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「――ん……」
重たく沈んでいた身体がゆっくり浮上するように、意識が戻った。
「――目が覚めた?」
すぐ目の前で声がして重たいまぶたを開けば、目の前にはアデルがいた。辺りは薄暗く、明かりが最低限に落とされている。
「私……」
「気を失ってそのまま眠ったんだ。身体は大丈夫?」
する、と頬を撫でられて、彼の熱い掌にほおっと息を吐き出す。
「大丈夫……、少しダルいだけ」
「よかった、薬は抜けたみたいだ」
ホッと息を吐き出した彼は、ぎゅうっと私を抱きしめた。彼の胸に顔を寄せて聞こえる鼓動の音に、気持ちが安らいでいく。
「――私、いつの間に媚薬を盛られたのかしら」
「うん、それなんだけど、多分あなたのつけていた香水じゃないかと思うよ」
「香水?」
それは、友人からもらったあの。
「愛の秘薬……?」
「へぇ、そんな名前なのか。ずいぶん都合のいい名前をつけたものだな」
いつもと違う様子の彼の声に顔を見上げると、遠くを睨むように空をじっと見つめている。
「――男性は皆、ああいうのが好きだと思っていたわ」
「まさか」
アデルは心外だ、と言わんばかりに目を見開いて私を見下ろした。
「あんなもの、男の欲望が叶うように都合よく作られた最低な薬だ。そこには女性に対する配慮なんて一切ない、男が気持ちよくなりたいだけのものだよ」
アデルはそう言って、目を細めて私を見た。
「あなたは気持ちよかった?」
そう問われて、ぼんやりした頭で思い返してみる。
カインズ卿に触れられて気持ち悪かった。アデルに触れられても、気持ちと身体がチグハグで辛かった。早く終わってほしいと、そればかり思っていた。
小さく首を振る私に、彼は「そうでしょ」と、呟く。
「本当に愛する人にはね、丁寧に触れたいものだよ。触れて、感じ合って高まっていく行為に意味があるんだ。表情を見たり、会話をすることに意味がある。相手を欲望の捌け口としてしかみてないなら、それは愛じゃない」
「それじゃあ、あれは恋人同士がお互いを高め合うわけではない……?」
「違う」
はっきり言いきって首を振るアデルの険しい表情に、不安がよぎった。
あの香水を勧めてくれた友人は、婚約者に教えてもらったと言っていたけれど、大丈夫だろうか。
アデルはそんな私の気持ちを宥めるように、優しい手つきで髪を梳く。
「俺の手も、唇も、視線も。あなたの感じるところをすべて覚えてるんだ。どこに触れたら気持ちよくて、なにが苦手で、なにをしたら恥ずかしがるか。俺しか知らないあなたのことを、大切に愛したい。薬で強制的に高められて、なにをしても快感に呑まれるなんて、そんなのはあなたのためじゃない」
「――だからあなたは、いつまでも、その……」
「入れなかった」
彼はそこで少し困ったように眉尻を下げた。
「達することで楽になるなら、そうした方があなたのためだと思ったんだ。でも、かえって時間がかかってしまって、辛い思いをさせてしまった」
ごめんね、と謝られて困惑する。
アデルは私のために考えてくれたのだ。私が早く楽になれるよう、最善を尽くそうとしてくれた。
「――あなたは私のことが大好きね」
彼は今度こそ大きく目を見開いた。
「そうだよ、ずっと伝えてるのに!」
「き、聞いていたけれど……!」
なんだかどこまで本気なのか、よく分かっていなかったのだ。
「わ、私、なんだか自分勝手だったわ……」
会えないときも、せっかく会えたときも、思ったようにいかないからと一人で勝手に腹を立てて素直じゃなかった。
「それは、嫉妬してくれたこととか?」
「そっ、それも、だし……」
「俺はあなたの言葉が聞けて嬉しかったよ。でも、不安にさせてしまってごめん」
「謝ってばかりはやめて」
アデルはなにも悪くないのに。
「ふふ、でもね、申し訳ないって思いながら、俺と結婚したいって聞けてすごく嬉しいとも思ってるんだ」
おかしそうに笑った彼は、ちゅっと鼻先にくちづけを落とした。
「あ、あれはだって! なんて言うか、もう、あなたといられないかもって」
「でも、あなたは俺を呪い殺してくれるんでしょう? そうしたらまた一緒にいられるから」
「~~っ」
(私ったら、なんてバカなことを言ったのかしら!)
恥ずかしくて両手で顔を覆うと、アデルは身体を揺らして笑いながら背中をゆったりと撫でた。
(――あぁ、やっぱりこうした触れ合いの方が気持ちいいわ)
彼の優しさや気遣いが分かる。お互いの感情や表情が分かる。
「あなたに呪い殺されるなら本望だよ。でも、安心して。もしあなたが先に死んでしまうようなことがあったら、俺はすぐに後を追うから」
その言葉にパッと顔を見上げる。
一緒に横たわって私を見つめるその表情は、決してふざけてなどいない。
「それはダメよ!」
「え、どうして」
「あなたが絶望して命を絶つところなんて見たくないもの」
「ええ? じゃあ、そのときだけちょっと席を外してもらうとか」
「いやよ、あなたから目を離せるはずがないわ」
「うう~ん、難しいなぁ」
アデルは笑いながらぎゅうっと私を抱きしめた。
「それじゃあ、なんとしてもあなたには長生きしてもらわないとダメだね」
「そうね。あなたもよ」
「うん」
クスクスとおかしそうに笑う彼を見上げる。
「なんだか楽しそうね」
「ん? そうだよ、だってずっとあなたとこうしたかったんだから。はぁ……、早く結婚したい。一緒に暮らして、あなたと毎日笑い合いたい。きっと素晴らしい日々になるよ」
「――そうね」
そっと彼の頬に手を添えれば、不思議そうな表情の彼が私を見下ろした。
「カタリーナ、今日はいつもより素直?」
「そ、それはきっと薬のせいよ!」
(それはちょっと自覚しているわ! だってそうしようと思ったから……!)
いつもより素直なんて、言わないでほしい。
そんなことを言われては、また悔しくて言うのをやめてしまいたくなるから!
「自白剤でも調合されてるのかなぁ」
「それはちょっと失礼な言い方ね!?」
「あはは!」
彼は本当に楽しそうに声を上げて笑った。
好きな人が声を上げて笑うのを聞くことが、こんなにも満たされることだったなんて気が付かなかった。
(ああ……、幸せだわ)
一緒にいることの幸せに、心が小さく震える。
重たく沈んでいた身体がゆっくり浮上するように、意識が戻った。
「――目が覚めた?」
すぐ目の前で声がして重たいまぶたを開けば、目の前にはアデルがいた。辺りは薄暗く、明かりが最低限に落とされている。
「私……」
「気を失ってそのまま眠ったんだ。身体は大丈夫?」
する、と頬を撫でられて、彼の熱い掌にほおっと息を吐き出す。
「大丈夫……、少しダルいだけ」
「よかった、薬は抜けたみたいだ」
ホッと息を吐き出した彼は、ぎゅうっと私を抱きしめた。彼の胸に顔を寄せて聞こえる鼓動の音に、気持ちが安らいでいく。
「――私、いつの間に媚薬を盛られたのかしら」
「うん、それなんだけど、多分あなたのつけていた香水じゃないかと思うよ」
「香水?」
それは、友人からもらったあの。
「愛の秘薬……?」
「へぇ、そんな名前なのか。ずいぶん都合のいい名前をつけたものだな」
いつもと違う様子の彼の声に顔を見上げると、遠くを睨むように空をじっと見つめている。
「――男性は皆、ああいうのが好きだと思っていたわ」
「まさか」
アデルは心外だ、と言わんばかりに目を見開いて私を見下ろした。
「あんなもの、男の欲望が叶うように都合よく作られた最低な薬だ。そこには女性に対する配慮なんて一切ない、男が気持ちよくなりたいだけのものだよ」
アデルはそう言って、目を細めて私を見た。
「あなたは気持ちよかった?」
そう問われて、ぼんやりした頭で思い返してみる。
カインズ卿に触れられて気持ち悪かった。アデルに触れられても、気持ちと身体がチグハグで辛かった。早く終わってほしいと、そればかり思っていた。
小さく首を振る私に、彼は「そうでしょ」と、呟く。
「本当に愛する人にはね、丁寧に触れたいものだよ。触れて、感じ合って高まっていく行為に意味があるんだ。表情を見たり、会話をすることに意味がある。相手を欲望の捌け口としてしかみてないなら、それは愛じゃない」
「それじゃあ、あれは恋人同士がお互いを高め合うわけではない……?」
「違う」
はっきり言いきって首を振るアデルの険しい表情に、不安がよぎった。
あの香水を勧めてくれた友人は、婚約者に教えてもらったと言っていたけれど、大丈夫だろうか。
アデルはそんな私の気持ちを宥めるように、優しい手つきで髪を梳く。
「俺の手も、唇も、視線も。あなたの感じるところをすべて覚えてるんだ。どこに触れたら気持ちよくて、なにが苦手で、なにをしたら恥ずかしがるか。俺しか知らないあなたのことを、大切に愛したい。薬で強制的に高められて、なにをしても快感に呑まれるなんて、そんなのはあなたのためじゃない」
「――だからあなたは、いつまでも、その……」
「入れなかった」
彼はそこで少し困ったように眉尻を下げた。
「達することで楽になるなら、そうした方があなたのためだと思ったんだ。でも、かえって時間がかかってしまって、辛い思いをさせてしまった」
ごめんね、と謝られて困惑する。
アデルは私のために考えてくれたのだ。私が早く楽になれるよう、最善を尽くそうとしてくれた。
「――あなたは私のことが大好きね」
彼は今度こそ大きく目を見開いた。
「そうだよ、ずっと伝えてるのに!」
「き、聞いていたけれど……!」
なんだかどこまで本気なのか、よく分かっていなかったのだ。
「わ、私、なんだか自分勝手だったわ……」
会えないときも、せっかく会えたときも、思ったようにいかないからと一人で勝手に腹を立てて素直じゃなかった。
「それは、嫉妬してくれたこととか?」
「そっ、それも、だし……」
「俺はあなたの言葉が聞けて嬉しかったよ。でも、不安にさせてしまってごめん」
「謝ってばかりはやめて」
アデルはなにも悪くないのに。
「ふふ、でもね、申し訳ないって思いながら、俺と結婚したいって聞けてすごく嬉しいとも思ってるんだ」
おかしそうに笑った彼は、ちゅっと鼻先にくちづけを落とした。
「あ、あれはだって! なんて言うか、もう、あなたといられないかもって」
「でも、あなたは俺を呪い殺してくれるんでしょう? そうしたらまた一緒にいられるから」
「~~っ」
(私ったら、なんてバカなことを言ったのかしら!)
恥ずかしくて両手で顔を覆うと、アデルは身体を揺らして笑いながら背中をゆったりと撫でた。
(――あぁ、やっぱりこうした触れ合いの方が気持ちいいわ)
彼の優しさや気遣いが分かる。お互いの感情や表情が分かる。
「あなたに呪い殺されるなら本望だよ。でも、安心して。もしあなたが先に死んでしまうようなことがあったら、俺はすぐに後を追うから」
その言葉にパッと顔を見上げる。
一緒に横たわって私を見つめるその表情は、決してふざけてなどいない。
「それはダメよ!」
「え、どうして」
「あなたが絶望して命を絶つところなんて見たくないもの」
「ええ? じゃあ、そのときだけちょっと席を外してもらうとか」
「いやよ、あなたから目を離せるはずがないわ」
「うう~ん、難しいなぁ」
アデルは笑いながらぎゅうっと私を抱きしめた。
「それじゃあ、なんとしてもあなたには長生きしてもらわないとダメだね」
「そうね。あなたもよ」
「うん」
クスクスとおかしそうに笑う彼を見上げる。
「なんだか楽しそうね」
「ん? そうだよ、だってずっとあなたとこうしたかったんだから。はぁ……、早く結婚したい。一緒に暮らして、あなたと毎日笑い合いたい。きっと素晴らしい日々になるよ」
「――そうね」
そっと彼の頬に手を添えれば、不思議そうな表情の彼が私を見下ろした。
「カタリーナ、今日はいつもより素直?」
「そ、それはきっと薬のせいよ!」
(それはちょっと自覚しているわ! だってそうしようと思ったから……!)
いつもより素直なんて、言わないでほしい。
そんなことを言われては、また悔しくて言うのをやめてしまいたくなるから!
「自白剤でも調合されてるのかなぁ」
「それはちょっと失礼な言い方ね!?」
「あはは!」
彼は本当に楽しそうに声を上げて笑った。
好きな人が声を上げて笑うのを聞くことが、こんなにも満たされることだったなんて気が付かなかった。
(ああ……、幸せだわ)
一緒にいることの幸せに、心が小さく震える。
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