【完結】ディープキス

コハラ

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6話

缶詰4日目 台風【6】

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 緊急事態って言葉に驚いて、すぐに森山君の部屋に駆け付けた。
 インターホンを押すけど、出ない。

「森山君、春川です!大丈夫?」

 ドアも叩いてみたけど返事がない。

 何があったの?まさか部屋の中で倒れてるとか?
 スマホを握りしめ、森山君に電話した。

「あ、春川さん」

 森山君がすぐに出た。

「今、部屋の前にいるけど大丈夫?緊急事態ってどうしたの?」
「部屋まで来てくれたんですか。実は今、外に出てまして」

 森山君がホテルの近くにある居酒屋の名前を口にした。

「わかった。そこに行けばいいのね」
「はい。すみませんがよろしくお願いします」

 急いでホテルを出た。
 森山君が指定した居酒屋はホテルとは反対側の通り沿いにあった。
 急ぎ足で5分。赤提灯が並ぶ和風の佇まいの店に到着。格子戸の前に立つと自動で戸は開いた。

「いらっしゃいませ!」

 威勢のいい声で出迎えられ、辛子色の作務衣姿の女性店員が出て来た。

「えーと、あの」

 何て言おうか戸惑っていると、店員さんが「待ち合わせですか?」と聞いてくれた。

「はい。そうです」
「こちらです」

 店員さんに案内されたのは奥のテーブル席だった。
 ビールジョッキを掲げている森山君の姿があった。

「春川、待ってたぞ」

 森山君の隣に座ってる人物を見てびっくりした。

「夏目さん……」

 なんで夏目さんがいるの?

 夏目さんの姿に動揺する。私、変な格好してないよね。オフィスでも着てるこの秋に買った柿色のカットソーにカーキ色のズボンだし、大丈夫だよね。

「春川、突っ立ってないで座れ」

 おろおろしていると夏目さんに促され、二人と対面する位置に腰を下ろした。
 水色のTシャツ姿の森山君とグレーのベストに白いワイシャツ姿の夏目さんが並んで座っているのが奇妙だった。

 一体これはどういう状況なの?
 まさか森山君が夏目さんを呼び出したんじゃ……。

「葵さん、来てくれたんですか!良かった」

 森山君が嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
 いきなり葵さんって呼ばれて戸惑う。
 なんか普段より陽気に見えるし。
 
 テーブルの上には空のビールジョッキが3個と、徳利が2本あった。
 一体、何時から飲んでるの?
 私が森山君の部屋を出てからまだ二時間しか経っていない。
 まさか、その後すぐに飲みに出たんだろうか。

「森山君、緊急事態って何?」
「それは、夏目社長がいらっしゃってる、この状況ですよ。ねえー、社長」

 森山君がワイシャツ越しの夏目さんの肩をポンポンと叩いた。
 まるで友達の肩を叩くみたいに気安い。
 いつもの森山君だったら夏目さんにそんな事は絶対にしない。
 
 森山君、かなり酔ってるのかな。

 夏目さんを見るとビールを飲んでいた。夏目さんの前にはそれしかグラスがない。森山君とお酒の量が違い過ぎる。もしかして来たばかり?

「春川、そんな怖い顔するな」

 夏目さんがクスクスと控えめな声で笑った。

「怖い顔なんかしてませんよ。驚いてるんです。なんで夏目さんがいるんですか?」
「この間、森山君を食事に連れて行けなかったからその埋め合わせをしてる所だよ」
「夏目さんから誘ったんですか?」
「誘おうと思って電話したら居酒屋で飲んでるって言われてな。俺は15分前に来た所だよ」

 15分前といえば森山君からメッセージが送られて来たのもそれぐらい前だった。夏目さんが来てから私に連絡したんだ。

 もしかして、私と夏目さんを会わせる為とか?

 森山君を見ると、眼鏡越しの据わった目と合った。

「夏目さんが来るまで一人で飲んでたの?」
「いけないんですか。仕事終わりに酒ぐらい飲んだっていいでしょ」

 乱暴にビールジョッキを置いた森山君に睨まれる。
 なんか機嫌が悪そう。

「いけないとは言ってないよ。ただ緊急事態って聞いたから心配してたのよ」
「緊急事態ですよ。俺、今日、失恋したんですから。慰めて下さい」
「えっ」
「ずーっとこんな調子なんだよ。春川、大目に見てやれよ」

 夏目さんが苦笑を浮かべた。

「社長ー、俺、失恋したんですよー」
「それは辛いな。聞いてやるぞ」

 よしよしと言って夏目さんが森山君の頭を撫でた。
 妙な光景にちょっと笑ってしまう。

 でも、森山君の失恋相手って私?

「聞いて下さい。社長。俺の好きな人は……」

 森山君がそう言って私を見た。

 待って、森山君。その話はまずいよ……。
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