雨宮課長に甘えたい

コハラ

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番外編

《21》

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「さては俺の愚痴で盛り上がったんだな」

もじもじとしていたら、そう言って雨宮課長が笑う。

「そんな事……」と言って顔を向けると、眼鏡の奥の二重の凛々しい目と合って、心臓がぎゅうって縮まり、「ありません」と続けた声がびっくりするぐらい小さくなった。

雨宮課長を直視できない。だけど、雨宮課長の気配も感じていたい。どうしてこんな矛盾した事を思っているのだろう? 
はあっと息をつくと、「奈々ちゃん」と優しく呼びかけられ、背筋をピンと伸ばす。
「はい」
「取って食いはしないよ。そんなに警戒しないで」

クスッと笑った声が優しく響いて、また胸がドキンとする。心臓がなんかおかしい。壊れちゃったみたいに敏感だ。

「すみません。あの、自分でも、どうしてこんなに雨宮課長にドキドキしているのかわからなくて、その、挙動不審でごめんなさい」

小さく頭を下げる。
沈黙が流れた。
何か変な事を言ったのだろうか?

ちらりと隣で足を組んでいる雨宮課長を見ると、驚いたように瞬きして、それから「そうなんだ」と、何だか嬉しそうに口の端を上げた。

「俺にドキドキしてくれているんだ」

さっきよりも弾んだ低い声が耳を掠める。
改めて言われると、恥ずかしい事を言ってしまったような……。

「はい、まあ、そうです」
「そうか。そうなんだ」

なんか雨宮課長が急にご機嫌になった。
そんな課長がちょっぴり可愛い。

「奈々ちゃん、少しだけいい?」

何の事かわからず頷いた。すると雨宮課長がスーツ姿のままいきなり横になって、私の太腿の上に頭を置く。
シトラスの整髪料の香りと、頭の重みを感じて、お腹の奥がキュンとする。

雨宮課長があまりにも無防備で戸惑う。
七歳年上の会社の上司で、同居人で、いつも私の心配ばかりしている、しっかり者の雨宮課長が、子どもみたいだ。

「石鹸の匂いがする。奈々ちゃん、お風呂上がり?」

横になったままの雨宮課長が私を見上げる。

「はい。今、出た所で」
「一緒に入りたかったな」

雨宮課長の言葉にびっくりして頬が強張る。
一緒にお風呂だなんて恥ずかし過ぎる。雨宮課長に裸体を晒す勇気はない。
だけど、前にもこういうことがあった気がする。

「奈々ちゃん、今のは冗談だよ。そんなに眉間に皺を寄せた険しい顔をしなくても」

あははと低く笑った雨宮課長の声に鼓動を速めながら、必死に記憶の糸を手繰り寄せる。
何か思い出せそう。そう思った時、またわからなくなって落ち込む。
雨宮課長のことを思い出したいのに、いつになったら思い出せるのだろう……。

「奈々ちゃん、もしかして怒った?」

黙ったままでいると、大きな手が下から伸びて来て、私の頬に触れる。お風呂上りの私の方が体温は高い。ひんやりした雨宮課長の手を感じた瞬間、胸の奥が締め付けられるような切なさを感じた。

熱いものがお腹から喉の奥にまで込み上がって来て、泣きそうになった。
雨宮課長と今、こうしていることが切なくて堪らない。

「奈々ちゃん……!」

太腿の上で横になっていた雨宮課長が、慌てたように起き上がり、私と視線を合わせる。

「どうしたの?」

心配そうに眉を寄せて私を見る雨宮課長に答えたいのに、喉の奥がつまって声が出ない。さらには、鼻の奥がツンとなって、ポロポロと瞼の奥から熱いものが溢れてくる。

「奈々ちゃん、俺がイヤ?」

ぶんぶん左右に頭を振ると、「良かった」と言って、隣に座った雨宮課長が親指で優しく涙を拭ってくれた。そんな雨宮課長の優しさにどんどん胸が切なくなっていく。

「抱きしめてもいい?」

優しい声で聞かれて、頷くと逞しい腕に引き寄せられる。身を委ねるように雨宮課長の胸に顔を押し当てた。スーツの上着についたアルコールと、煙草と、それから甘い雨宮課長の匂いがする。この匂いが好き。そう思った時、自分の気持ちがハッキリとわかる。

切なくて堪らないのは雨宮課長の事が好きだからだ。
私は雨宮課長に恋している。
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