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第一章
ルアドと王女宮の人々
しおりを挟む猫の姿のまま王女宮に戻ったルアドを、ロイとマリアが真っ青な顔で迎えた。
マリアがルアドのために食事を用意すると、ルアドは片っ端からどんどん食べ始めた。細い身体でよくそんなにも食べるものだと、騎士であるロイが感心するほど、変身は魔力を消費する。ある程度食べ落ち着いたルアドは、青い顔をしたままルアドが食べ終わるのを待っていた使用人たちをぐるりと見渡した。
「姫さんは王太子の滞在する屋敷に残ってる」
「なんだと!?」
一番に叫び声を上げたのはロイだ。
「ルアド殿は姫様を残してすごすごと引き返したというのか!?」
「うるせえな、ちゃんと話を聞けよ!」
身を乗り出し掴みかからんばかりのロイをギロリと睨みつけ、ユーリエから聞いた話を皆にすると、一様に不安そうな顔を見せた。
「本当に大丈夫なんだろうか」
「でも、姫さまの姿を見ても危害を加えないのだから、何かされることはないと思うわ」
「王太子殿下は宮に返してくれると我々にも言ってくれた。それを信じるしかあるまい」
それぞれ不安を口にし、だがユーリエが無事だということにホッと胸をなでおろす。
「それにしても、魔力の暴走だとかであのようなお姿になってしまわれるとは」
年老いた執事長が白い眉毛を下げて嘆いた。マリアが大きく頷き、ハンカチで目元を拭う。
「本当に……きっと今頃心細いお気持ちでしょうね」
(いや全然、むしろ楽しそうだけどな)
ルアドは追加で出されたデザートを頬張りながら黙って使用人たちの言葉を聞いている。
「しかしやはり、あのお姿を見られてはいずれ姫さまだということが知られてしまうのではないか?」
「そうすると、婚約自体はどうなるのかしら」
無意識に口にした焼き菓子が思いのほか美味しかったルアドは、侍女にお代りを頼みながらまた別のお菓子へと手を伸ばす。
「なんか、王太子は姫さんのこと妖精かなんかだと思ってるっつってたから、上手くやるんだろ。どうも大切に扱われてるっぽいし」
「当然だ! あの愛らしさに心を掴まれん奴など人に非ず!」
ロイが何かを思い出したようにグッと拳を握りしめ、目元を赤く染めた。
「……本当に可愛らしかったわよね」
ポツリと呟いた侍女の言葉に、その場にいる者たちが次々と頬を染めた。
「それじゃなくてもとても可愛らしい方だというのに、あのお人形のようなお姿の愛らしさと言ったら!」
「私、年甲斐もなく人形用のドレスを姫様のサイズにお直しするの、とても楽しかったわ」
「分かる!」
「俺の手のひらに乗った姫様の小ささと言ったら……」
「あの家も喜んでくれたよな!」
「オレ、もっと家具作ろうかな」
「庭とかどうだ?」
「四阿を用意しよう」
「明日、街に出ておもちゃ屋さん覗いてみようかしら」
「いいわね、私も行きたい!」
大人たちがユーリエの姿を思い出しソワソワと楽しそうに話すのを、ルアドは呆れた顔で眺めた。
「ここの奴らはみんな幸せなアタマしてんだな」
「ルアド」
未だ口の中に次々と料理やお菓子を放り込み続けるルアドに、マリアが眉根を寄せ難しい顔で声を掛けた。
「あ?」
「貴方その、猫の姿になる魔法だけれど」
「ああ、半日しか続かないんだよ。悪いけどもう今日は無理。魔力ゴリゴリ削られて回復するのに時間かかるしこのあと寝るから」
「そう……それは、あなた自身が変身する場合でしょう?」
「そうだけど?」
侍女長は益々眉間の皺を深くしてぐっとルアドに顔を近付けた。ルアドは反射的に身を引く。
「な、なんだよ」
「その魔法……他人にかけることはできないの?」
「はあ?」
「それは自分も是非お聞きしたい!」
マリアの言葉にロイが反応した。甲冑をガチャガチャと鳴らし、ロイもルアドに顔を寄せる。ルアドは立ち上がり、迫ってくる二人から逃れるべくじりじりと後方に下がるが、すぐに壁に背中をぶつけた。
「でっ、できるわけねえだろ!?」
「本当に? 私の姿を変えてくれたら今すぐにでも姫さまのお近くに駆け付けるというのに!」
「自分は猛獣でいい! 姫さまをお守りするためだ、猫なんぞの姿では足りるわけがなかろう!」
「無理だって! 俺のこれは正確には魔法じゃなくて能力! 獣人の能力なんだよ!」
しかし、目の色を変えたロイとマリアは全く聞く耳を持たない。逃げるルアドをじりじりと追い詰め、自分が、私がと言い合いを始める。
「他人の姿を変えるなんてそんな魔法聞いたことねえし、できたらもっと広まってんだろ!」
ルアドは迫りくる二人から逃げるように壁際から離れた。ロイは腕を組み残念そうに目を瞑る。
「なんだ。いい案だと思ったのに」
「なんだって言うなよ! そんな都合のいい魔法があってたまるか!」
そんな魔法があればユーリエの小さくなってしまった魔法だってきっと簡単に解呪できる。だが、何らかの事故でユーリエがあの姿になってしまったと説明している以上、ルアドは下手なことは言えない。
(古代魔法を使ったかもしれないなんて口が裂けても言えねえ)
他の使用人たちはそんな三人の姿を見てクスクスと笑っている。
「ルアド、まずは食事を摂って。魔力を回復しなければいけないのでしょう」
一人の侍女が苦笑しながら言うのに縋るように、ルアドはこそこそと二人から離れ、また席に着き食べ始めた。まだ全然食べ足りない。追加のお菓子を受け取ると、気に入った分は制服のポケットに突っ込んだ。
変身で削られた魔力は食事と睡眠で回復させる。まだ夕方だが、ルアドは食事のあと睡眠をとり、明日の早朝からまたユーリエのもとへ行くつもりだった。
(姫さんの能天気な性格ってこいつらの影響あんのかな)
まだ何事か話しているロイとマリアを眺めながらルアドはぼんやりと思考を巡らせた。
『ルアド。ユーリエ姫のお傍を離れるな。彼の方を必ずお守りしろ』
普段は他人に興味を持たないダグザがそう言ってルアドに渡した魔石は、これまでに見たどの魔石よりも強い魔力が込められたものだった。この魔石の力を借りて、普段なら一時間ほどしか持たない変身を最大で半日まで伸ばしている。
(これがあればいろんな魔法が使える)
だが、ダグザはルアドの行動を信じてこの魔石を託した。決してルアドは己の興味のためだけに使用しないだろうと、ルアドを信じていると行動で示したのだ。ルアドはそのダグザの気持ちが震える程嬉しかった。
大魔術師であるダグザは他人に興味がなく、思考の全てはいつも魔法に関することばかり。そんな魔術師の性ともいうべき好奇心の前に、ダグザがどう反応するかルアドは図りかねた。
だからこそすぐにダグザに相談できなかったのだ。
(姫さんの秘密は守らないと、大変なことになる)
しかし、一番に感じた危機感をダグザも同様に感じたのだと理解したルアドは、忠実にこの魔石をユーリエを守るために使用すると決めた。
この膨大な魔力を込めた魔石を使えば他に何ができるか、想像だけならまだいいか、そんなことを考えながらルアドは思考を始める。
(――他人の姿を変えられるかどうか。まあ出来るだろうけど、師匠の魔石を使っても一瞬しか持たないだろうな。反動も凄そうだ)
ダグザの魔石をもってしても、彼ら程度の魔力では一分も持てばいい方だ。そのくらい、変身や人体の変化を促す魔法は複雑で難しく、使用する魔力量は大きい。
(なんっか、いい方法はねえかなぁ)
ひとまず能天気なユーリエが無事だった確認もできたし、明日にはあの王太子がユーリエを連れてくる予定だ。危険なことはないだろう。
ルアドはもりもりと食べ続けながら、新しく目の前にできた課題「他人を最低限の魔力で他の姿に変えるにはどうしたらいいか」について、思考の沼へと落ちて行った。
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