雨宮課長に甘えたい

コハラ

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雨宮課長のミートソース

《6》

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ちょっとごめんと言って、課長はスマホを持って部屋を出て廊下の方に行った。私に聞かせたくないんだ。

「今から六本木に来いだと」

ダイニングキッチンのドアに耳を当てると困ったような課長の声が聞えた。

「リカ、無茶言うなよ」
 
課長、佐伯リカコの事、佐伯さんじゃなくて、リカって呼ぶんだ。
そうだよね。二人は夫婦だったんだもの。親し気なのは当たり前だよね。今は恋人のふりをしている訳だし。
 
なんか辛い。さっきまでは幸せだったのに。

でも、仕方ないよね。課長は12月まで佐伯リカコの恋人なんだから。
課長だってきっと辛いよね。私がここで拗ねたりしたら心配するよね。笑顔で見送らなきゃ。

電話が終わった気配がして、慌ててソファまで戻った。

「奈々ちゃん、あの……」
 
課長が言いづらそうにこっちを見た。
雨の中の子犬って感じの、寂し気な顔をされてキュンとする。

「私は大丈夫ですから、行って下さい」
「奈々ちゃん……」
「平気です。12月までは我慢します」
「ごめん」
「そんな顔しないで、拓海さん」

初めて課長を名前で呼んだ。
眼鏡越しの瞳が驚いたように揺れる。
いきなり親し気過ぎた?

「拓海さん呼び、ダメでしたか?」

課長が「ううん」と頭を左右に振る。

「最高に嬉しい。もう一回呼んで」

甘えるようにこっちを見る課長が何だか愛しい。

「拓海さん」
「なんか元気出た」
「拓海さん、また遊びに来て。今度は私が何か料理しますから」
「奈々ちゃんの手料理食べさせてくれるの?」
「拓海さんみたいに上手じゃないけど、でも、ちょっとは作れます」
「何が作れるの?」
「うーんと、カレーライスと、焼きそばが作れます」
「いいね。楽しみだ」

拓海さんが嬉しそうに笑ってくれる。
拓海さんを笑顔に出来て嬉しい。

拓海さんを駅まで送ろうと思ったけど、玄関でいいよと言われた。俺が心配になるから、ドア閉めたらちゃんと鍵かけてと言われて、その通りにした。

ドアの向こうでエレベーターに向かって歩く拓海さんの靴音がする。
拓海さんの気配を少しでも感じたくて、ドアに耳をあてて聴いていた。

靴音が消えると、寂しさに襲われる。
朝まで一緒にいたかった。深夜に拓海さんを呼び出す佐伯リカコが妬ましい。だけど、恨めしく思うのはやめよう。今夜は拓海さんと幸せな時間が過ごせたんだもの。拓海さんのミートソース美味しかったな。
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