口にくわえ、もごもごと呪文を唱えた。
一瞬だけ眩い光を放ったルアドの身体がぐんっと小さくなる。
「えっ!?」
ロイが驚きの声を上げた。
ばさり、と服が床に落ち、黒いローブがごそごそと動く。
「ルアド殿!?」
「ニャア」
ローブから這い出るように、真っ黒な猫が姿を現した。額の辺りが青い毛の、灰色の瞳の猫が私とロイを見上げてもう一度「ニャア」と鳴いた。
「おお! ルアド殿の変身、初めて拝見しました!」
「ナー」
ダグザが見出したルアドの才能。
それは、猫の姿に変身することだった。
遠く祖先に獣人の血が流れているかららしい、という結論に至っているけれど、孤児だったルアドの両親が誰なのか分からず、ルアドも幼い頃から無意識にできていたのではっきり分からないらしい。
先祖返りではないか、とも言われている。
猫になったルアドはグルグルとその場で回転し、しきりにニャアニャアと鳴き声を上げる。
「ロイ、私を下に降ろしてくれる?」
「はい」
ロイに床に降ろしてもらい、正面からルアドを見上げる。ルアドは灰色の瞳を細め、くるりと背中を向けた。猫になったルアドは話すことができない。
「乗れってことね」
その背中によじ登ると、ルアドは満足そうにひとつ鳴いて立ち上がった。
「きゃあ!」
つるりと滑るその毛並みで振り落とされそうになる。これでは移動は無理だ。
「お待ちください!」
様子を見守っていた侍女が、青いリボンを持って来てルアドの首に巻いた。
ルアドは「ブニャッ」とヘンな鳴き声を上げて嫌がるそぶりを見せたけれど、大人しくされるままになっている。ものすごく耳を伏せているし目が据わっている。嫌なのね。
「これでいかがでしょう」
「大丈夫だわ、ありがとう」
侍女が結んでくれたリボンに捕まりその背中に跨ると、ルアドはもう一度立ち上がった。今度は滑らない。
ルアドは軽やかに窓に飛び移ったけれど、ダグザの加護のお陰だろう、身体に何の負担も感じなかった。
私の様子を確認したルアドは、大丈夫と判断したのかカリカリと窓を引っ搔いた。
「外に出るのか?」
心配そうに眉根を寄せるロイに、ここにいても見つかっては困るからと窓を開けてもらい、私たちは日の光煌めく外へと飛び出した。
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