小さな魔法の物語

かほなみり

文字の大きさ
14 / 27
第一章

アレクシオスとレト


「突然の訪問、申し訳ない」

 セオドリックと会食でまた会う約束をして、アレクシオスはユーリエの王女宮へ向かった。
 登城する直前に買った花を持参し、玄関で出迎えてくれた執事長と侍女長に詫びを入れると、執事長が頭を垂れた。

「アレクシオス・リュサンドロス王太子殿下をお迎えすることが叶わず、大変申し訳ございません。ユーリエ王女も大変心を痛めております」
「いいんだ。滞在中に会うことが叶えば嬉しいが、くれぐれも自愛するように伝えてくれるかな」
「はい。もちろんでございます」

 応接室でお茶を勧められたがアレクシオスは辞退した。他国の王太子の話し相手など、執事長と言えど荷が重いだろう。

(本当に体調を悪くしたのだろうな)

 青い顔をした使用人たちを眺めてそんな感想を抱いた。自分に対する敵意や嫌悪感が感じられず、困惑の色が強いからだ。

「では、これで失礼する」

 そう言ってアレクシオスが踵を返すと、馬車の中で待機していたレトが突然飛び出してきた。

「レト!? 待て!」

 常ならばすぐに命令を聞くレトは、屋敷の横にある垣根を飛び越え庭へと駆けていく。

「レト!」

 同じように使用人たちも身を乗り出し庭を見る。

(なんだ? 刺客……に対しての反応じゃない)

 テオが後方でアレクシオスに馬車へ戻るよう進言したが、アレクシオスはそのまま身を乗り出し庭の先を見た。庭の奥に四阿が見えるが、誰かがいるような様子はない。猫の鳴き声がしたが、猫がいるだけではレトはあんな反応をしない。
 その場を動かずじっと庭を見つめるアレクシオスを護るように、騎士たちが周囲を取り囲み場は騒然としたが、やがてレトが何かをくわえて尻尾を振りながら走り戻って来る姿が見えた。

「レト! 止まれ!」

 今度は主人の命令に従ったレトはその速度を落とし、嬉しそうに尻尾を振りながら眼の前までやって来た。

「これは……何を見つけてきたんだ? レト」

 口にくわえているのは金色の髪の小さな人形だった。
 牙を立てないよう優しく噛んでいる。アレクシオスが手を添え取り上げようとしても、レトは何故か離さない。

「そっ、それは姫様のお人形です!」
「ユーリエ王女の?」

 侍女長のその言葉にもう一度人形を見ると、確かに良い生地で作られた服を着ているし、造りがとても細かい。

「そ、そうでございます。子供の頃お亡くなりになった御母上様から頂いた大切な、大切な人形でございます……っ」
(木登りが得意な、活発な王女ではなかったか?)

 しかし、亡くなった母君の形見であればさぞ大切にしていただろう。このまま無理に取り上げて人形に傷がつくのは良くない。

 アレクシオスは侍女長に明日改めて返すことを約束し、人形をくわえたままのレトと共に滞在する屋敷へと向かうことにした。

 *

「レト、さあもう離して」

 馬車に乗り込み改めてレトの前に手を出すと、あっさり人形を離した。手のひらに乗る人形は思っていたより柔らかく、温かい。

(随分精巧に作られているな)

 レトのよだれでベタベタになってしまった人形に顔を近づけじっと観察する。不思議な瞳の色をした人形だった。それにとても柔らかい。一体どんな素材でできているのか、気になりじっと観察していると、ふわりと甘く、柔らかな薔薇の香りが漂ってきた。

(人形から香りがする)

 愛犬はこの匂いが気に入ったのだろうか。だが、今までこんなことをしたことがない。
 不思議に思いながら、いつまでも不満を述べている従者を諌めていると、人形がひとつ、瞬きをした。

(…………え?)

 何かの見間違いか。

 アレクシオスはじっと手の中の人形を凝視した。自覚はないが、余程疲れているのかもしれない。そう思いながら見つめていると、僅かに人形の瞳が揺れた。そして、手の中でもぞりと動いた。

(……動いた)

 間違いない。
 手の中にある人形は、――生きている?

