28 / 61
4話
友人という立場<5>
しおりを挟む
「あ、ごめんなさい。私、また失礼なことを。あの、恋愛感情とかじゃなくて、人としてという意味で」
顔中を真っ赤にした希美が恥ずかしそうに下を向く。
恋愛感情とは別の好きでも、希美が僕に好感を持ってくれているのは嬉しい。
「ありがとうございます。僕も倉田さんのことが人として好きですよ」
それぐらいは今の僕に許される好きだと思った。
今は希美の友人として側にいられるだけでありがたい。
「ところで、倉田さんは凪で働いて長いんですか?」
希美が南房総にいる理由を知りたくて質問した。
「いえ、働き出したのが五月からだから、まだ二ヶ月くらいで。凪で一番新人なんです。年下の青山君にいつも注意されて」
希美が苦笑を浮かべる。
「全然そうは見えませんでした。どういう切っ掛けでこちらに?」
「まあ、いろいろありまして」
頬杖をついた希美が目を細め、カウンターの方に視線を向ける。その横顔がこれ以上は聞かないでと言っているようだった。
希美が口にしたいろいろの中に僕のことも含まれている気がした。
「立ち入ったことを聞いてすみません。次、何にしましょうか?」
沈んだ場の空気を切り替えたくて、希美に聞いた。
「次は梅酒にしようかな」
「いいですね。じゃあ僕も」
希美と梅酒ソーダ割りを飲みながら、当たり障りのない会話をして、午後八時頃、店を出た。
*
居酒屋を出た後は、海岸沿いの道を希美と歩いた。波の音を立てる夜の海は不気味な程、真っ暗で、都会では考えられないくらい辺りは暗い。街灯はあるが、とても女性を一人で歩かせられるような道ではなかった。
本当は車で希美を送りたかったが、酒が入っているので、車は野島崎灯台近くの駐車場に置いて来た。
「タクシー通りませんね」
歩きながら希美が言った。
歩いていればタクシーの一台くらい通ると思っていたが、ここは千葉県の最南端。そう簡単にタクシーが掴まる場所じゃない。
「ホテルの周辺まで行けば掴まりそうですけどね」
近くにはリゾートホテルが何件かあった。
「私は徒歩で帰れない距離じゃないんで、タクシーじゃなくても大丈夫ですけど、佐藤さんは遠いですか?」
「ここから徒歩三十分くらいの場所に住んでいるので歩きでも大丈夫ですよ」
「あ、私も同じくらいの距離です」
ニコッと希美が微笑んだのが、街灯の薄暗い明かりの下に見えた。
「あのコンビニから徒歩十分くらいの所に住んでます」
あのコンビニと言われて首を傾げる。
「ほら、前に一度コンビニの前で会ったじゃないですか。私、鍵を探していて、佐藤さんが見つけてくれて」
希美と最寄りのコンビニで遭遇したことを思い出した。
「ああ。あのコンビニですね。僕の家も十分くらいですよ」
「じゃあ、最寄りのコンビニが同じですか?」
「はい。よく行きますよ」
希美が嬉しそうな表情を浮かべる。
「私も。夜遅く開いているお店がコンビニしかないから」
「ですよね。この辺のスーパー夜八時閉店だから」
「そうなんですよ。気を抜くとすぐ閉店時間で。私、東京の江戸川区に住んでいたんですけど、近くに24時間営業のスーパーがあったんで、スーパーは何時でも空いているって感覚だったんです」
同じ場所に住んでいたので、その感覚はすごくわかる。今思うと便利な所で暮らしていた。
「僕も前に住んでいた所は24時間営業のスーパーがありましたから、わかりますよ」
「どちらに住んでいたんですか?」
希美が興味深そうな目を向けてくる。
「えど……小金井市です」
同じ江戸川区に住んでいたと言いそうになり、慌てて実家がある地名を口にした。
「あー東京の小金井市ですか」
「はい」
「小金井公園に行ったことありますよ」
希美の言葉を聞いてハッとする。
もしかして、僕と一緒に行ったのではないだろうか?
