小さな魔法の物語

かほなみり

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第一章

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「……人形遊びが趣味でしたか?」

 翌朝、アレクの部屋へやって来たテオが、私を胸ポケットに入れるアレクを見て盛大に眉を顰め放ったのはそんな第一声だった。

(それはそう。私も知らなければそう思うもの)

 発言するかどうかは別にして。

「テオ、今日の予定は?」

 テオの様子を全く意に介さず支度をするアレクに、追及するのを諦めているのか小さく頭を振り予定について話し出す。
 薄い灰色がかった水色の民族衣装に身を包んだアレクは、テオの話を聞きながらストールを留めるアクセサリーを並べたトレーを見て指示をする。すらりと背の高いアレクが二人がかりで支度されている姿は、私と二人きりでいる時の柔らかく優しげな青年からは離れ、王族の威厳や誇りに包まれているように感じた。

「王都の本屋でユーリエ姫に本を何冊か買ってから王女宮を訪ねる。先方へ知らせておいてくれるかな」
「分かりました」
「それから、グラウディファの騎士も着くと思うからうまくやってね」
「ご心配なく。既に配置は通達済みです」
「うん」

 最後に肩からマントを掛けられ腰に帯剣したアレクは、鏡越しに私を見てふっと口元を緩めた。
 その表情にドキリと胸が強く跳ねる。
 
(まただわ。昨日から時々ドキドキする)

 慌てて胸ポケットに沈む様に顔を引っ込めると、アレクはマントで胸元を隠すように私を覆った。

 「さて、行こうか」
(……すごい、夢みたいだわ)

 本当に、これから王都へ出掛けるのだ。
 生まれてから一度も出たことのない王城を出て、街並みを見ることができる。城のバルコニーからなどではない、本の中の挿絵などではない、わたし自身の目で見て、感じることができるのだ。
 そっとポケットから顔を出してみる。マントを私がいる片側にだけ掛けているお陰で私の姿は外からは見えない。
 玄関を出ると、馬車が横付けされ既に多くのアントレア国の騎馬が並び待ち構えていた。アレクは騎乗の騎士たちに片手を挙げて頷くと素早く馬車に乗り込む。その後に続き乗り込んだテオが御者席の窓を叩き、馬車がガタン、と小さく音を立てゆっくりと動き出した。
 
 ――ニャア
(ルアド!?)
 
 遠くで猫の鳴き声がした。
 窓の外を見ると、猫の尻尾がちらりと見えた。
 様子を見に来たのだろう、ルアドはもう一度ニャア、と鳴くと、草むらに姿を消した。

(ちゃんと王女宮に戻るから心配ないわ。ちょっと寄り道するだけだから!)

 姿が見えなくなったルアドに言い訳をするような気持ちになりながら、初めての外出に胸のドキドキを押さえられなかった。

 *

「美しい街だね」
「賑わいなら我がアントレアも同じくらいです」
「国が違うんだ、それぞれの良さがあるよ」
「そんなに珍しくもないでしょう」

 窓に張り付くように外を見るアレクに、テオは呆れたように声を掛けた。アレクは多分、私に見やすいように窓に張り付いてくれているのだ。私はその優しさに甘え、ぺったりと窓に張り付くように身を乗り出し外を見ていた。
 初めて見る、王都。

(すごいすごい! すごいわ、あんなにびっしりお店が並んでる! お野菜も、服も、色んなものがあるわ!)

 馬車は門をくぐり王城を出て石畳の道を進み、高い石塀に囲まれた美しい住宅街を抜けた。
 そこから急に景色が変わる。
 大きなウィンドウの石造りの店舗、かと思えば小さな屋根の付いた荷車で商売をする人、道端に商品を広げている人。荷馬車や大きな籠を背負った行商人が道を行き交い、楽しそうに会話をしながら買い物をする若い女性たち。家族連れの姿も見える。
 人々は馬車に気が付くと手を振り、アレクも笑顔でその歓声に応えた。

(みんなに知られているのね)

 私の婚約と国を出立することに関しては既に国民の知るところなのだろう。それは知っていたけれど、まさかアレクがすでに顔を覚えられていたとは思わなかった。

(きっと来るまでに何かあったのね。こんなに笑顔で受け入れられて、人心を掴む力のある人なんだわ)

 自分のような第五王女が嫁ぐのに相応しい相手なのだろうか。
 アントレア王国は古くから運河の出入り口を守り、多くの国に影響を与えて来た大陸の要と言ってもいい国だ。多様な文化を受け入れるその柔軟性は目を瞠るものがあると、いつかの教師が言っていた。

(相応しくないと思われないように、真摯に向き合わなければ)

 あんなにも憂鬱で心が重くなっていた婚約が、今ではとても夢があることのように感じる。たった一晩で、人に知られてはいけない秘密を抱え、けれどこうして生まれて初めて外の世界を見ることができた。
 小さくなり知る、大きな世界。

(悪いことばかりではないわ)

 そして知った、婚約者の人柄。
 優しく大らかで、まだ会っていない私のことも気にかけてくれる。

「テオ、細い水路がずいぶんあるよ。運河から街中を巡らせて陸とは別に交通網になっている」
「ゴンドラが一般的な交通手段になっているそうです。だからこそ街中に荷を運ぶのも早いとか」
「素晴らしいね。雨が少ないからこそできるんだろうな」
「我が国でやってしまうとあっという間に洪水で水浸しですね」
「ここまでの数は難しいけれど、小運河の施工は進めるべきだね。国民の生活にもっと利益があるべきだ」

 窓の外を見ながらそんな感想を述べるアレクに、テオはちらりと外を見ただけですぐに手元に視線を戻した。

「殿下、もうすぐ目的地に到着です。時間は一時間ほど。書店と徒歩圏内にある図書館の見学に留めてください」
「うん、分かった。あ、ほらさっき見た道端で売っていた串焼きが食べてみたいんだよ」
「毒見したもの以外は駄目です」
「そういえばアクセサリーを売っている露天もあったな」
「殿下!」

 テオが嗜めるような声を上げると、ガタン、と小さく揺れて馬車がゆっくりと停まった。

「到着したみたいだ。行こう」

 その言葉はテオに、と言うよりはまるで私に向けられたもののように感じて、とても心が浮足立つのを感じた。

 *

「アントレア王太子様!」

 アレクが馬車を降りると待ち構えていたように小さな子供二人が駆け寄って来た。
 騎士が前に出ようとするのを制し、アレクは腰を落として子供たちと視線を合わせる。

「私のことを知っているなんて光栄だな」
「もちろん! この馬車の紋章がかっこいいってみんなで話してます!」

 頬を赤らめた男の子が騎乗の騎士を見上げ興奮したようにさらに顔を赤くした。
 
「これどうぞ」
「ありがとう」

 一緒にいた小さな女の子が花を一輪差し出した。アレクは笑顔でそれを受け取ると、胸ポケットにそっと差す。私の横に差された水色の小さな花の香りはとても上品で、初めてのことに浮足立つ私の心を落ち着けてくれた。
 周囲で見守っていた人々がパチパチと拍手をし、歓声を上げた。

(すごい歓迎だわ。よかった)

 胸のポケットからこっそり外を見る。集まっている人々は皆笑顔で、とても歓迎されている様子が窺えた。

(……あれは)

 その人だかりの向こうに、ぼんやりと黒いもやが見えた。それは一瞬立ち上がり、すぐに消えた。

(何かしら。誰にも見えていないの?)

 身を乗り出しもう一度確認したかったけれど、アレクが立ち上がり歩き出したのでその後を確認することは出来なかった。

 
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