 (なんだ? 魔法……、いや、こんな魔法は聞いたことがない)

 向かいの席で何やら言っているテオの話に空返事をしながら、アレクシオスは早く馬車が到着しないかと落ち着かなかった。
 そして、手の中にいる、この人形ではない何かがユーリエのものであるということに、これまで感じたことのない期待や好奇心が湧き上がるのを感じていた。

(ユーリエ王女は、普通の王女なんかではなかった)

 特に印象の残らない王女だと勝手に思っていたが、見当違いだった。まだ会ってもいない相手を情報だけで決めつけてしまい申し訳ない気持ちになる。
 ――そして。

(これは、早く会いたいな)

 柔らかなぬくもりを守るように手の中に優しく納め、アレクシオスは僅かに口角を上げて、窓の外をずっと見つめていた。
感想 1

あなたにおすすめの小説

亡き姉の身代わりとして嫁いだ私ですが、離縁状を置いた翌朝、夫が私の「真実」に気づいたようです』

まさき
恋愛
「サインはもう、いただきました。あとは私がこの屋敷を出るだけです」 ​五年間の結婚生活。侯爵令嬢エルゼが演じ続けたのは、亡き姉・ロザリーの「身代わり」という配役だった。 夫であるカイル公爵が愛していたのは、かつて雪の中で自分を救ってくれた初恋の少女・ロザリー。 生き写しの妹であるエルゼを娶りながらも、彼は一度も彼女を「エルゼ」と呼ぶことはなかった。 ​冷淡な視線、姉と比較される日々。 「君はどこまでいっても、ロザリーの代わりにはなれない」 その言葉を最後に、エルゼは静かに離縁状を置き、屋敷を去る決意をする。 ​しかし、彼女が消えた翌朝。 カイルは、エルゼが大切に遺していった古い小箱を見つける。 そこにあったのは、十五年前のあの日、彼が「命の恩人」に預けたはずの片方のカフスボタン。 そして、幼いエルゼが綴った、あまりにも切ない真実の日記だった。 ​――「あの日、雪の中で貴方を抱きしめていたのは、お姉様ではなく、私だったのです」 ​真実を知り、絶望の中でエルゼを追うカイル。 だが、すべてを捨てて「自分」を取り戻したエルゼは、もう二度と、彼の隣で微笑む仮面の妻には戻らない。 ​これは、名前を奪われた女が自由を掴み、愚かな夫が真実の愛を失うまでの、静かで鮮やかな再生の物語。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

〖完結〗終着駅のパッセージ 

苺 迷音
恋愛
過去、使用人に悪戯をされそうになった事がきっかけとなり、分厚い眼鏡とひっつめた髪を編み帽で覆い、自身の容姿を隠すようになった女性・カレン。 その事情を知りながらも夫ローランは、奇妙で地味な姿の妻を厭い目を逸らし続けた。 婚姻してからわずか三日後の朝。彼は赴任先の北の地へと旅立ちその後、カレンの元へと帰省してきたのは、片手で数えるほどだった。 孤独な結婚生活を送る中。 ある冬の日に、ローランの上官であり北の地を治める領主ハルシオン公爵が、カレン夫妻の邸にやってきた。 始まりは、部下の家族を想う上司としての気遣いだった。 他愛もない会話と、節度を守ったやり取り。ほんの僅かな時間を重ねていく。 そのうちに、お互いに灯り始めた小さな心の想い。 だが二人は、それを決して明かさず語ることはなかった。 それから一年ほどたった冬の夜。 カレンから届いた手紙に、たった一度だけハルシオンは返事を書く。 そこには彼の想いが書かれてあった。 月日は流れ、カレンとローランが婚姻して三年目の冬の日。 カレンはひとつの決意と想いを胸に、北へ向かう汽車に乗った。 ※微さまぁか、もしくはざまぁになっていないかもしれないです。 ※舞台は近世・産業革命初頭を基にした架空世界だと思っていただけましたら有難いです。 稚拙な作品ではありますがご覧くださいましたら凄く嬉しいです。よろしくお願い致します。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

「今更、あなたの娘のふりなどできません」〜ずっと支えていた手を、そっと引っ込めただけです〜

まさき
恋愛
父が死んだ日から、私は屋敷の「異物」になった。 継母は新しい夫に夢中で、義姉たちは私を使用人のように扱い、継父は三年経っても私の名前を覚えない。 気づいていなかったのだ、あの人たちは。 私の「静寂の手」がずっと、この家を守り続けていたことを。 ある夜、私は静かに荷物をまとめた。 怒りもなく、涙もなく、別れの言葉すら残さずに。 三ヶ月後、屋敷に原因不明の病が広がり始める。 「リーナを探せ」 今更、ですか。 私はもう、別の場所で別の名前で——ちゃんと生きています。

悪役令嬢、休職致します

碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。 しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。 作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。 作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。