顔中を真っ赤にした希美が恥ずかしそうに下を向く。
恋愛感情とは別の好きでも、希美が僕に好感を持ってくれているのは嬉しい。
「ありがとうございます。僕も倉田さんのことが人として好きですよ」
それぐらいは今の僕に許される好きだと思った。
今は希美の友人として側にいられるだけでありがたい。
「ところで、倉田さんは凪で働いて長いんですか?」
希美が南房総にいる理由を知りたくて質問した。
「いえ、働き出したのが五月からだから、まだ二ヶ月くらいで。凪で一番新人なんです。年下の青山君にいつも注意されて」
希美が苦笑を浮かべる。
「全然そうは見えませんでした。どういう切っ掛けでこちらに?」
「まあ、いろいろありまして」
頬杖をついた希美が目を細め、カウンターの方に視線を向ける。その横顔がこれ以上は聞かないでと言っているようだった。
希美が口にしたいろいろの中に僕のことも含まれている気がした。
「立ち入ったことを聞いてすみません。次、何にしましょうか?」
沈んだ場の空気を切り替えたくて、希美に聞いた。
「次は梅酒にしようかな」
「いいですね。じゃあ僕も」
希美と梅酒ソーダ割りを飲みながら、当たり障りのない会話をして、午後八時頃、店を出た。
*
居酒屋を出た後は、海岸沿いの道を希美と歩いた。波の音を立てる夜の海は不気味な程、真っ暗で、都会では考えられないくらい辺りは暗い。街灯はあるが、とても女性を一人で歩かせられるような道ではなかった。
本当は車で希美を送りたかったが、酒が入っているので、車は野島崎灯台近くの駐車場に置いて来た。
「タクシー通りませんね」
歩きながら希美が言った。
歩いていればタクシーの一台くらい通ると思っていたが、ここは千葉県の最南端。そう簡単にタクシーが掴まる場所じゃない。
「ホテルの周辺まで行けば掴まりそうですけどね」
近くにはリゾートホテルが何件かあった。
「私は徒歩で帰れない距離じゃないんで、タクシーじゃなくても大丈夫ですけど、佐藤さんは遠いですか?」
「ここから徒歩三十分くらいの場所に住んでいるので歩きでも大丈夫ですよ」
「あ、私も同じくらいの距離です」
ニコッと希美が微笑んだのが、街灯の薄暗い明かりの下に見えた。
「あのコンビニから徒歩十分くらいの所に住んでます」
あのコンビニと言われて首を傾げる。
「ほら、前に一度コンビニの前で会ったじゃないですか。私、鍵を探していて、佐藤さんが見つけてくれて」
希美と最寄りのコンビニで遭遇したことを思い出した。
「ああ。あのコンビニですね。僕の家も十分くらいですよ」
「じゃあ、最寄りのコンビニが同じですか?」
「はい。よく行きますよ」
希美が嬉しそうな表情を浮かべる。
「私も。夜遅く開いているお店がコンビニしかないから」
「ですよね。この辺のスーパー夜八時閉店だから」
「そうなんですよ。気を抜くとすぐ閉店時間で。私、東京の江戸川区に住んでいたんですけど、近くに24時間営業のスーパーがあったんで、スーパーは何時でも空いているって感覚だったんです」
同じ場所に住んでいたので、その感覚はすごくわかる。今思うと便利な所で暮らしていた。
「僕も前に住んでいた所は24時間営業のスーパーがありましたから、わかりますよ」
「どちらに住んでいたんですか?」
希美が興味深そうな目を向けてくる。
「えど……小金井市です」
同じ江戸川区に住んでいたと言いそうになり、慌てて実家がある地名を口にした。
「あー東京の小金井市ですか」
「はい」
「小金井公園に行ったことありますよ」
希美の言葉を聞いてハッとする。
もしかして、僕と一緒に行ったのではないだろうか?
0
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
愛のかたち
凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。
ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は……
情けない男の不器用な愛。
自信家CEOは花嫁を略奪する
朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」
そのはずだったのに、
そう言ったはずなのに――
私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。
それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ?
だったら、なぜ?
お願いだからもうかまわないで――
松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。
だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。
璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。
そしてその期間が来てしまった。
半年後、親が決めた相手と結婚する。
退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――
俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛
ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎
潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。
大学卒業後、海外に留学した。
過去の恋愛にトラウマを抱えていた。
そんな時、気になる女性社員と巡り会う。
八神あやか
村藤コーポレーション社員の四十歳。
過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。
恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。
そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に......
八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
君の声を、もう一度
たまごころ
恋愛
東京で働く高瀬悠真は、ある春の日、出張先の海辺の町でかつての恋人・宮川結衣と再会する。
だが結衣は、悠真のことを覚えていなかった。
五年前の事故で過去の記憶を失った彼女と、再び「初めまして」から始まる関係。
忘れられた恋を、もう一度育てていく――そんな男女の再生の物語。
静かでまっすぐな愛が胸を打つ、記憶と時間の恋愛ドラマ。
溺愛のフリから2年後は。
橘しづき
恋愛
岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。
そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。
でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?
Blue Moon 〜小さな夜の奇跡〜
葉月 まい
恋愛
ーー私はあの夜、一生分の恋をしたーー
あなたとの思い出さえあれば、この先も生きていける。
見ると幸せになれるという
珍しい月 ブルームーン。
月の光に照らされた、たったひと晩の
それは奇跡みたいな恋だった。
‧₊˚✧ 登場人物 ✩˚。⋆
藤原 小夜(23歳) …楽器店勤務、夜はバーのピアニスト
来栖 想(26歳) …新進気鋭のシンガーソングライター
想のファンにケガをさせられた小夜は、
責任を感じた想にバーでのピアノ演奏の代役を頼む。
それは数年に一度の、ブルームーンの夜だった。
ひと晩だけの思い出のはずだったが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる