小さな魔法の物語

かほなみり

文字の大きさ
21 / 27
第一章

ルアドと王女宮の人々


 猫の姿のまま王女宮に戻ったルアドを、ロイとマリアが真っ青な顔で迎えた。
 マリアがルアドのために食事を用意すると、ルアドは片っ端からどんどん食べ始めた。細い身体でよくそんなにも食べるものだと、騎士であるロイが感心するほど、変身は魔力を消費する。ある程度食べ落ち着いたルアドは、青い顔をしたままルアドが食べ終わるのを待っていた使用人たちをぐるりと見渡した。

「姫さんは王太子の滞在する屋敷に残ってる」
「なんだと!?」

 一番に叫び声を上げたのはロイだ。

「ルアド殿は姫様を残してすごすごと引き返したというのか!?」
「うるせえな、ちゃんと話を聞けよ!」

 身を乗り出し掴みかからんばかりのロイをギロリと睨みつけ、ユーリエから聞いた話を皆にすると、一様に不安そうな顔を見せた。

「本当に大丈夫なんだろうか」
「でも、姫さまの姿を見ても危害を加えないのだから、何かされることはないと思うわ」
「王太子殿下は宮に返してくれると我々にも言ってくれた。それを信じるしかあるまい」

 それぞれ不安を口にし、だがユーリエが無事だということにホッと胸をなでおろす。

「それにしても、魔力の暴走だとかであのようなお姿になってしまわれるとは」

 年老いた執事長が白い眉毛を下げて嘆いた。マリアが大きく頷き、ハンカチで目元を拭う。

「本当に……きっと今頃心細いお気持ちでしょうね」
(いや全然、むしろ楽しそうだけどな)

 ルアドは追加で出されたデザートを頬張りながら黙って使用人たちの言葉を聞いている。

「しかしやはり、あのお姿を見られてはいずれ姫さまだということが知られてしまうのではないか?」
「そうすると、婚約自体はどうなるのかしら」

 無意識に口にした焼き菓子が思いのほか美味しかったルアドは、侍女にお代りを頼みながらまた別のお菓子へと手を伸ばす。
 
「なんか、王太子は姫さんのこと妖精かなんかだと思ってるっつってたから、上手くやるんだろ。どうも大切に扱われてるっぽいし」
「当然だ! あの愛らしさに心を掴まれん奴など人に非ず!」

 ロイが何かを思い出したようにグッと拳を握りしめ、目元を赤く染めた。

「……本当に可愛らしかったわよね」

 ポツリと呟いた侍女の言葉に、その場にいる者たちが次々と頬を染めた。

「それじゃなくてもとても可愛らしい方だというのに、あのお人形のようなお姿の愛らしさと言ったら!」
「私、年甲斐もなく人形用のドレスを姫様のサイズにお直しするの、とても楽しかったわ」
「分かる!」
「俺の手のひらに乗った姫様の小ささと言ったら……」
「あの家も喜んでくれたよな!」
「オレ、もっと家具作ろうかな」
「庭とかどうだ?」
「四阿を用意しよう」
「明日、街に出ておもちゃ屋さん覗いてみようかしら」
「いいわね、私も行きたい!」

 大人たちがユーリエの姿を思い出しソワソワと楽しそうに話すのを、ルアドは呆れた顔で眺めた。

「ここの奴らはみんな幸せなアタマしてんだな」
「ルアド」

 未だ口の中に次々と料理やお菓子を放り込み続けるルアドに、マリアが眉根を寄せ難しい顔で声を掛けた。

「あ?」
「貴方その、猫の姿になる魔法だけれど」
「ああ、半日しか続かないんだよ。悪いけどもう今日は無理。魔力ゴリゴリ削られて回復するのに時間かかるしこのあと寝るから」
「そう……それは、あなた自身が変身する場合でしょう?」
「そうだけど?」

 侍女長は益々眉間の皺を深くしてぐっとルアドに顔を近付けた。ルアドは反射的に身を引く。

「な、なんだよ」
「その魔法……他人にかけることはできないの?」
「はあ?」
「それは自分も是非お聞きしたい!」

 マリアの言葉にロイが反応した。甲冑をガチャガチャと鳴らし、ロイもルアドに顔を寄せる。ルアドは立ち上がり、迫ってくる二人から逃れるべくじりじりと後方に下がるが、すぐに壁に背中をぶつけた。

