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しおりを挟む手を繋いだまま、私たちは先日も訪れた店にやってきた。美しく着飾った人ばかりの場所に騎士の隊服のままの私たちはやや目立っていたけれど、個室に入ってしまえば気にならない。
メニューを見ながらいくつか注文し、ワイングラスで乾杯をした。
「五人相手は疲れたな」
「でも、さすがだったわよ」
「それはゾーイにそのまま返すよ」
ふはっと笑いながら白ワインを傾けるレンナルトは、夜の照明に照らされて金髪を美しく輝かせる。
「私はだめ。あれしかできないもの」
「十分動けてた」
その言葉にふるふると首を振る。
「持続できないの。あれ以上時間がかかってたら駄目だった」
「……そうか」
そう言って黙るレンナルトは、私の言葉を持っているのだろう。
私は手元のグラスに視線を落とし、そこに映る自分を見つめながら口を開いた。
「隊長に、返事をしてきたわ」
「……打診の?」
「そう、指導者の件。……引き受けることにした」
「だろうな。ゾーイに鍛えられたあの四人、かなり動けるようになってたから」
レンナルトは笑いながらグラスを煽り、空にする。
「……アイツは?」
「アイツ?」
レンナルトはウェイターが置いていったボトルで自らグラスにワインを注ぐ。はちみつ色の液体がゆらりと揺れた。
「あの、ひょろっとした奴」
「ひょろっとって。ヨルクさんのことね」
「結婚申し込まれたの?」
「……お断りした」
「そうか」
もう一度「そうか」と言って、レンナルトはじっと自分のグラスを見つめる。
「打診されたのはどこの施設?」
「……東部の、訓練施設」
「遠いな」
「来月には引っ越すわ。引き継ぎもあるし、引っ越し先も早く向こうで探さなくちゃいけないし、だから」
「ゾーイ」
レンナルトがぎゅっとテーブルの上の私の手を握る。
「返事が欲しい」
強く握るその手が熱い。
伝えなきゃ。ちゃんと伝えて。
レンナルトと一緒にいられないって。仕事で滅多に会えなくなるって。言わなくちゃ――
「……離れ離れになる、し」
「そうだな」
「レンは隊長になって、忙しくなるし」
「ああ」
「時間を合わせるのも大変だし」
「会いにいくよ」
「レ、ンナルトは人気あるから、きっときれいな女性がたくさん近付いてくる」
「興味ない」
「自分の子どもだって、難しいかも」
「それは、俺との結婚を考えてくれてるってこと?」
「そ、れは」
「ん?」
長い指が、私の手の甲をすりすりと撫でる。レンナルトの甘い声に声が震える。
「……私、この仕事が好きなの」
「知ってる。俺は、そんなゾーイが好きだ」
レンナルトの言葉にじわりと視界が揺れた。
「……わ、私なんかと結婚しても、きっと仕事を優先するわよ」
「わかってる」
「家のことだって大してしないかも」
「そんなの、一緒にしたらいいだろ」
自覚してしまうと、もう駄目だった。
まともにレンナルトの顔を見ることができない。
「俺のことが好きだろ?」
レンナルトの宥めるような甘い声に、視界を覆っていた膜がぽたりとテーブルクロスに落ちた。
一度落ちてしまうと、とめどなくポタポタと白いクロスに丸いシミを作っていく。
本当は離れたくない。
私たちはずっと一緒にいると、信じて疑わなかった。
けれどお互い年齢を重ね、立場も変わり、それぞれ責任ある仕事に就かなくてはならなくなった。それは素晴らしいことであり、喜ばしいことでもある。
この関係を改めて俯瞰してみて、やはり続けられないのだ。このままではいられない。
「ゾーイ」
レンナルトは私の手を持ち上げ、そっと指先に口付けをした。その美しく伏せられた顔をじっと見つめる。
「俺はゾーイの帰る場所でありたい。ゾーイがこれからも好きなことをして、ちゃんと俺のもとに戻ってきてくれたらそれでいい」
するりと長い指が私の指を絡め取る。
「それに、二人でいればゾーイが心配してることなんて大した問題じゃないだろ」
ぎゅうっと胸が締め付けられる。
いつだって私たちは二人で乗り越えてきた。戦場でも互いを信用し信頼し、命を預けてきた。レンナルトと一緒なら、何ひとつ臆することなく乗り越えられたのだ。
「……不安になる」
「俺のこと?」
「離れるの、初めて、だし」
「信用してないな」
「してる。……でも」
言葉がうまく続かず黙ると、レンナルトはふはっと声を上げて笑った。
「俺がどれだけゾーイを好きか、全然わかってないな」
「そ、んなこと」
「他になんて興味も関心もない。俺の全てはゾーイに向いてるんだよ」
「よ、よくそんな恥ずかしげもなく……」
「本当のことだ。まあ、俺も心配してることはあるけど」
「え?」
「ゾーイに群がる男たちだ。離れてたら威嚇できないだろ」
「わ、私は……」
「気にしてるのはそれだけ?」
レンナルトは立ち上がり私の横に来ると、跪いて私を見上げた。その顔には、期待と不安とが入り交じる。じっと私を見上げるその顔を見つめ、レンナルトの髪を撫でた。少しくせ毛の、柔らかい金色の髪。
こうすることも、できなくなる。
そう思うと、もっと早くこの気持ちに名前をつけて伝えればよかったと、後悔が押し寄せて、苦しくて仕方ない。
「……わたし、私ね」
「うん」
手の甲で涙を拭う。拭っても拭っても、涙が溢れて止まらない。
レンナルトは黙って私の言葉を待つ。
「い……、一緒に、いられないことが……、辛い、わ」
喉の奥から絞り出すように本音を零すと、レンナルトが大きな手のひらで私の後頭部を掴み、下から噛みつくような口付けをした。
「……んんっ」
椅子からずり落ち、レンナルトに覆い被さるように肩に手を乗せると、レンナルトは私の腰に腕を回しぎゅうっと強く抱き締めた。
強くしがみつきレンナルトの唇に噛みつく。激しく唇を食み合い、分厚い舌がぬるりと顎や唇を舐め、その舌に吸い付き擦り合わせた。
私の隊服を握り締めるように強く掴み、これ以上ないほど身体を強く合わせ、貪るように互いの唇を合わせる。
どちらともなく息苦しさに唇を離すと、銀色の糸が互いを結ぶ。
「……わかってる」
はあっと熱い息を吐いてレンナルトが強い瞳で私の顔を覗き込んだ。大きな掌が私の顔を挟むように包み込み、親指で頬を濡らす涙を拭った。
「俺も、ずっと一緒にいたいよ、ゾーイ」
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