5 / 25
5
しおりを挟む事件後、隊長から休養を言い渡され私は自宅謹慎となった。
「隊長、一人でずっと寮にいるなんてしんどすぎます。せめて騎士団に来るだけでも駄目ですか?」
隊長室で通知を受け取り執務机に座る隊長に申し出ると、思いっきり顔を顰めた隊長が呆れた声を出した。
「お前な、それじゃ罰則の意味がないだろう」
「まあ、それはそうですね」
「反省しろ、ゾーイ。お前が後輩の手本にならずどうするんだ」
「申し訳ありません」
「今はとにかく怪我を治せ。話はそれからだ」
「……はい」
隊長室を後にして、騎士団の廊下を歩く。何人かとすれ違い軽く挨拶を交わして、ふと廊下の窓から鍛錬場に視線を向けた。
レンナルトが他の隊員と訓練をしている姿が見える。
打ち合いをしていたのだろう、手には模造剣を持ち
、時折笑い声がこちらまで届く。楽しそうに話しているレンナルトと隊員たちの姿が、自分とは全く関係ない世界に見えた。いつもなら、私もあそこにいるはずなのに。
(……騎士を辞める、か)
これまで、騎士以外の人生なんて考えたことがなかった。騎士になるためだけにここまで駆け抜けたのだ。これ以外に何ができるのかなんて分からない。
けれど今、私の気持ちとは関係なく二つの道が示されている。私は今、それを選ばなければならない。
ふと、レンナルトがこちらを見ているような気がした。動きを止め、じっとこちらを見つめているようなその姿に、なぜか責められているような気がして、声を掛けることなく足早にその場を去った。
*
「ゾーイ、アンタに手紙が来てるよ」
「ありがとう」
寮に戻ると寮母から何通か手紙を受け取ると、実家の母からの手紙が含まれていた。部屋に戻り中身を確認して、大きなため息が漏れる。
実家には今回の件は伝えていない。わざわざ心配させるようなことを言う必要がないし、騎士という仕事柄、いちいちそんなことをしていてはきりがない。そこは家族も理解しているので問題はないのだけれど。
「にしても、すごいタイミングね」
思わず笑い声が漏れ、もう一度手紙に視線を落とす。
『お見合い相手の方は王都の人だから、時間を作って一度会ってみて』
そう書かれた手紙には、相手にも連絡済みだとある。
「いつまでも返事をしないから先手を打ったわね」
母のやりそうなことだと思わず一人、ごちる。
(結婚か……)
自分が大人しく家庭に入るなんて考えられない。夫を立てる? 支える? 私にそんなことを求められても無理だろうし、相手も困惑するだけだ。
(ちゃんと会わないと失礼だよね)
どうせ時間はある。断るなら相手と話をしてからでも遅くないかも。
こんなこと、もし騎士団で普通に勤務していたら思いもしなかっただろう。時間の無駄とばかり、実家に適当に連絡をして手紙ひとつで断ればいいだけだ。
けれど今、このタイミングなのだ。私の人生の何かが変わるかもしれないこのタイミングで名前が挙がる人物。
踏ん切りがつかなくて勝手にこの出来事に意味を見出して、会う口実を作ろうとしているだけのことなのかもしれないけれど。
「取り合えず、動き回ってもいいようになってから会うことにしようかな……」
手紙には相手の名前と住所も記されている。私は便箋を取り出し、手紙を送ることにした。
*
休養に入り一週間ほど経った頃、やっと身体を少しずつ動かしてもいいと医師の許可が下りた。ただし、現場復帰はまだ駄目だと言われている。
それならと、寮の敷地内でランニングするのを日課にしていた。
「ゾーイ、来客よ」
「来客?」
ランニングから戻ると寮母に玄関前で呼び止められた。
不思議に思いながら、どうせ騎士団の誰かだろうと汗だくのまま来客者のいるラウンジへ向かうと、ソファに座っている見覚えのない男性が一人。プラチナブロンドが日の光に煌めいている。
男性は私の姿を見るとパッと立ち上がった。
「ゾーイ・バーンズさん?」
「はい、貴方は……?」
「あ、失礼しました、ヨルク・アルホフです」
「……え、あっ!?」
「はじめまして」
ヨルクと名乗った男性は、優しげに薄水色の瞳を細め目尻を下げて微笑んだ。
「は、はじめまして……!」
お見合い相手、と言われ私が先日手紙を送った相手、ヨルク・アルホフ。やや細身の彼はそっと小さな花束を私に差し出し、小さく笑った。
「突然の訪問、申し訳ありません」
「い、いいえ……」
「これを。お好きかは分からないのですが」
「私に? ……ありがとう、かわいいわ」
(こんな格好なのに……!)
花束なんてもらうのはいつ以来だろう。何だか恥ずかしい。この格好も恥ずかしい。
「ご丁寧なお手紙をありがとうございました。あの、お怪我をしたと書かれていたので、ご迷惑かと思ったのですがお見舞いにと思いまして」
「ありがとう。もう怪我はなんともないんです。ただ、外でお会いするにはひどい顔なので」
「そんなことはありません! お元気そうでよかった」
「……ありがとう」
ふふふ、と笑い合っていると、急に背後に視線を感じ振り返れば、寮母や同僚たちがこちらをソワソワと見ている。
(ななな、何してんのよ!)
絶対に後で色々聞かれるやつだわ!
「そ、外を少し歩きませんか!?」
キラキラした目でこちらを見る彼女たちに背を向けて、私は慌ててヨルクを散歩に連れ出した。
145
あなたにおすすめの小説
カラダからはじめる溺愛結婚~婚約破棄されたら極上スパダリに捕まりました~
結祈みのり
恋愛
結婚間近の婚約者から、突然婚約破棄された二十八歳の美弦。略奪女には生き方を全否定されるし、会社ではあることないこと噂されるしで、女としての自尊心はボロボロ。自棄になった美弦は、酔った勢いで会ったばかりの男性と結婚の約束をしてしまう。ところが翌朝、彼が自社の御曹司・御影恭平と気がついて!? 一気に青くなる美弦だけれど、これは利害の一致による契約と説明されて結婚を了承する。しかし「俺は紙切れ上だけの結婚をするつもりはないよ」と、溺れるほどの優しさと淫らな雄の激しさで、彼は美弦の心と体を甘く満たしていき――。紳士な肉食スパダリに愛され尽くす、極甘新婚生活!
【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~
双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。
なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。
※小説家になろうでも掲載中。
※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。
不器用騎士様は記憶喪失の婚約者を逃がさない
かべうち右近
恋愛
「あなたみたいな人と、婚約したくなかった……!」
婚約者ヴィルヘルミーナにそう言われたルドガー。しかし、ツンツンなヴィルヘルミーナはそれからすぐに事故で記憶を失い、それまでとは打って変わって素直な可愛らしい令嬢に生まれ変わっていたーー。
もともとルドガーとヴィルヘルミーナは、顔を合わせればたびたび口喧嘩をする幼馴染同士だった。
ずっと好きな女などいないと思い込んでいたルドガーは、女性に人気で付き合いも広い。そんな彼は、悪友に指摘されて、ヴィルヘルミーナが好きなのだとやっと気付いた。
想いに気づいたとたんに、何の幸運か、親の意向によりとんとん拍子にヴィルヘルミーナとルドガーの婚約がまとまったものの、女たらしのルドガーに対してヴィルヘルミーナはツンツンだったのだ。
記憶を失ったヴィルヘルミーナには悪いが、今度こそ彼女を口説き落して円満結婚を目指し、ルドガーは彼女にアプローチを始める。しかし、元女誑しの不器用騎士は息を吸うようにステップをすっ飛ばしたアプローチばかりしてしまい…?
不器用騎士×元ツンデレ・今素直令嬢のラブコメです。
12/11追記
書籍版の配信に伴い、WEB連載版は取り下げております。
たくさんお読みいただきありがとうございました!
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる