まじないし

つらつらつらら

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4・蠱惑

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 下半身が白濁にまみれている。その中で一匹の黒いむしがちょこまかと動き回っていた。少年はときどき腰をビクビクと震わせて余韻にひたっている。
 ナエは黒い蟲をピンセットでつまんで、透明な丸い容器に閉じ込めた。それから白い粘液を指にからませてまじまじと見つめる。

「やっぱり。卵が混じっているね。まだ身体の中にも残っていると思う」
「先生、続けますか」

 助手の青年がシールゥのぐったりした身体を支えながら先生にたずねた。ナエはうなずいて少年の吐精したものをスプーンのようなものですくい取り別の容器に収めた。

「とりあえず今日は出せるだけ出してしまおう。シールゥ君にはあと二、三回がんばってもらわないと。ああ、学生は体力があっていいねえ」

 もう全部出ました。そう言いたい。口かられ出たのは小さな吐息だけだった。シールゥはうつろな目で自分のお尻に挿入はいったままの蟲を見つめていた。身体が慣れてしまったようで、もぞもぞ動く蟲の脚の感触も心地好いとさえ思う。これがTaroと仲良くなる、ということだろうか。

 ナエが再びシールゥの身体に手を伸ばす。白濁に濡れた蟲の背をでた。ゆるやかなコブをなぞり、最後に蟲のお尻の部分を軽く押してやる。

「!? ……ぁ、が……っ」

 Taroは「前進」を始めた。少年の胎内のさらに奥へもぐろうとする。再び異物感が蘇ってきて、シールゥは身をよじった。それも無駄な努力になる。背中から抱きかかえてくれている青年が「ケッチョウ」ということばをつかっていたが、シールゥにはなんのことだかさっぱりりかいできなかった。



 身体の奥から白い蟲をズルズルと引き抜かれる感覚は言葉で説明ができない。夢に出てきそうだ。
 ナエにヒョイとつまみ上げられたTaroは邪魔をしないでくれと抗議するようにくねくねと身を踊らせた。狭い穴を通るための潤滑剤になっていた白い液体が跳ねる。ナエはひと仕事終えた蟲を丁寧に箱へ戻した。中でカサコソ音がする。

 青年に後始末をしてもらっている間も、シールゥはなかなか正気が戻ってこなかった。震える手で学生ズボンを引っ張る。ナエは机に向かって何か書き物をしていた。その横に丸い容器が二つ。中に入っているのは少年の身体の中で孵化ふかした黒い蟲と、近いうちに生まれるだろう白い卵。

「シールゥ君。今日ですべての卵を取り除いたという保証はできない。また身体に異変が起きたらいつでも来てほしい」

 ナエは親切に言ってくれはしたが、慈悲は無い。どんな方法であっても、味わうのは薄められた苦痛という点は同じなのだ。自業自得なので仕方ないといえばそうなのだが。最初に提案された、細長い蟲を尿道に挿れるという選択肢がぼんやり思い浮かんだ。こちらの方が早く処置できるのだろうか。たずねてみる勇気はなかった。

 しばらく横になって休んだあと、ようやく人の心が戻ってきたので、シールゥはナエとその助手にお礼を言った。今は下腹部に違和感はない。実験室のような部屋は紫色の薄闇に包まれようとしている。夕食までには家に帰れそうだった。

「貴重なデータを提供してくれたのだからお代はいらないとも。どうしてもというなら、彼に珈琲でもおごってやってくれないか」

 ナエはふふと微笑んで助手の方を見る。ここぞとばかりに青年は高級なブランド名を口にした。聞いたことがない名前だったのでシールゥが首をかしげていると、ナエは軽く叱るように青年の脇腹を小突く。

「診察室」から退出して受付カウンターの方へ戻るとき、青年はシールゥの歩調に合わせてゆっくり付き添ってくれた。たぶんいい人なのだ。細かいところに気をつかってくれる。
 シールゥが青年と別れる前にカバンから財布を出そうとしたときも、片手を上げてやめさせた。後輩からお金はとらないとかなんとか。

「もし友達が蟲で遊んでたら、ぜひうちを紹介してほしい。先生の研究に協力してくれる人は歓迎するよ」

 そう言われて、シールゥははいとうなずいた。
 青年は最後ににやりと笑う。

「もし君の身体に卵が残ってたら、そいつを育てて蟲マスターになるっていうのも有りだな」
「無いです……」
「そうかな。Taroは君の身体がなかなか気に入ったみたいだよ。あそこまで奥に挿入ることはあまりないんだ。もしかしたら、恋人とするよりエクスタシーが凄いかもしれないぜ」

 まじない師の店を出て、少年は帰路についた。
 暗くなっていく空を見上げながら、シールゥは青年に言われたことを思い出す。HanakoはTaroより大きな蟲であると。とぼとぼ歩きながら少年は色々と、悶々もんもんと考えていた。


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