【完結】黄金の騎士は丘の上の猫を拾う

かほなみり

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溢れる

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 王城に到着してすぐ、ユーレクは部屋へ案内された。部屋へ通されるまでの間ずっと、左手はキャンの腰を抱えるように抱き寄せていた。決して離すまいとするユーレクの意思のように感じて、キャンは恥ずかしく顔を上げることが出来なかった。
 部屋に通され二人きりになると途端に訪れる静寂。自分の胸の音だけが大きく鳴り響き、ユーレクに聞こえているのではないかと落ち着かない。

「これ」

 ぽつりとユーレクが零した声にはっと顔を上げる。見ると、ユーレクは纏っていたマントを持ち上げじっと刺繍に見入っていた。
 それはあの別れの日、ユーレクがキャンの元に置いてきた王家の黒いマント。同色の糸で細かな刺繍が施されたそれは、キャンが丁寧に一針一針仕上げたものだ。刺した柄には全て意味がある。それを確認するように、ユーレクはじっと刺繍を見つめていた。

「すごいな、キャンが刺したのか」
「はい……次に会ったら、渡したくて」
「ありがとう。凄く嬉しい」

 ふわりと笑うユーレクの笑顔に、ドッとキャンの鼓動が激しくなる。きっと自分の顔は真っ赤なのだろうと、両手で思わず頬を覆った。

(どうしよう……どうしてこんなに、ぎこちないの)

 あんなに毎日考えていたのに。会いたいと願っていたのに。いざ目の前にすると、どのように振舞っていいのか分からない。それに加え、これまでとは違う反応が自分に起こっている。

(番いって、こんな感じ……?)

 急に芽生えたユーレクが自分の番であるという感覚。
 城門の前でヴィンフリードとフランチェスカが再会し、胸を熱くしていたのもつかの間、すぐにその存在に気が付いた。
 姿が見えないほど遠く離れていても感じる、懐かしい優しい香り。キャンは無我夢中で走りだし、群衆をかき分けその恋焦がれた人の元へ駆けだした。
 馬上にある、ひと際大きな存在。強く、温かく優しい、愛して止まない人。
 その人が今、目の前にいるーー。

「キャン?」

 俯き顔を覆うキャンの手を、正面に回ったユーレクがそっと手首を掴み顔を上げさせる。

「久しぶりに会ったんだ、顔を見せて」

 ユーレクの甘い柔らかな声が耳に心地いい。それでいてその声が耳に届くたび、身体がぞくぞくと痺れるように震える。

(声に、溺れてるみたい)

「キャン」

 もう一度甘い声で名前を呼ばれ、羞恥と愛しさの狭間で震えながら、キャンはまっすぐユーレクを見た。

 瞳を潤ませゆっくりと瞬きをするキャンの表情を目の当たりにして、ユーレクは腹の底が疼いた。
 だが聞きたい事が山のようにある。今はひとつずつ話をしなければならない。ユーレクはグッと息を呑み、落ち着いた風情でキャンに声を掛けた。

「……どうしてここに?」
「私の、故郷や両親について知りたくて」
「……そうか」
「あと……、少しでも近付きたくて……」
「近付く?」

 答えながらキャンは自分の身体の中心から湧き上がる感情に狼狽えていた。
 顔が燃えるように熱く、身体が火照る。目の前の人から発せられる信じられないほど優しくさわやかな森のような香りが、キャンの身も心も搔き乱す。ユーレクにしがみ付き、抱き締めてほしくて堪らない。

(どうしちゃったの、落ち着いて)

 ユーレクを番だと意識したとたんに、こんなにも身体の反応が変わるのだろうか。これまでいい香りだと感じていたユーレクの香りが、今はキャンの感情を激しく揺さぶってくる。

「つ、番って……」

 キャンがぽつりと言葉を漏らした途端、手首を掴む手に力が込められた。

「!?」
「……番? キャンの番?」

 瑠璃色だった瞳に黄金色が走る。突如としてユーレクの身のうちから湧き上がった激しく強い感情に、キャンは圧倒された。

「あ、あの」
「キャンの番が分かったのか? この国に来て?」
「そうなの、でも」
「自分で探しに来た?」
「違う、そうじゃなくて……」
「そいつとはもう会った? 誰か分かってる?」

 ぐいぐいと身体を乗り出すユーレクに圧倒されて、一歩、また一歩と後ずさる。なんだか勘違いされている気がする。だが羞恥に震えるキャンには、うまく言葉が紡ぐことが出来ない。

「番なんて駄目だ。……絶対に許さない」

 黄金色の瞳が強く光る。その瞳に殺意すら浮かべ、ユーレクはキャンを壁際に追い込んだ。

「ユーレクさん、聞いて」
「そいつが誰か教えてくれるのか? それとも許しを請いに?」
「ユーレクさんっ」
「そいつを殺していいなら俺は」
「ダメ!」

 キャンはギュッと目を瞑って叫んだ。ぴたりとユーレクの動きが止まる。キャンの手首を掴む手が、微かに震えている。

「……なの」
「え?」

 完全にうつむいてしまったキャンの小さな唇から言葉が零れるのをうまく聞き取れない。ふわふわの髪に隠れてしまった表情を確認したくて、ユーレクは震える指先でキャンの顎に指をかけた。真っ赤に熟れた果実のような肌を微かに震わせて、紫水晶の瞳が涙を浮かべまっすぐユーレクを見る。

「ユーレクさん、なの。私のつがい……」

 消え入りそうな声で、けれど甘い息を吐きだしたキャンの唇が紡いだその言葉は、ユーレクの心に直接吹き込まれた。

「……俺が? キャンの番?」

 キャンはこくりとひとつ頷き、はあっとまた熱い息を吐きだす。
 やはり身体がおかしい。熱でもあるのだろうか。ぎゅうっと目を瞑っていると、固まったまま動かなかったユーレクに頤を掴まれ唇を強く塞がれた。

「んっ! んんっ、ぁ、あっ」

 先ほどのものとは比べ物にならないほど強く合わされた唇は、すぐに唇を割り分厚い舌が口内に侵入した。口内を掻きまわしキャンの小さな舌を見つけると激しく擦り付け、じゅるっと吸い上げられる。その卑猥な音にキャンは膝から落ちそうになったが、壁に押し付けられたまま必死に首にしがみ付き、ユーレクの口付けに応えた。
 口端から唾液が溢れ出て息が苦しくなった頃、ぷはっと空気を求めるように唇が離れた。息が上がる。呼吸を整えているとユーレクの大きな掌が背中に回り、その身体を抱き上げた。
 しがみ付いたままぼんやりと自分を抱き上げるユーレクを見下ろすと、至近距離で黄金に輝く瞳に射抜かれる。目許を赤く染めたユーレクがこの上なく色気を放ち、キャンを見上げ誘うように甘い息を吹きかける。

「……俺がキャンの番って、いつ分かったんだ?」
「こ、ここに来てすぐ……私は、人の中で生活していたからわからなくて……」
「それで、ここでずっと待ってた?」
「そう。ここにいた方がユーレクさんにすぐに会えるかもって」
「……酷いことを言われなかったか」
「……」

 キャンは無言で首を振った。様々な人がいるのだ。それが事実。酷いことも嬉しいことも全て、受け止めるためにここにいる。キャンはここに来たことを悔いたことはないし、受け入れてくれる人々がいることに感謝すらしている。
 そんなキャンの表情を見たユーレクは、それ以上言及しなかった。

「……それに」

 キャンはぎゅっとしがみ付くユーレクの服を握りしめた。登城するために纏った黒い王家の礼服は、精悍な顔つきのユーレクにとても似合っている。

「私も、フランチェスカ様のようにユーレクさんの傍に立てるような人になりたいと思ったの。ただの、カフェの女の子じゃなくて……ユリウス殿下の隣に立てるような」

 キャンはそう言うと、そっと自らユーレクの唇に口付けを落とした。ふわりと触れるだけのそれは、どんな媚薬よりも強くユーレクの理性を焦がしていく。

「キャン」
「ユーレクさん……。貴方が好き。貴方が好きです。だから私を傍に置いて。私の傍にいて……?」

 その言葉にユーレクの心が締め付けられた。沸き起こる熱と欲望が理性を焦がしていく。信じられないほど余裕がない。それでもユーレクは、ボロボロになった理性を搔き集めて、何とか必死にキャンに伝えたい事を言葉にしようと深く息を吐きだした。

「……キャン、会いたかった」
「うん」
「ずっと、キャンのことばかり考えてた」
「うん」
「ずっと……、ずっと、伝えたかったんだ」
「ユーレクさん……」
「好きだ。……好きだよ。俺はずっとキャンのそばにいたい」

 紫水晶から涙が零れ落ちるのを見て、ユーレクはもう一度愛しい人にありったけの思いを込めて口付けを落とした。

「愛してるよ、キャン」
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