10 / 40
アレク1
しおりを挟む「……ちっ」
口に出したつもりはなかった。
だが、このところの忙しさで自己抑制がうまくできていないらしい。僕もまだまだ未熟だということに、また苛立ちが募る。紙の上で飛び散ったインクに今の自分の集中力のなさを感じた。
耳聡く聞きつけた同室のライアンが、横になっていたベッドの上から好奇心を隠しもせずこちらを見た。
「なんだ、どうしたアレク。なんかあったか? もしかして舌打ちしたのか?」
「やめろ声を弾ませるな」
「だって面白いじゃないか!」
本を読んでいたのではないのか。
小さな舌打ちにそんなにも喜んで飛びついてくるなんて、集中できていない証拠だ。
「誰よりも優秀で人格者でいつも微笑みを絶やさない麗しの貴公子アレク・フォン・フューリッヒが、舌打ちをしたんだぞ! 騎士学園の寮の一室で!」
「……自分で言っていて、おかしなことを言っていると思わないのか?」
はあ、とため息をついて日誌を閉じ、ライアンに視線を向ける。
上級学年に上がってから同室になった彼は、辺境伯家次男で、家督を継いだ兄の補佐をすべく騎士を目指している人物だ。貴族だが言葉遣いはざっくりとしており、本人曰く土地柄だと言うが違う。一度お会いした兄上は所作の美しい方だった。
「ご令嬢方の間でそう言われてるじゃないか」
「やめてくれ、本当に」
「ははっ!」
貴族として振る舞っているだけだ。それがなぜ物語の主人公のように言われるのかわからない。勝手に人物像が一人歩きしている。
「でもまあ、本当のお前を知ったらご令嬢方はもっと喜びそうだけどなあ」
「たまに口が悪いのはライアンのせいだよ」
「違う違う、そこじゃねえよ」
彼はベッドから身体を起こすとポイッと手にしていた本を放り投げ、机の椅子を引っ張りだし僕の横に腰掛けた。
「で? 婚約者殿となんかあったのか」
「……なぜ」
「なぜって、お前の関心事は婚約者殿だけだから」
「……」
「三年前の立太子祝賀会でも大荒れで大変だったじゃないか。婚約者殿が王都に来ているのに、屋敷に泊まっているのに会えないって喚いて」
「喚いてない」
「んで、警護担当の騎士隊に頼み込んで遠くから姿だけ見てたよな」
「……ちゃんと任務は遂行した」
「日頃の行いがいいから許されたんだろ。遠くから覗いて喜んでるお前見てさ、さすがの俺もかわいそうだなって思ったよ、なんか」
憐憫の眼差しを向けるライアンを見て舌打ちしそうになるのをぐうっと堪えると、「顔怖すぎ」とゲラゲラと笑われる。指で眉間を揉むと、確かにずいぶん力が入っている。
「なんだよ、婚約者殿ともうすぐ会えるんだろ? 早めに来てお前んとこの屋敷に滞在するからって、あれこれ手配してたじゃないか。なんか問題でもあったか?」
「いや、問題なく屋敷に到着した」
「じゃあ何だよ」
ライアンの言う通り、僕は今回ユフィールを領地から呼び寄せるためにあらゆる手配をしてきた。
長い道のりを快適に過ごせるよう、新しい技術を駆使した馬車を手配し、道中の安全のために専属の護衛騎士と道すがら通過する各領地の有力者へ警護依頼と通行の許可、野宿などにならないよう計画的に運行予定を組み必ず警備のしっかりした宿に宿泊してもらった。
領地にいるご両親にも手紙を出し心配しないよう伝え、ユフィールが到着したと聞いてすぐに彼女の無事をご両親に伝えた。
そして。
「……返事が来ないんだ」
「返事?」
ユフィールの到着に合わせ、僕は初めて彼女に高価な贈り物をした。
日々のやり取りの中で、僕は彼女がいかに物を大切にし、本や芸術を好み、季節の移ろいを感じ花を愛で、日々を慎ましく暮らしているか知っている。それは爵位や身分などは関係なく、彼女がそういうものに心を惹かれる人だからだ。
だから僕はこれまで、贈り物は彼女の身近なものに留めるようにしてきた。
華美な装飾品ではなく、彼女の好みそうな本。レースのハンカチや美しい透かしの入ったしおり、万年筆やなめし革の柔らかな手袋、肌に優しいウールのストール。
彼女はとても喜んでくれたし、そんな彼女からお礼の手紙を受け取るのがとても嬉しかった。
だが、今回は来ないのだ。彼女からの手紙が。
「まさか、あのドレスの返事か?」
「……そう」
「確認だけどさ、婚約者殿はいつ到着したんだ?」
「三日前」
「ほーん……」
「……なんだよ」
「いやまあ、とっくに目にしてる頃だよな」
「ああ」
ユフィールが領地にいるのならまだしも、同じ王都に滞在し手紙を出せばその日のうちに届く距離だ。だと言うのになんの返事もなく、僕はひどく気落ちしていた。大人げないのはわかっているのだが、どうしてもうまく感情を抑えられない。
ライアンは頭の後ろで腕を組むと「ふうん」とまた一人でわかったような反応をする。
「手紙は?」
「出してる」
「ほーん……」
「だから何だよ」
ライアンの意味深な相槌にイライラする。「まあまあ」と彼はポン、と僕の肩に手を置いた。なんだかそれが無性に腹立たしい。やはり、言わなければよかった。
「整理すると、婚約者殿にドレスと手紙を出したがいつものように返事がなくイラついていると」
「今の整理する必要あったか?」
「なんなら道中からでも手紙が欲しかったのになかったから、完全に婚約者殿手紙欠乏症状が出ていると、そういうことだな」
肩に乗せられた手を苛立ち紛れに払いのけようとすると、ライアンは素早く手を引っ込めた。そのニヤニヤした顔が腹立たしい。
「それは、お前の心が狭すぎ」
「は?」
「いやいやいや、だって到着したの三日前だろ? 疲れてるかもしんねぇじゃん。どうせすぐ会えるんだし、それくらい待てよ」
「わかってる」
「ホントかよ」
わかってる。わかってはいるんだ。
僕の両親のことだ、ユフィールが来るからと張り切っているに違いないし、逆に不器用な接し方しかできずユフィールを困らせているかもしれない。
妹のサーシャだって義理とは言え姉ができるのを楽しみにしていたのに、近頃はなんだか反抗的だ。どうもあまり感じのよくない令嬢方と交流があるらしい。
だが心配事はそれだけではない。
(……やり過ぎただろうか)
ユフィールはドレスの持つ意味に気が付いただろうか。
一緒に送った装飾品に、戸惑っただろうか。
僕の送った手紙を読んで、どう思っただろうか。
(でも僕は、やっと成人する。いつまでもお行儀のいい弟のような存在では駄目なんだ)
『――約束ですよ』
七年前のあの約束を、僕はやっと果たすことができる。そのために準備をしてきたんだから。
「……今夜、つけている護衛騎士に報告させる」
「なんつうか、すげぇ執着なのなぁ」
「なんとでも言え」
「いや、呆れてんじゃなくて羨ましいと思ってさ」
その言葉に視線をライアンに向けると、彼は机に肘をつき僕をじっと観察していた。その表情は意外にも真剣だ。
「一度しか会ったことのない七歳も上の婚約者に、どうしてそんなに一途でいられるんだろうなって思ってさ」
「僕の婚約者に興味を持つなよ」
「いや、いろんな意味で興味あるけど」
「駄目だ」
「だから心狭すぎだって」
今度こそライアンは呆れた声を出した。
「そういう一途さが令嬢方にバレたら、もっと喜ばれんだぞ」
「ライアン、何を言っているのか理解できないんだけど」
「一途通り越して執着だけどな。執着のほうがモテるのかな」
「勝手に言ってろ」
時計を確認し、立ち上がる。
ライアンはそんな僕にひらりと手を振って、また自分のベッドで横になり本を眺めだした。
他人になんと言われようと僕には関係ない。
僕の世界は、ユフィールを中心に回っているのだ。
僕は寮の一室を出て、騎士を呼び寄せた夜のラウンジへと向かった。
104
あなたにおすすめの小説
冷徹と噂の辺境伯令嬢ですが、幼なじみ騎士の溺愛が重すぎます
藤原遊
恋愛
冷徹と噂される辺境伯令嬢リシェル。
彼女の隣には、幼い頃から護衛として仕えてきた幼なじみの騎士カイがいた。
直系の“身代わり”として鍛えられたはずの彼は、誰よりも彼女を想い、ただ一途に追い続けてきた。
だが政略婚約、旧婚約者の再来、そして魔物の大規模侵攻――。
責務と愛情、嫉妬と罪悪感が交錯する中で、二人の絆は試される。
「縛られるんじゃない。俺が望んでここにいることを選んでいるんだ」
これは、冷徹と呼ばれた令嬢と、影と呼ばれた騎士が、互いを選び抜く物語。
優しすぎる王太子に妃は現れない
七宮叶歌
恋愛
『優しすぎる王太子』リュシアンは国民から慕われる一方、貴族からは優柔不断と見られていた。
没落しかけた伯爵家の令嬢エレナは、家を救うため王太子妃選定会に挑み、彼の心を射止めようと決意する。
だが、選定会の裏には思わぬ陰謀が渦巻いていた。翻弄されながらも、エレナは自分の想いを貫けるのか。
国が繁栄する時、青い鳥が現れる――そんな伝承のあるフェラデル国で、優しすぎる王太子と没落令嬢の行く末を、青い鳥は見守っている。
新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました
ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」
政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。
妻カレンの反応は——
「それ、契約不履行ですよね?」
「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」
泣き落としは通じない。
そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。
逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。
これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
目覚めたら魔法の国で、令嬢の中の人でした
エス
恋愛
転生JK×イケメン公爵様の異世界スローラブ
女子高生・高野みつきは、ある日突然、異世界のお嬢様シャルロットになっていた。
過保護すぎる伯爵パパに泣かれ、無愛想なイケメン公爵レオンといきなりお見合いさせられ……あれよあれよとレオンの婚約者に。
公爵家のクセ強ファミリーに囲まれて、能天気王太子リオに振り回されながらも、みつきは少しずつ異世界での居場所を見つけていく。
けれど心の奥では、「本当にシャルロットとして生きていいのか」と悩む日々。そんな彼女の夢に現れた“本物のシャルロット”が、みつきに大切なメッセージを託す──。
これは、異世界でシャルロットとして生きることを託された1人の少女の、葛藤と成長の物語。
イケメン公爵様とのラブも……気づけばちゃんと育ってます(たぶん)
※他サイトに投稿していたものを、改稿しています。
※他サイトにも投稿しています。
転生公爵令嬢は2度目の人生を穏やかに送りたい〰️なぜか宿敵王子に溺愛されています〰️
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リリーはクラフト王子殿下が好きだったが
クラフト王子殿下には聖女マリナが寄り添っていた
そして殿下にリリーは殺される?
転生して2度目の人生ではクラフト王子殿下に関わらないようにするが
何故か関わってしまいその上溺愛されてしまう
冷徹侯爵の契約妻ですが、ざまぁの準備はできています
鍛高譚
恋愛
政略結婚――それは逃れられぬ宿命。
伯爵令嬢ルシアーナは、冷徹と名高いクロウフォード侯爵ヴィクトルのもとへ“白い結婚”として嫁ぐことになる。
愛のない契約、形式だけの夫婦生活。
それで十分だと、彼女は思っていた。
しかし、侯爵家には裏社会〈黒狼〉との因縁という深い闇が潜んでいた。
襲撃、脅迫、謀略――次々と迫る危機の中で、
ルシアーナは自分がただの“飾り”で終わることを拒む。
「この結婚をわたしの“負け”で終わらせませんわ」
財務の才と冷静な洞察を武器に、彼女は黒狼との攻防に踏み込み、
やがて侯爵をも驚かせる一手を放つ。
契約から始まった関係は、いつしか互いの未来を揺るがすものへ――。
白い結婚の裏で繰り広げられる、
“ざまぁ”と逆転のラブストーリー、いま開幕。
「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)
透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。
有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。
「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」
そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて――
しかも、彼との“政略結婚”が目前!?
婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。
“報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる