小さな魔法の物語

かほなみり

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第一章

14

「私の妻となる人に初めて会うんだからね」
(つ、妻!)

 その言葉に顔が熱くなった。こんなに素敵な人が、私の夫になる。そう、全然現実味がないけれど、そうなのだ。私たちは一年後、夫婦になるのだ。

「今日は会えなかったけれど、婚約式の前には会えるといいな。ああでも、無理だけはさせたくない」
(体調が悪いからと会えない私をそんな風に慮ってくれるなんて)

 本当に申し訳なくて胸が痛い。
 ああ、早く元の姿に戻れたらいいのに。

 私は立ち上がり、テーブルの上を移動してアレクシスを見上げた。アレクシオスは「なんだい?」と私に顔を寄せる。両手を広げると、アレクシオスは少し首を傾げて手を差し出した。その掌に乗ることなく、私は両手でその手を撫でた。

(私も、貴方にきちんと会ってお話しできるように頑張ります。怖くなんかない。素敵な人だと思うわ)
「どうしたの? 慰めてくれてるのかな」

 くすぐったそうに笑うアレクシオスは、ふっとその笑みを止め、しっと口の前で指を立てた。

「戻って来たみたいだ。申し訳ないけどまた少し我慢しててね」

 アレクシオスはそっと私を抱き上げると、部屋のマントルピースの上に座らせた。小さな絵や花瓶、置物が飾られた棚の上に私を座らせると扉をノックする音が室内に響いた。

「殿下、戻りました」
「どうぞ」

 応接セットに腰掛け答えると、扉が開きテオが騎士と使用人を数人伴い入室した。

「早かったね」
「知らない土地で無闇に探す訳にはいきませんから。執事長に頼んで明日にはここへ持って来てもらうことにしました」

 テオはそう言いながら、応接セットのテーブルを見て眉根を寄せた。

「人形遊びでもしていたんですか?」

 テオはきょろきょろと室内を見渡し、棚の上の私を見て更に怪訝そうな顔をした。アレクシオスはそれには答えず、静かにカップを傾け紅茶を飲む。ちらりと視線だけを棚の上の私に向け、小さく笑ったような気がした。

「殿下、お疲れのところ申し訳ありませんがこの後の予定が詰まっています。お召替えを」
「分かった」

 アレクシオスが立ち上がると、テオと一緒にていた使用人が近付きその肩からマントを外す。手袋を外し使用人へ渡しながら、彼らは衣装室へ移動した。声だけが居室に届く。
 
「国王陛下、王妃殿下に謁見し、その後は王太子殿下夫妻とお会いします。晩餐はユーリエ王女も同席の予定でしたが、やはりいらっしゃらないとのことです」
「無理はしないでほしいからいいよ」
「ですが」
「テオ」
 
 少しだけ低い声でぴしゃりと名前を呼ぶと、テオが黙った。

「明日は時間が取れるかな」
「はい」
「街を見たいな。ここに来るまでの賑わいは中々見ものだったから」
「お忍びは駄目です」
「分かってるよ。他人の国で無茶なことはしない」

 そんな会話を聞きながら視線を外へ向けると、窓の外にあるバルコニーで黒い小さな影が動いた。細い尻尾がふわりと揺れる。

(ルアド!)

 レースのカーテンの向こうで黒猫のままのルアドが室内を覗き、棚の上の私を見て目を丸くした。

(ルアド! 今はまだ駄目、待っていて!)

 室内に待機する騎士を視線で示し、小さく首を振ると通じたのかルアドはさっと身を隠した。
 アレクシオスに着いて衣装室に移動していたレトが居室に戻り、ルアドの姿が見えた窓まで走って来た。ふんふんと匂いを嗅ぎ、カリカリと前脚で引っ掻くのをハラハラした気持ちで見守った。

(ルアドを食べないで、レト!)

「レト、お前はこの部屋で留守番だよ」

 着替えを終えたアレクシオスが衣装室から戻ってきた。

(まあ……素敵だわ、異国の衣装ね)

 先ほどの軍服とは違い、薄い灰色のロングコートのようなひざ下まであるコートドレスに黒いロングブーツを合わせたその姿は、アレクシオスの凛々しさを引き立てていた。細い装飾ベルトに美しい銀細工が施された宝剣を差し、肩には黒く細いストールを巻き、それを留める銀細工のチェーンがシャラリと音を立てた。
 カツカツとブーツを鳴らしテオと話しながら部屋を出る時、アレクシオスはちらりと私を見ながらレトに声を掛けた。

「レト、ここの護衛を頼むよ」
「護衛?」

 その言葉にいぶかしげな声を上げたテオに、アレクシオスは朗らかに笑った。

「ユーリエ王女の大切な人形を守ってもらわないとね」

 美しい衣装を身に纏ったその人が笑うと、レトが「ワン!」と嬉しそうにひとつ吠えた。
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