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7話
缶詰5日目 揺れる気持ち【4】
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「えっ」
驚いたような声がした。それから森山君が立ちあがって、私の前に立って、抱きしめてくれた。
目の前に森山君の水色のワイシャツがあって、甘い柔軟剤の香りと混ざった森山君の匂いがする。
きっとホテルで洗濯してもらったワイシャツだ。私も洗濯してもらったから、今着ている灰色のワンピースは同じ匂いがしてる。
些細な共通点が妙に安心する。
背中に控えめに触れる腕も安心感をくれる。私はずっと森山君にこうしてもらいたかったのかもしれない。
夏目さんを好きでいながら、そんな事を思う事に戸惑う。
居たたまれなくなって離れようとしたら、森山君の腕に力が入った。
「もう少しだけこのままで」
お願いするように言われた声は掠れてて、普段の森山君の声と違って男の人の声って感じがする。不安気で色気があって、ドキドキする声。森山君が魅力的過ぎて胸がいっぱいになる。
「全く脈なしだと思ってました。俺なんて眼中にないんだって、いじけてたんですから」
抱きしめながら森山君が言った。
いじけてたって言葉が可愛い。しっかり者の森山君が今は年下の男の子に見える。
「葵さんの気持ちが聞けて幸せです」
「夏目さんも好きなんだよ。それでもいいの?」
「いいですよ」
「どうしていいって言えるの?」
「俺を少しでも好きでいてくれるから」
大きな許しのような言葉に胸が熱くなって、また涙がこぼれた。
ポロポロと涙が流れてくる。
また恋愛ドラマみたいな事やってる。まだ朝の十時半なのに。
「これじゃあ全然、仕事にならない」
泣きながら言うと、森山君が笑った。
「俺もです。今日はサボりますか」
「駄目よ。締め切りがあるんだから」
森山君がクスクスと笑って、「やっぱり葵さんは仕事熱心だ」と、感心するような、呆れるような態度で口にした。
その言葉が甘く感じる。だけどその甘さに浸ってる事に罪悪感を覚える。
だって私は森山君一人を好きだって言えないから。夏目さんも好きだから。
「葵さん、また眉間にシワ出来てる」
森山君が笑って、ツンって私の眉間を人差し指で突いた。ゆるく力のかかった人差し指から大切に扱ってくれている事を感じて、やっぱり申し訳なくなる。
森山君にそんなに優しくしてもらう資格、私にはない。
夏目さんも、森山君も好きって、完全に二股だ。私は真人と同じ事をしている。二股をする人間は最低だって思った。絶対に許せないと思った。そう思ったのに、今私が森山君にしている事は……。
森山君の腕から離れて、立ち上がった。
それから距離を取るように窓のそばに立ち、森山君に背を向けた。
「森山君、ごめん。今言った事、取り消させて」
酷い事を言ってるのはわかってる。
だから森山君の顔を見て言えなかった。
後ろで深く落胆するような吐息が聞えた。
「もう俺の事嫌いになったんですか?」
悲し気な声が背中にかかる。
傷つけるような事は言いたくないのに、何やってるんだろう。二股みたいな事はしたくないって、強い倫理観に縛られて上手く言えない。
「そうじゃないの。なんか、こういうの許せなくて」
「こういうのとは?」
さっきよりも冷静な声が背中に響いた。
「夏目さんも森山君も好きって事。二股してるみたいでしょ?二人同時に好きになるなんて私の中では許せない事なの」
「二股にはなりませんよ」
「どうして?」
「どっちとも恋人ではないですから」
確かにそう。夏目さんにただ片思いをしているだけだ。ありえないけど、夏目さんと恋人になっていたら、きっと今私は迷ってない。森山君の気持ちを聞いて揺れる事はなかっただろう。好きになる事もきっとない。
短く息をついた。
一体私何様なの?森山君に対してなんて失礼な事を思ってるんだろう。私の事を好きでいてくれる人に対して、上から目線の自分が嫌だ。
「葵さん、また眉間に皺が出来てますよ」
重たい空気を取り去るように森山君が明るい調子で言った。
「背中向けてるのにわかるの?」
「窓に映ってますから」
「えっ」
顔を上げて、窓ガラスを見ると、森山君がすぐ後ろで微笑んだのが見えた。
テーブルの側にいると思ったのに、いつの間にか森山君との距離が縮まっていた。
微かに感じるシトラスのコロンに胸が掴まれる。
夏目さんを好きなのに、森山君の気配に心が揺れる。
「葵さん」
優しい声で呼ばれた。
「自分を追い詰めないで。俺に対して酷いとも思わないで下さい。俺は夏目さんを好きでも、俺の事を好きって言ってもらえて嬉しいんです。待ってますから」
最後の言葉が力強く聞こえた。
振り向くと真剣な眼差しがあった。
「待つって、何を?」
「言ったでしょ?好きになってくれるのを待つって」
自信たっぷりの笑顔を森山君が浮かべる。その笑顔が眩しい。揺るぎない気持ちを感じる。それだけ強く私を想ってくれてるの?そう思ったら鼓動が早くなった。森山君、カッコ良すぎる。
「葵さんはどんどん俺の事を好きになりますよ。夏目さんなんか忘れるぐらいに」
森山君が眼鏡を取った。
イケメン過ぎる素顔で見つめられ、頬が熱くなる。これで森山君の事を好きにならない女性は多分いない。森山君が魅力的過ぎて困る。
驚いたような声がした。それから森山君が立ちあがって、私の前に立って、抱きしめてくれた。
目の前に森山君の水色のワイシャツがあって、甘い柔軟剤の香りと混ざった森山君の匂いがする。
きっとホテルで洗濯してもらったワイシャツだ。私も洗濯してもらったから、今着ている灰色のワンピースは同じ匂いがしてる。
些細な共通点が妙に安心する。
背中に控えめに触れる腕も安心感をくれる。私はずっと森山君にこうしてもらいたかったのかもしれない。
夏目さんを好きでいながら、そんな事を思う事に戸惑う。
居たたまれなくなって離れようとしたら、森山君の腕に力が入った。
「もう少しだけこのままで」
お願いするように言われた声は掠れてて、普段の森山君の声と違って男の人の声って感じがする。不安気で色気があって、ドキドキする声。森山君が魅力的過ぎて胸がいっぱいになる。
「全く脈なしだと思ってました。俺なんて眼中にないんだって、いじけてたんですから」
抱きしめながら森山君が言った。
いじけてたって言葉が可愛い。しっかり者の森山君が今は年下の男の子に見える。
「葵さんの気持ちが聞けて幸せです」
「夏目さんも好きなんだよ。それでもいいの?」
「いいですよ」
「どうしていいって言えるの?」
「俺を少しでも好きでいてくれるから」
大きな許しのような言葉に胸が熱くなって、また涙がこぼれた。
ポロポロと涙が流れてくる。
また恋愛ドラマみたいな事やってる。まだ朝の十時半なのに。
「これじゃあ全然、仕事にならない」
泣きながら言うと、森山君が笑った。
「俺もです。今日はサボりますか」
「駄目よ。締め切りがあるんだから」
森山君がクスクスと笑って、「やっぱり葵さんは仕事熱心だ」と、感心するような、呆れるような態度で口にした。
その言葉が甘く感じる。だけどその甘さに浸ってる事に罪悪感を覚える。
だって私は森山君一人を好きだって言えないから。夏目さんも好きだから。
「葵さん、また眉間にシワ出来てる」
森山君が笑って、ツンって私の眉間を人差し指で突いた。ゆるく力のかかった人差し指から大切に扱ってくれている事を感じて、やっぱり申し訳なくなる。
森山君にそんなに優しくしてもらう資格、私にはない。
夏目さんも、森山君も好きって、完全に二股だ。私は真人と同じ事をしている。二股をする人間は最低だって思った。絶対に許せないと思った。そう思ったのに、今私が森山君にしている事は……。
森山君の腕から離れて、立ち上がった。
それから距離を取るように窓のそばに立ち、森山君に背を向けた。
「森山君、ごめん。今言った事、取り消させて」
酷い事を言ってるのはわかってる。
だから森山君の顔を見て言えなかった。
後ろで深く落胆するような吐息が聞えた。
「もう俺の事嫌いになったんですか?」
悲し気な声が背中にかかる。
傷つけるような事は言いたくないのに、何やってるんだろう。二股みたいな事はしたくないって、強い倫理観に縛られて上手く言えない。
「そうじゃないの。なんか、こういうの許せなくて」
「こういうのとは?」
さっきよりも冷静な声が背中に響いた。
「夏目さんも森山君も好きって事。二股してるみたいでしょ?二人同時に好きになるなんて私の中では許せない事なの」
「二股にはなりませんよ」
「どうして?」
「どっちとも恋人ではないですから」
確かにそう。夏目さんにただ片思いをしているだけだ。ありえないけど、夏目さんと恋人になっていたら、きっと今私は迷ってない。森山君の気持ちを聞いて揺れる事はなかっただろう。好きになる事もきっとない。
短く息をついた。
一体私何様なの?森山君に対してなんて失礼な事を思ってるんだろう。私の事を好きでいてくれる人に対して、上から目線の自分が嫌だ。
「葵さん、また眉間に皺が出来てますよ」
重たい空気を取り去るように森山君が明るい調子で言った。
「背中向けてるのにわかるの?」
「窓に映ってますから」
「えっ」
顔を上げて、窓ガラスを見ると、森山君がすぐ後ろで微笑んだのが見えた。
テーブルの側にいると思ったのに、いつの間にか森山君との距離が縮まっていた。
微かに感じるシトラスのコロンに胸が掴まれる。
夏目さんを好きなのに、森山君の気配に心が揺れる。
「葵さん」
優しい声で呼ばれた。
「自分を追い詰めないで。俺に対して酷いとも思わないで下さい。俺は夏目さんを好きでも、俺の事を好きって言ってもらえて嬉しいんです。待ってますから」
最後の言葉が力強く聞こえた。
振り向くと真剣な眼差しがあった。
「待つって、何を?」
「言ったでしょ?好きになってくれるのを待つって」
自信たっぷりの笑顔を森山君が浮かべる。その笑顔が眩しい。揺るぎない気持ちを感じる。それだけ強く私を想ってくれてるの?そう思ったら鼓動が早くなった。森山君、カッコ良すぎる。
「葵さんはどんどん俺の事を好きになりますよ。夏目さんなんか忘れるぐらいに」
森山君が眼鏡を取った。
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