私が死んであなたがほかの人と幸せになるくらいなら呪い殺してこちらに来てもらう所存ですのであしからず

かほなみり

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「水だよ、飲める?」
 ベッドに横たえられた途端、身体の熱が増した気がした。
 差し出されたコップを受け取ろうとしても、震えてできない。
「ちょっとごめん」
 アデルは私の身体を支えて、口移しで水を飲ませてくれた。
「~~っ、んっ」
 くちづけに身体が過剰に反応する。宥めるように背中を撫でられて、それも刺激になって全身を駆け抜けた。
「あ、あ、もう、ヤダ……」
「カタリーナ、苦しいと思うけどもう少しがんばろう。ドレスを脱がせるよ」
 アデルの指先が肌に触れるだけでおかしな声が出る。枕に顔を伏せて唇をかみしめている間に、彼は素早くドレスを脱がせてコルセットも緩めてくれた。
 呼吸が楽になって、はぁっと息を吐き出す。けれど、熱っぽさも鼓動も、全然収まらない。
「アデル……」
 霞む視界で名前を呼べば、彼はすぐに顔を寄せてきた。
「うん、ここにいるよ。少しは楽になった?」
「ええ……、ありがとう」
 そう答える私の頬をそっと撫でられ、また身体が大きく反応する。
「アデル、私、身体が変なの……」
「うん、アイツになにか飲まされた?」
「いいえ、なにも受け取っていないわ……」
「なにも? でもおかしいな、この匂いと反応は……」
 困惑するような彼の頬に手を当てる。私の体温が高いからだろうか、彼の肌がひんやりと冷たく感じた。
「私、毒を盛られたの?」
「――うん」
 その言葉に思わず目を閉じる。
「大丈夫だよ、カタリーナ。俺がいるから」
「アデル、私……旅行に行きたかったわ」
「うん、行こう」
「辺境なら……、イヴァンさまもいるわね」
「はは、そこでイヴァンか~」
 彼は笑い声をあげながら、そっと私の隣に横たわった。彼の方を向いて、その胸に顔を寄せれば、鼓動が聞こえてくる。
「でも、それは問題ではないの……、あなたと一緒にいられるならそれだけで十分だわ」
「本当に? それは嬉しいな」
 長い指がそっと私の唇を撫でる。ピクリと身体を揺らす私に、彼はふわりとくちづけた。
「もっと、あなたと……、一緒にいたかったわ」
「うん」
「食事も、夜会も、ダンスも。一緒に踊りたかった」
「大丈夫、これからずっとできるよ」
 彼の声が遠い。耳に膜が張っているような感じがする。
 目を閉じれば、目じりから涙がこぼれた。
「私ね……、騎士団に行っていたの」
「イヴァンはもういないのに?」
「あなたに会いに……」
「え? いつ?」
 驚いた声を上げたアデルが、少しだけ身体を起こすのを感じた。
(素直に気持ちを伝えようと思ったのに、こんなときでも恥ずかしいなんて)
 いい加減、意地を張る自分に辟易する。
 けれど、今伝えずにいつ言うのだろう。次はないかもしれないのに。
「――女性に囲まれていたから、そのまま帰ったわ」
「そんなの、声を掛けてくれたらいいのに」
 そう言って、アデルはそっと私の頬を包み込んだ。けれどやっぱり、恥ずかしさに目は開けられない。
「カタリーナ? ――もしかして、嫉妬してくれた?」
 そっと囁くようにかけられた言葉に、小さく頷く。目の前で、彼が息を呑むのを感じた。
「なにそれ、すごくかわいいんだけど」
「かわいくなんてないわ。――意地っ張りで、全然素直になれない……」
 言っていて虚しくなる。けれどアデルは、優しく私の髪を梳きながら囁いた。
「俺は、あなたが一番素直でかわいい人だと思っているよ、カタリーナ。そしてそんなあなたが、一番大切で愛おしい」
 そっと目を開ければ、すぐ目の前に青い瞳がまっすぐに私を見ている。
「知ってるわ。あなたは嘘をつかないもの。でも……、それでも、会えないと不安になるの……」
 言葉にすると泣きたくなった。
 泣き顔なんて見られたくなくて、両手で顔を隠す。
 相変わらず身体はおかしくて、身体の奥がじくじくと震える。
「カタリーナ……」
「私、わがままなんだわ。ほかの人といるあなたを見たくない」
 すぐ前にいるアデルの吐息すら、身体が敏感に拾って小さく震える。
「今になって、こんなことを言うなんて」
「いいよ、もっと聞きたい」
 アデルの腕が腰に回ってグッと引き寄せられた。身体が密着して、自分の高い体温もうるさい鼓動も、すべて彼に感じられているのが恥ずかしい。
「カタリーナ、顔を見せて」
「――イヤ」
「見たい。ね?」
 そっと手首を掴まれて、顔から剥がされる。顔が熱くて、それじゃなくても熱っぽいのにきっと真っ赤だ。
「かわいいね、カタリーナ」
 熱い呼吸が唇にかかって身体が辛い。おなかの奥が収縮して、変に力が入る。
「――アデル、私ね」
「うん?」
「私、あなたと結婚したかったわ」
「ふふ、するよ」
「そうね……、子どももたくさん欲しいわ」
「君に似た女の子かな」
「あなたに似た男の子も」
「いいね」
「んっ」
 アデルは嬉しそうに笑って、チュ、と優しくまぶたにくちづけを落とした。
 その刺激にふるっと身体を震わせると、今度は頬にくちづけを落とされる。
「――あなたはきっといい父親になるわ。子どもたちのことをたくさん愛してくれるでしょうね」
「妻のことも愛するよ」
「――優しくしてあげてね」
「うん?」
「優しくして……、でもときどき、私のことも思い出して……」
「カタリーナ?」
 目が霞んでアデルのことがよく見えない。指先がしびれて、彼の隊服を掴んでいるのかもよく分からない。
 また、目尻から涙がこぼれた。
 きっと彼なら、すぐにいい人が見つかる。幸せになってほしい。
 だけど、だけど……。
「――あなたと、結婚したかったわ」
「するよ? カタリーナ、俺はあなたとしか結婚しないし、するつもりもないんだけど」
「あなたならきっといい人が見つかるわ……幸せになってほしいけど、私、それを祝福できるほど大人じゃないの」
 ほかの人を見て笑っている姿なんて、見たくない。
 そんなの、祝福なんてできるわけがない。
 当然じゃない? だってアデルは私の婚約者なんだから!
「カタリーナ、なんの話? ほかの人ってなに?」
 アデルの困惑した声に、またじわりと涙が浮かんだ。
「~~っ、わ、私、あなたがほかの人と結婚するのを祝福なんてできないわ!」
「え?」
「もしあなたがほかの人と幸せになるようなら絶対あなたのこと呪い殺すと思うの! ううん、絶対に呪い殺してみせるわ!」
「のろい?」
「私以外に笑いかけるとかほかの人との子供を抱いている姿とかを微笑ましく見守るとかそんなの偽善できっと私は歯ぎしりしながらなんとかあなたを呪い殺せないか画策してそれが何年かかってもいいからあなたがこっちに来るまで呪い続けると思うわ!」
「久しぶりに聞く早口だねぇ」
 死んで一緒になる方法があるならそうしたい。
 私、一人になりたくない!
「死にたくないわアデル! あなたと結婚して幸せになりたい! おばあちゃんになってもあなたと一緒にいたい! あなたのこと誰にも渡したくない!」
 ボロボロと涙が溢れて止まらない。
「カ、カタリーナ?」
「アデル……っ、うっ、うわぁん!」
 言葉にしたら、耐えられなくなってしまった。我慢していたことや感情が、一気に噴き出す。
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