小さな魔法の物語

かほなみり

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第一章

7


 ダグザは静かに言葉を続けた。

「この騒ぎは王女宮内に留めています。関係者には箝口令を敷き、誰も王女宮から外に出ていない。外に漏れるようなことは決してありません」
「どういうこと?」
「私の判断です」

 何でもないことのように言うダグザを、ルアドも呆然と見上げる。そんなことがあってもいいのだろうか?

「陛下には体調が優れないだけだと伝えます。婚約式と当日の晩餐会までには体調を整え参加すると伝えましょう」
「そ、それでいいのかしら」
「構いません。当面は婚約式を乗り切ることを考えましょう。後の対応は私にお任せください」

 確かに、私の読み間違えが原因なら、婚約式までに何とかなるようなことはないだろう。そして、国を出るまでに戻る保証もない。今は、私の力だけではどうすることもできないのだ。
 ルアドが、恐る恐ると言った風情で口を開いた。
 
「師匠、やっぱり姫さんは古代文字を発声したからこんな姿になったんすか?」

 ダグザは視線を上に向け少しだけ考えるそぶりを見せると、諦めたように息を吐きだした。
 
「恐らくそうだ」
「やっぱり……」

 ルアドは膝の上の手をぎゅっと握りしめ、そのまま黙った。ダグザはそんなルアドを見下ろし、また私に視線を戻す。
 
「我々魔術師は日々、古代魔法の疑問に挑み研究を続けています。姫が独学で読めるようになったことは素晴らしいこと。それは誇りに思ってください。けれど、問題なのはこの本です」
「その本が禁忌本なのは、やっぱり強力な古代魔法が載っているからなの?」
「そうです。これは禁断の魔法が載っているのです」
「「禁断の魔法?」」

 それこそ、おとぎ話でも聞いているような気持ちになる。不思議に思いルアドに視線を向けると、ルアドもふるふると小さく首を振った。
 ダグザは掌を前に掲げると、指折り数えながら話を続けた。

「ひとつ、大地を揺らす魔法、二つ、嵐を起こす魔法。三つ、人を生き返らせる魔法に、四つ、時を止める魔法。そして五つ目が……」
「五つ目が?」
「分かりません」
「ええ?」

 瞳を伏せ小さく首を振るダグザの銀髪がさらりと揺れる。

「誰も読めないのです。我々魔術師が火や風、水、土といった基本的な魔法を長い詠唱なしに使えるようになったのは、長い年月をかけてそれらを解読し音読できるようになったからです。ですが、この本に書かれている複雑な古代文字は、まだ解読が進んでいません。一体どんな魔法が込められたものなのか、誰にも分かっていないのです」
「……私なら、読めるかもしれない?」
「そうです。実際に貴女はこの本を読み、その姿になった」

 ダグザの顔を見上げると、先ほどまでのひりひりした空気はいつの間にか薄れ、その瞳には労わりや優しさを感じた。

「そして問題は、ルアドの言うとおり読める人間がその文字を使って魔法陣を組んだ場合です」
「……古代魔法を誰にでも使えるようになるわ」
「そしてそれを利用したい者も出てくるでしょう」

 ダグザはその皮の本を手に取り持ち上げて、表紙を撫でた。

「この国だけではなく、誰もが古代魔法を読み解くのに必死です。禁術は別として、自国防衛のためや臣民のために、有益に使いたいという欲は誰しもが持っているものです」
「じゃあ、私の力をこの国に役立てられる?」

 ダグザは私の言葉に小さく首を振った。

「お二人の婚姻は対価なくして成り立たないものばかりです。その婚姻を取りやめるなど、余程の理由がない限り相手国も納得はしないでしょう」
「……この姿を見せるわけにもいかないものね」

 古代魔法を使える、という憶測が広まり、各国がその力を欲しがり混乱を招くだけ。

「そうです。そして仮にこのまま城に残っても、姫が小さくなったことも古代文字を読めることも、あっという間に知られるでしょう。相手国も念入りに理由を調査するでしょうからね」
「このまま黙って嫁いだほうがいいということ?」

 そう言うと、ダグザは小さく微笑んだ。

「今のところは。姫が古代魔法を使役する魔法陣を組めるかもしれない。だが、可能性のひとつに過ぎません。ですからこのことは、まだ我々の胸の内だけに秘めておきましょう」

 ダグザはそっと自分の胸に手を当てて私をじっと見つめた。

「貴女は王族の人間としてではなく、一人の人間として様々なことを知り、学び、そしてその力がどういうものか、どうしたらいいのか。しっかりと見極める必要があります」
「見極める……」

 各国が必死になって古代魔法について研究を進めているのは知っている。ダグザが率いる魔術師塔もそのための組織のはず。それを、ダグザは誰にも報告せず私に見極めろと言う。
 
「……私の知らないことがたくさんあるわ」
「そうです。貴女はこれから多くを学び、知らなければならない。政治や国の思惑に利用されてはなりません」

 よくできました、と言わんばかりにダグザは目を細め、私の前に掌を差し出した。その長い指にそっと触れると、ふわりと温かい魔力が流れてくる。ルアドが小さな声で「すげえ」と呟いた。

「姫。貴女の魔法を解くには、貴女の力が必要です。そしてその魔法を解くために貴女は勇気を出さなければならない」
「勇気?」
「そうです」

 じんわりと温かい魔力が腰に巻いた魔石へ流れていく。話しながらもその声の裏に、詠唱する透き通るような声がかすかに聞こえる。

「物理の制御について魔法陣を組みました。これで、振り回されたり落ちたりしてもそう簡単には怪我をしません」
「凄いわ、ありがとう」

 ダグザは立ち上がると本を手に魔法陣を展開した。

「王女宮にいる者は皆、貴女の味方です。ちゃんと彼らに助けを求めてください」
「ありがとう、ダグザ」

 ダグザは柔らかく微笑むと、そのまま黄金の糸に包まれるように静かに姿を消した。
 
「……た、助かった……」
 
 ダグザのいなくなった部屋で大きく息を吐きだし情けない声を出したルアドは、立ち上がろうとして痺れた脚が縺れ、そのまま本の山の中にバタンと倒れた。
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