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6話
夫の本心が知りたい<9>――Side希美――
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「涼くんというのは夫の名前です。感情的になって思わず口走りました。私を冷たく突き放す佐藤さんが夫と重なって見えて」
彼が真剣な表情のまま私を見つめる。
震えそうになる指先をぎゅっと握りしめた。
「ご主人の顔は本当にまだ思い出せていないんですか?」
「ええ、全く。それ以外のことは少し思い出せたんですけど……」
「そうですか」
彼が短く息をつく。
今ので誤魔化せただろうか?
緊張しながら彼を見ると、彼も私に視線を向けた。
「不安にさせてすみません。ただ僕はあなたとは今の距離のままでいたいと思って」
「それって、友達としてってことですか?」
彼が頷いた。
「やはり僕たちは結婚しているし」
私が結婚しているのはあなたなのに……。
私のことを好きで、キスまでしておいて、どうして本当のことを言ってくれないんだろう。
一体彼は何を抱えているの?
「わかりました。友達でいましょう。その代わり、希美って呼んで下さい」
名前で呼ばれた方が彼との距離が縮まる気がした。
距離が縮まれば彼の本心を聞けるかもしれない。
「……希美」
静かに彼が私の名を呼ぶ。
すごく自然で、言い慣れている感じがするのは私たちが夫婦だからだ。
やっぱり私は彼と七年一緒に暮らしていたんだ。今すごく実感した。
「もう一度お願いします」
「希美」
今度はさっきよりもハッキリとした声で呼んでくれた。
記憶が蘇る。
――希美。
――涼くん。
私たちはそんな風に呼び合っていた。
ケンカしている時も、甘く抱き合っている時も……。
彼に沢山希美って呼ばれた。
彼の優しい声で呼ばれるのが好きだった。
そう思ったら何だか……。
「希美」
黙ったままでいたら、彼が心配するように私の顔をのぞき込む。
彼の顔が涙で歪んで見えた。
「ごめん、僕また何か希美を泣かせるような嫌な事を言いましたか?」
そうじゃないことを伝えるために首を左右に振った。
泣いたのは彼を愛していたことを思い出したから。
私すごく、すごく、涼くんが好きだった。
「あなたに希美って呼ばれたのが嬉しくて。私、泣き虫ですね」
人差し指で涙を拭い、立ち上がった。
これ以上、彼と一緒にいたら本当のことを言ってしまいそうで怖い。
今日は帰った方がいい。
「そろそろ帰りましょう」
彼が頷く。
「じゃあ、マンションまで送ります」
「ありがとうございます」
断わるのも不自然な気がして彼の申し出を受け入れた。
彼も立ち上がり、一緒に岩場を下りて、駐車場まで歩く。
その時、公園内のベンチに座る藤原さんの奥さんを見かけた。
「藤原さん!」
奥さんの側で立ち止まって、声を掛けると、驚いたように藤原さんがこちらを向く。
「あの、私、『凪』で働いている倉田です」
藤原さんはご主人と一緒に月に一度凪にランチを食べに来る仲良し夫婦で、今月も予約を入れて下さっている。
「ああ、凪の店員さん、いつもお世話になっております」
ベンチから立ち上がり、奥さんは深く頭を下げた。
「いえ、こちらこそ、ご利用いただきありがとうございます。今月もご主人様とご来店されるのを楽しみにお待ちしております」
藤原さんの目が潤んで、「ごめんなさいね」と言って、奥様は持っていたハンカチで涙を拭った。
「どうされました?」
「もう、お店に行けなくなっちゃって。予約取り消していただける?」
思いがけない申し出に戸惑う。
「藤原さん、まさか、ご主人が……」
彼が藤原さんに言った。
藤原さんと彼が知り合いだとは思っていなかったから、さらに驚いた。
「主人は今日の午前中に……亡くなりました」
衝撃的な事実に心が大きく揺れた。
彼が真剣な表情のまま私を見つめる。
震えそうになる指先をぎゅっと握りしめた。
「ご主人の顔は本当にまだ思い出せていないんですか?」
「ええ、全く。それ以外のことは少し思い出せたんですけど……」
「そうですか」
彼が短く息をつく。
今ので誤魔化せただろうか?
緊張しながら彼を見ると、彼も私に視線を向けた。
「不安にさせてすみません。ただ僕はあなたとは今の距離のままでいたいと思って」
「それって、友達としてってことですか?」
彼が頷いた。
「やはり僕たちは結婚しているし」
私が結婚しているのはあなたなのに……。
私のことを好きで、キスまでしておいて、どうして本当のことを言ってくれないんだろう。
一体彼は何を抱えているの?
「わかりました。友達でいましょう。その代わり、希美って呼んで下さい」
名前で呼ばれた方が彼との距離が縮まる気がした。
距離が縮まれば彼の本心を聞けるかもしれない。
「……希美」
静かに彼が私の名を呼ぶ。
すごく自然で、言い慣れている感じがするのは私たちが夫婦だからだ。
やっぱり私は彼と七年一緒に暮らしていたんだ。今すごく実感した。
「もう一度お願いします」
「希美」
今度はさっきよりもハッキリとした声で呼んでくれた。
記憶が蘇る。
――希美。
――涼くん。
私たちはそんな風に呼び合っていた。
ケンカしている時も、甘く抱き合っている時も……。
彼に沢山希美って呼ばれた。
彼の優しい声で呼ばれるのが好きだった。
そう思ったら何だか……。
「希美」
黙ったままでいたら、彼が心配するように私の顔をのぞき込む。
彼の顔が涙で歪んで見えた。
「ごめん、僕また何か希美を泣かせるような嫌な事を言いましたか?」
そうじゃないことを伝えるために首を左右に振った。
泣いたのは彼を愛していたことを思い出したから。
私すごく、すごく、涼くんが好きだった。
「あなたに希美って呼ばれたのが嬉しくて。私、泣き虫ですね」
人差し指で涙を拭い、立ち上がった。
これ以上、彼と一緒にいたら本当のことを言ってしまいそうで怖い。
今日は帰った方がいい。
「そろそろ帰りましょう」
彼が頷く。
「じゃあ、マンションまで送ります」
「ありがとうございます」
断わるのも不自然な気がして彼の申し出を受け入れた。
彼も立ち上がり、一緒に岩場を下りて、駐車場まで歩く。
その時、公園内のベンチに座る藤原さんの奥さんを見かけた。
「藤原さん!」
奥さんの側で立ち止まって、声を掛けると、驚いたように藤原さんがこちらを向く。
「あの、私、『凪』で働いている倉田です」
藤原さんはご主人と一緒に月に一度凪にランチを食べに来る仲良し夫婦で、今月も予約を入れて下さっている。
「ああ、凪の店員さん、いつもお世話になっております」
ベンチから立ち上がり、奥さんは深く頭を下げた。
「いえ、こちらこそ、ご利用いただきありがとうございます。今月もご主人様とご来店されるのを楽しみにお待ちしております」
藤原さんの目が潤んで、「ごめんなさいね」と言って、奥様は持っていたハンカチで涙を拭った。
「どうされました?」
「もう、お店に行けなくなっちゃって。予約取り消していただける?」
思いがけない申し出に戸惑う。
「藤原さん、まさか、ご主人が……」
彼が藤原さんに言った。
藤原さんと彼が知り合いだとは思っていなかったから、さらに驚いた。
「主人は今日の午前中に……亡くなりました」
衝撃的な事実に心が大きく揺れた。
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