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第一章
アレクシオスとダグザ
しおりを挟む「眠っているだけだ」
ダグザはエラの身体の上に手をかざすと、そう呟いた。静かに横たわるエラは、本当に先ほどまで動いていたのか疑いたくなるほど、人形のように眠っている。
「先ほど戦闘がありました。その際に、上から押し潰されるような衝撃を受けたはずですが」
アレクシオスのやや急くような声にダグザはふっと口端を上げた。
「怪我はない。防御の魔法をかけているからな」
「気を失っているわけではないのですね」
「慣れない魔力を使ったのだ、恐らくその反動だろう。どの程度で目覚めるか分からないが」
心配ない、と言うダグザに胸を撫で下ろす。そしてアレクシオスは改めて、正面からダグザに向き直った。
「お久しぶりです、ダグザ殿」
「ああ。何年ぶりだろうな」
「私が留学を終えた年以来ですから、十年ぶりでしょうか」
アレクシオスがそう言うと、ふふっとダグザは瞳を細めた。
「そんなになるか。道理で、剣の腕も魔法の腕も昔よりは上がるはずだな」
「恐れ入ります」
アレクシオスはベッドの上のエラを見下ろした。そして目の前に立つ、この年齢不詳の美しい男に視線を移した。昔から変わらない風貌。この国、大陸一の魔力の持ち主と呼ばれる大魔術師ダグザ。
アレクシオスはグラウディファへ留学していたころ、ダグザに魔法を学び師事していた。あの覚えのある魔力、それは十年ぶりに感じた師の魔力だったのだ。
その師の魔力が込められた魔石を持つ、エラ。
「エラは、彼女は一体何者ですか?」
十年ぶりの再会だと言うのに懐かしむ暇も与えてくれない若者に、ダグザはふっと笑いを漏らす。すぐに答えを求めてくる、相変わらずまっすぐな青年だと安心する己がいる。
「焦らずともすぐに分かる」
ダグザは眠るエラの腰の魔石に、そっと魔力を補充する。思っていたより魔力は減っていない。
「エラはユーリエ王女の人形だと聞きました。だとしたら、それは一体どうやって、そんなにも人らしく動き感情があるのでしょう。古代魔法が関係あるのでしょうか? 先ほどの戦闘でも見たあの魔法は一体」
「アレクシオス・リュサンドロス」
戦闘の後の昂る気持ちを抑えきれず、興奮気味に疑問が口を突いて出る。ダグザの声にアレクシオスはぴたりと話すのを止めた。
「……申し訳ありません」
俯くアレクシオスに、ダグザは小さく笑う。こういう素直さは昔から変わらない。
「あの魔法は恐らく、古代魔法を掛け合わせた魔法陣によるものだろう」
「魔法陣? では、あの店に既に魔法陣があったということですか?」
「今、私の部下たちが店や周辺を探している。見つかれば知らせよう」
アレクシオスがあの店に行くことを決めたのは前日のことだ。やり取りは魔法を使い伝書を飛ばしているはずだが、それらを見られているということだろう。
考えに没頭するアレクシオスをちらりと見遣り、ダグザはエラを、ユーリエを見下ろしため息を付いた。
昨日からのらしくない己の振舞いに調子が狂うと感じている。この若者たちにどうしても手を差し伸べたくなるのだ。
だが、魔術師は自然の摂理から離れた存在であるべきだ。余計な助言や手助けは、必ずしも彼らのためになるとは限らない。
「……この子が何者か、すぐに分かる日が来るだろう。今ここで、私が導く必要もない。だが」
ダグザは眠るエラの身体に、そっとシーツを掛けた。ダグザのそんな優しい姿を初めて見る気がして、アレクシオスは目を見開いた。
「この子は私の大切な妖精だ。くれぐれも守ってやって欲しい」
「妖精……」
ぼんやりとその言葉を繰り返すと、ダグザは静かにベッドから離れ足元に金色の魔法陣を展開する。
「殿下にひとつ頼みがある」
「頼み?」
振り返ると金色の小さな魔法陣の上に立つダグザは、瞳を細めアレクシオスを見返した。
「この子の守護となる黒猫を招き入れてやって欲しい。ここの結界は彼には突破が難しい」
「守護とはなんですか」
「まだ若い芽だが、いずれ導く力を持つ者だ」
アレクシオスはダグザとの哲学のようなやり取りを懐かしく感じた。
この人はいつもそうだ。何ひとつはっきりと教えてくれないが、必ず導いてくれる。その導きが今なのか、あとなのか。それはその時にならないと分からない。
「彼は私の目だ。彼が見るものは私も見えている」
金色の光を纏ったダグザは長い指で自分の瞳を指さすと、そのまま静かに音もなく金色の粒となり消えていった。
その後は大変なものだった。
居室に戻りテオたちを招き入れようと扉を開けると、扉前にはテオをはじめ、顔を青くした使用人や護衛、侍医たちがぎゅうぎゅうと並び待っていた。
アレクシオスは申し訳ないと彼らを招き入れ、テオの小言を黙って聞きながら手厚い治療を受けた。
聞けば、店に共に戦った部下たちにも大きな怪我はなく、皆無事に治療を受け今は休ませているという。
テオからその後の報告を聞きながら、アレクシオスはあの仮面の刺客たちを思い出していた。
あの刺客たちはあまりに剣技が拙かった。狭い場所での戦闘に慣れている者は少なく、闇雲に襲ってくるような者ばかり。接近戦での先頭で魔法を使う者もいなかったし、急ごしらえのように感じたのだ。
「恐らくそのとおりかと」
治療を受けているアレクシオスの側でテオが頷いた。
「仮面の下はサーバス族とは違う、この辺りの民族が多かったそうです」
「……傭兵か」
「恐らく」
テオは頷くと、一枚の紙をアレクシオスに手渡した。そこには捕らえた男たちの人相が描かれ、そのどれもがサーバス族とは違う人相をしている。
「生き延びた者数名を捕らえ現在尋問中ですが、誰に、どこで雇われたのかはっきりしません」
「また薬か」
黙り頷くテオを見て、アレクシオスは深く息を吐きだし、暗くなった窓の外を見た。
それこそがサーバスのやり口だ。
人を狂わせる薬で洗脳させ、自分たちに都合よく動かすサーバス族。古から伝わる秘薬だと言うが、正しい判断ができないほど人心を狂わせ、中毒にする薬。アントレア国内外で問題になっていた。
「しかし、あんな魔法は見たことがない」
「それも今確認中です」
テオはそう言いながら眉根をぎゅっと寄せた。
あんな魔法をもう一度どこかで使われたら防ぎようがないのではないか。そんな不安が過るのだろう。
「あれは恐らく、事前に魔法陣が張られたものだよ」
「事前に? しかし……」
「はっきりするまで魔法の伝書は使用しないで。遅くてもいいから手紙を届けさせるんだ」
「分かりました」
「それから、今日届ける予定だった人形をお返しできなくて申し訳ないと、ユーリエ王女の使用人たちに伝えて。ユーリエ王女への手紙を書いたから、持って行ってほしい」
アレクシオスから手紙を受け取ったテオは、治療を終えた侍医にしつこく何度もアレクシオスは大丈夫か確認し、治癒魔術師に戦闘の際にできた左腕と額の痣を綺麗に治療させ、アレクシオスに今日はどこへも行くなと念を押してやっと部屋を後にした。
最後まで室内に護衛を残すと言って聞かなかったが、どこにも魔法陣の痕跡などがないことを魔術師に確認させると、護衛を増やすことで渋々納得した様子だった。
「はあ……」
誰もいなくなった室内で、やっと息を吐きだす。
こんな遠く離れた地でもなお、サーバスに命を狙われるとは。余程王位を継承するのが気に食わないのだろう。
だが、グラウディファに来てまでこんな騒ぎを起こしては、彼等もこの後そう簡単に騒ぎを起こすことは出来ないだろう。グラウディファからすれば、自国が招いた国賓が異国の反勢力に襲われたという失態だ。徹底的に調査することだろう。あのダグザも動いているのだから。
(ここではあまり、自ら動かないほうがいいな)
アレクシオスは一歩引いた状態で静観することに決めた。優秀な部下たちに調査は任せ、己はこの国に来た義務を果たさねばならない。
湯を浴び、寛いだ格好でグラスにワインを注ぎソファに身を沈める。テーブルにはテオが置いていった現在の調査状況が記されたものと、何通かの手紙があり、中身を確認する。
セオドリックから状況の説明と怪我を労わる手紙があり、明日、改めて訪ねてくると書かれた手紙を確認してすぐに小さな火で燃やす。こういったやり取りは残さないほうがいいだろう。
全てに目を通し他の書類も確認して、ふとアレクシオスは寝室に視線を向けた。
静かに寝室の扉を開き、ベッドの上のエラの様子を確認する。先ほどから全く動かず眠ったままだ。
(本当に問題ないのだろうか)
不安になりベッドに近寄ったアレクシオスは、顔を近づけエラの様子を観察する。確かに、小さく胸が上下し呼吸している様子が見られる。
(妖精か)
ダグザがもうすぐ分かると言っていた。それはきっとそのとおりなのだろう。
(明日こそはユーリエ王女に会って、エラの話をしたいな)
静かに眠るエラを見て、アレクシオスはそっとため息を吐き出しその隣に横になった。
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