「でっ、できるわけねえだろ!?」
「本当に? 私の姿を変えてくれたら今すぐにでも姫さまのお近くに駆け付けるというのに!」
「自分は猛獣でいい! 姫さまをお守りするためだ、猫なんぞの姿では足りるわけがなかろう!」
「無理だって! 俺のこれは正確には魔法じゃなくて能力! 獣人の能力なんだよ!」

 しかし、目の色を変えたロイとマリアは全く聞く耳を持たない。逃げるルアドをじりじりと追い詰め、自分が、私がと言い合いを始める。

「他人の姿を変えるなんてそんな魔法聞いたことねえし、できたらもっと広まってんだろ!」
 
 ルアドは迫りくる二人から逃げるように壁際から離れた。ロイは腕を組み残念そうに目を瞑る。

「なんだ。いい案だと思ったのに」
「なんだって言うなよ! そんな都合のいい魔法があってたまるか!」

 そんな魔法があればユーリエの小さくなってしまった魔法だってきっと簡単に解呪できる。だが、何らかの事故でユーリエがあの姿になってしまったと説明している以上、ルアドは下手なことは言えない。

(古代魔法を使ったかもしれないなんて口が裂けても言えねえ)

 他の使用人たちはそんな三人の姿を見てクスクスと笑っている。

「ルアド、まずは食事を摂って。魔力を回復しなければいけないのでしょう」

 一人の侍女が苦笑しながら言うのに縋るように、ルアドはこそこそと二人から離れ、また席に着き食べ始めた。まだ全然食べ足りない。追加のお菓子を受け取ると、気に入った分は制服のポケットに突っ込んだ。
 変身で削られた魔力は食事と睡眠で回復させる。まだ夕方だが、ルアドは食事のあと睡眠をとり、明日の早朝からまたユーリエのもとへ行くつもりだった。
 
(姫さんの能天気な性格ってこいつらの影響あんのかな)

 まだ何事か話しているロイとマリアを眺めながらルアドはぼんやりと思考を巡らせた。

『ルアド。ユーリエ姫のお傍を離れるな。彼の方を必ずお守りしろ』

 普段は他人に興味を持たないダグザがそう言ってルアドに渡した魔石は、これまでに見たどの魔石よりも強い魔力が込められたものだった。この魔石の力を借りて、普段なら一時間ほどしか持たない変身を最大で半日まで伸ばしている。

(これがあればいろんな魔法が使える)

 だが、ダグザはルアドの行動を信じてこの魔石を託した。決してルアドは己の興味のためだけに使用しないだろうと、ルアドを信じていると行動で示したのだ。ルアドはそのダグザの気持ちが震える程嬉しかった。
 大魔術師であるダグザは他人に興味がなく、思考の全てはいつも魔法に関することばかり。そんな魔術師のさがともいうべき好奇心の前に、ダグザがどう反応するかルアドは図りかねた。
 だからこそすぐにダグザに相談できなかったのだ。

(姫さんの秘密は守らないと、大変なことになる)

 しかし、一番に感じた危機感をダグザも同様に感じたのだと理解したルアドは、忠実にこの魔石をユーリエを守るために使用すると決めた。
 この膨大な魔力を込めた魔石を使えば他に何ができるか、想像だけならまだいいか、そんなことを考えながらルアドは思考を始める。

(――他人の姿を変えられるかどうか。まあ出来るだろうけど、師匠の魔石を使っても一瞬しか持たないだろうな。反動も凄そうだ)

 ダグザの魔石をもってしても、彼ら程度の魔力では一分も持てばいい方だ。そのくらい、変身や人体の変化を促す魔法は複雑で難しく、使用する魔力量は大きい。

(なんっか、いい方法はねえかなぁ)

 ひとまず能天気なユーリエが無事だった確認もできたし、明日にはあの王太子がユーリエを連れてくる予定だ。危険なことはないだろう。
 ルアドはもりもりと食べ続けながら、新しく目の前にできた課題「他人を最低限の魔力で他の姿に変えるにはどうしたらいいか」について、思考の沼へと落ちて行った。
感想 1

あなたにおすすめの小説

亡き姉の身代わりとして嫁いだ私ですが、離縁状を置いた翌朝、夫が私の「真実」に気づいたようです』

まさき
恋愛
「サインはもう、いただきました。あとは私がこの屋敷を出るだけです」 ​五年間の結婚生活。侯爵令嬢エルゼが演じ続けたのは、亡き姉・ロザリーの「身代わり」という配役だった。 夫であるカイル公爵が愛していたのは、かつて雪の中で自分を救ってくれた初恋の少女・ロザリー。 生き写しの妹であるエルゼを娶りながらも、彼は一度も彼女を「エルゼ」と呼ぶことはなかった。 ​冷淡な視線、姉と比較される日々。 「君はどこまでいっても、ロザリーの代わりにはなれない」 その言葉を最後に、エルゼは静かに離縁状を置き、屋敷を去る決意をする。 ​しかし、彼女が消えた翌朝。 カイルは、エルゼが大切に遺していった古い小箱を見つける。 そこにあったのは、十五年前のあの日、彼が「命の恩人」に預けたはずの片方のカフスボタン。 そして、幼いエルゼが綴った、あまりにも切ない真実の日記だった。 ​――「あの日、雪の中で貴方を抱きしめていたのは、お姉様ではなく、私だったのです」 ​真実を知り、絶望の中でエルゼを追うカイル。 だが、すべてを捨てて「自分」を取り戻したエルゼは、もう二度と、彼の隣で微笑む仮面の妻には戻らない。 ​これは、名前を奪われた女が自由を掴み、愚かな夫が真実の愛を失うまでの、静かで鮮やかな再生の物語。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

〖完結〗終着駅のパッセージ 

苺 迷音
恋愛
過去、使用人に悪戯をされそうになった事がきっかけとなり、分厚い眼鏡とひっつめた髪を編み帽で覆い、自身の容姿を隠すようになった女性・カレン。 その事情を知りながらも夫ローランは、奇妙で地味な姿の妻を厭い目を逸らし続けた。 婚姻してからわずか三日後の朝。彼は赴任先の北の地へと旅立ちその後、カレンの元へと帰省してきたのは、片手で数えるほどだった。 孤独な結婚生活を送る中。 ある冬の日に、ローランの上官であり北の地を治める領主ハルシオン公爵が、カレン夫妻の邸にやってきた。 始まりは、部下の家族を想う上司としての気遣いだった。 他愛もない会話と、節度を守ったやり取り。ほんの僅かな時間を重ねていく。 そのうちに、お互いに灯り始めた小さな心の想い。 だが二人は、それを決して明かさず語ることはなかった。 それから一年ほどたった冬の夜。 カレンから届いた手紙に、たった一度だけハルシオンは返事を書く。 そこには彼の想いが書かれてあった。 月日は流れ、カレンとローランが婚姻して三年目の冬の日。 カレンはひとつの決意と想いを胸に、北へ向かう汽車に乗った。 ※微さまぁか、もしくはざまぁになっていないかもしれないです。 ※舞台は近世・産業革命初頭を基にした架空世界だと思っていただけましたら有難いです。 稚拙な作品ではありますがご覧くださいましたら凄く嬉しいです。よろしくお願い致します。

悪役令嬢、休職致します

碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。 しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。 作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。 作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

「今更、あなたの娘のふりなどできません」〜ずっと支えていた手を、そっと引っ込めただけです〜

まさき
恋愛
父が死んだ日から、私は屋敷の「異物」になった。 継母は新しい夫に夢中で、義姉たちは私を使用人のように扱い、継父は三年経っても私の名前を覚えない。 気づいていなかったのだ、あの人たちは。 私の「静寂の手」がずっと、この家を守り続けていたことを。 ある夜、私は静かに荷物をまとめた。 怒りもなく、涙もなく、別れの言葉すら残さずに。 三ヶ月後、屋敷に原因不明の病が広がり始める。 「リーナを探せ」 今更、ですか。 私はもう、別の場所で別の名前で——ちゃんと生きています。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。