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二日目 夜の舞踏会と余所行きの笑顔2
しおりを挟む「凄く上手なのね」
ホールに二人で降り、向かい合い音楽に合わせステップを踏む。
当然だけれどさすが伯爵家の子息、とても踊りやすい。
「アメリアもとてもお上手です。ドレスの裾が美しく広がって皆の目を惹きつけていますよ」
(それは私じゃなくてマリウスに向けられている気もするけれど)
円形状になったホールを二階から見下ろしている人々の視線が痛い。
(どうかドレスを見てくれていますように!)
マリウスのリードはとても踊りやすく、しっかりと身体を支えてくれて安定している。
時々見上げる彼の顔は、やはり紳士然としていて、あのふにゃりとした柔らかな笑顔とは違う。
(これは余所行きってことかしら)
伯爵子息としての顔のマリウス。
三男として自分の足で生きていくと決め、きっと彼なりに苦労を重ねてきたのだろう。
(こんな風にお世話になってばかりで、私にも何か返せるものがあればいいんだけど)
とは言え、田舎の男爵領の職業婦人を謳う女が、伯爵家子息に返せるものなど何もない。人脈も伝手も財力だって、彼の方が遥かに上を行くのだ。
(せめて心を尽くしてくれた彼に対して、私も何か礼を尽くしたいわ)
「考え事ですか?」
ふと頭上から優しく声がかけられて慌てて顔を上げると、思ったより近くにマリウスの顔がある。
私を見下ろす湖の瞳が知らない男の人のようで、思わず身体を離そうと仰け反っても、マリウスの手ががっちりと腰を支えていてそれ以上身動きが取れない。
「あ、ええと、あなたは本当に食べることが好きなのねって」
「僕ですか? 好きですよ、一日の楽しみでもありますから」
嬉しそうにふにゃりと笑うマリウスの笑顔に、なぜかほっとする。
「私も好きなんだけれど、淑女はそんなに人前で食べたりしないんですって」
「こんなに素晴らしい料理が並んでいるのに、手を出さない女性がほとんどですよね。勿体ないな」
「私もそう思うわ! もっと自由に生きたらいいのに。ドレスも振舞いも、最低限のマナーを守って自分らしくあればいいのよ」
「アメリアらしいです」
「ふふっ、お陰で嫁き遅れの職業婦人だけど、私はちっとも後悔してないの」
身体が離れてくるりとマリウスの腕の中で回る。手を引かれ彼の胸の中に戻ると、見上げるマリウスは柔らかな表情で私を見つめる。
「アメリアはそのままで十分魅力的です」
いつもより少し低い声でそう囁かれたその言葉に、どきりと心臓が跳ねた。
「あ、ありがとう」
(やだわ、ちょっとドキッとしちゃったじゃない)
音楽が終わり、向かい合って礼をする。
マリウスにエスコートされてダンスホールから外れると、すぐにご夫人を伴ったご夫婦やマリウスの友人たちから声を掛けられた。
若いカップルに熟年のご夫婦まで、私からは話しかけることが出来ない高位貴族が多い。
そんな彼らにマリウスが私を紹介してくれて、ドレスや領地の話で盛り上がることが出来た。
*
「はあ~、疲れたわ……」
その後もマリウスともう一曲踊り、ドレスを見た女性たちや興味を持った人々と更に話をした。
お陰でとてもいい印象を持ってくれたし、また詳しく話を聞きたいと、後日会う約束をしてくれた人もいる。
ひと段落して少し休憩をしようと、会場の中庭にいくつも設置された天蓋付きの休憩スペースにやって来た。周囲を布で柔らかく区切られたそこは風を防ぎ、外だというのにそれほど寒くない。
ちらほら利用している人々がいて、遠くから流れてくる楽団の音楽と人々の囁き声が心地いい。
食事を持ってくると言い残して会場へ戻ったマリウスを待ちながら、踊りで火照った身体を冷ます。
(それにしても今日は、ちょっとドキドキしちゃったわ……)
マリウスが最初の印象よりずいぶん大人びているように感じた。時々見せるふにゃりとした笑顔ではない、大人の表情のマリウスにどうしてもドキッとしてしまうのだ。
(とは言っても年下に変わりないけれど)
彼と踊りたそうにしているご令嬢も多かったし、何なら声を掛けてくるご令嬢もいた。
けれど彼はそれら全てを断っていた。「今日は大切な友人をエスコートをする役割があるので」と。
マーロウのようにふにゃりとした彼の笑顔がかわいいと感じていたからか、急に増えた弟が大人になってしまった気分だ。
あの金髪を間違ってわしゃわしゃしなくてよかった。
ああでも、やっぱり手が寂しい。思いっきりマーロウのつやつやした毛をわしゃわしゃしたい。
わしゃわしゃして思いっきり抱きしめて、その温かい体温を感じて匂いを嗅ぎたい。
「……マーロウに会いたい……」
「アメリア」
突然布越しに声を掛けられて肩が跳ねた。
「驚いたわ! マリウス、ありがとう」
両手にお皿やらグラスやら、どうやっているのかたくさん持ったマリウスが立ち竦んでいた。
手がふさがり身動きが取れないらしい。
慌てて彼の手からいくつか皿を受け取ると、テーブルに置く。彼も持ってきたワインをテーブルに並べた。
「魚介類は平気ですか?」
「大好物よ。まあ、貝のワイン蒸しもあるのね!」
「ワインは白にしました。僕はお酒が苦手なので、グラスはひとつ」
「そうなのね。でも嬉しいわ、一緒に食べましょう」
次々とテーブルにお皿を並べて、まるでレストランのよう。本当にどうやって持ってきたのかしら。
「今日はありがとうマリウス、貴方のお陰でとてもいい方たちとお話が出来たわ」
「光栄です」
「それに、これもとっても美味しいわ!」
「これもどうですか?」
「んんっ! 美味しい!」
「よかった! 美味しそうに食べてくれて嬉しいです」
そう言うマリウスも、美味しそうにオードブルを口に運んでは、嬉しそうにもぐもぐと咀嚼している。
「明日は何かご予定はありますか?」
一通りお皿の上のオードブルを堪能した頃、お代りのワインをグラスに注ぎながら、マリウスが尋ねて来た。
「いいえ。明日は自分のために時間を使おうかと思って」
「美術館ですか?」
「ええ。貴方が教えてくれたギャラリーや王都を歩いてみるのも楽しそうかなと思って」
「美術館の近くに有名なレストランがありますよ」
「まあ! いいわね、そういうお店にも行きたいわ」
「では、お昼前にお迎えに上がりますね」
「え?」
思わずグラスからマリウスの顔に視線を移す。
向かいに座るマリウスはにっこりと余所行きの笑顔で私に笑いかけ、果実水を口元に運んだ。
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