【完結】ディープキス

コハラ

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10話

札幌の夜【3】

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 イライラした気持ちのままカフェを出て、ロータリーまで出ると夜空に細々とした白い物が舞ってるのが見えた。

「雪だ」

 森山君の声が驚いたように響いた。
 雨じゃなくて、確かに雪だ。まだ十月なのに。

「初雪らしいよ」

 誰かがそんな事を言っていたのを思い出した。

「初雪なんですか」

 さっきよりも弾んだ声が返ってくる。
 ちらりと右隣を見上げると、口元をほころばせて雪空を見上げる横顔があった。

 カフェにいた時は口元をつよく結んだ厳しい顔だった。
 今はなんて無防備な顔してるんだろう。

 ズルいな。そんな顔されたらこれ以上、怒れないじゃない。

「寒くないですか?」

 こっちを見た目がやっぱり優しい。
 いつもの森山君だ。

 ヤバい。ほっとして泣きそう。
 泣いちゃダメ。今は弱い所見せたくないんだから。
 
「寒いでしょ。葵さん」

 森山君が着てたグレーの上着を脱いで肩にかけてくれた。
 森山君の体温が残ってて温かい。シトラスの香りもして、なんか森山君に抱きしめられてるみたい。

 もうっ、こんな時に優しくしないでよ。
 気持ちがどんどん緩むじゃない。
 
「葵さん?」

 さらに心配そうに見つめられた。
 ダメだって、そんな優しい顔しちゃ。
 私、私……。

「泣いてるんですか?」

 否定するように首を振ったのと同時に森山君の顔が歪んで見えた。
 目の奥からぬるま湯のような涙がどんどん溢れてくる。
 
「目にゴミが入っただけ。何でもないんだから、何でも……」

 顔を背けて、必死で取り繕うけど、止まらない。

「何でも……ない」

 そう言いながらも流れ続ける涙。
 もう、本当、勘弁して欲しい。どうして泣いてるの、私。
 泣き顔なんか見せたくないのに。

「困った人だ」

 呆れたような言葉とため息が聞こえた。
 森山君にしたらいきなり泣かれて確かに困った状況だ。しかも人通りの多い駅前でなんて。
 どんな目で通りすがりの人たちは私たちを見てるんだろう。

 私、迷惑かけてる。
 涙が止まらないなら、一人になるしかない。

「また明日話しましょう。お疲れ」

 スーツケースを掴んで、タクシースタンドの方に行こうとした時、いきなり強く腕を引っ張られ、抱きしめられた。

「好きな女性が泣いてたら抱きしめたくなるじゃないですか」

 そう言って森山君が微笑んだ。

「みんなが見てる」

 森山君から離れようとしたら、私の背中に回った両腕に力が入って、さらに強く抱きしめられた。
 自然と森山君の肩に顔を埋めるような態勢になった。

 頬に触れるセーターからコーヒーの香りと混ざった森山君の匂いがする。
 物凄くほっとする。いつからこの匂いに安心するようになったんだろう。

「人に見られたって俺はいいですよ」

 ポンポンと私の後頭部を撫でながら森山君が言った。
 その触れ方が優しくて胸がキュンとする。

「葵さんの事が好きですから」

 頬が熱い。当たり前の事のようにさらっと言うから。
 好きだなんて言われなれてない。

 それにこんな駅前の人通りの多い所で、堂々と言えちゃう森山君がなんかカッコイイ。

「何ですか?」

 森山君の顔を見上げると、目が合う。
 気まずくてすぐに視線を下げた。

「私は恥ずかしい。人前でこういうのは」
「こういうのとは?」
「だから、あの……抱きしめられたり、とか」
「二時間前に改札前でした事も恥ずかしかったんですか?」

 忘れてた。改札前で会った時も今と同じように抱きしめられたんだった。
 あの時は恥ずかしさを感じる余裕がなかった。森山君に会えた事が奇跡みたいだったから。

「葵さん、顔が赤いですよ。どうしたんですか?」

 からかうように森山君が笑った。
 どうして赤くなってるかわかってるくせに。もうっ、いじわる。

「いじめないで」

 クスクスと楽し気な笑い声が頭の上でする。ますます顔が熱い。でも、嫌じゃない。こうして森山君と一緒にいるのは。

「泣き止みましたね」

 森山君がほっとしたようにこっちを見下ろした。

「泣いてないもん」
「意地っ張りだな。葵さんは」

 クスッと笑って、森山君の顔が近づいた。そして耳に直接語り掛けるように言われた。 

「葵さん、二人だけになれる所に行きましょうか」
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