雨宮課長に甘えたい

コハラ

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一緒に暮らす

《8》

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せっかく拓海さんと暮らし始めたのに、やっぱり札幌の子会社に飛ばされちゃうの? 私、そこまで阿久津に睨まれる事した? 総務部に異動してからは大人しく……は、していないか。宣伝部の案件に首ツッコミまくっていた。

ええーい。札幌でもどこでも行ってやる。自分のした事に後悔はない。

拓海さんに勧められて、阿久津の向かい側に座った。拓海さんは保護者のように隣に座ってくれた。

強面の顔をこっちに向けて阿久津が話し始める。

「中島、今日こそお前に責任を取ってもらおうと思ってな」

「阿久津部長、責任とは何でしょう?」

「創立記念パーティーでの事だ。宣伝部一押しの作品をお前の独断で選びやがって。映画関係者2000人の前で上映するんだ。ただの余興じゃない、大事な宣伝枠だとわかっているだろ?」

「もちろんです。私はウエストシネマズ一押しの作品を選んだつもりです。何かいけなかったですか?」

「問い合わせが殺到している。ただでさえ忙しいのに対応できない。久保田が毎日ヒーヒー言っていてうるさい。だから、中島、火をつけた責任を取れ」

「火をつけた責任?」

「つまり、宣伝部に戻って来い。『フラワームーンの願い』を担当しろ」

えっ!

「札幌じゃないんですか?」

思わず言ってしまった。

阿久津が一瞬、キョトンとして豪快に笑い出した。

「お前、飛ばされたいのか? 残念だが札幌ではなく、宣伝部だ。いいな。来週からだ。雨宮課長とも話をつけてある」

拓海さんを見ると、阿久津の言葉に同意するように頷いた。

嘘みたい……。
私、宣伝部に戻れるんだ。



新橋の名画座では今夜は「フォレストガンプ 一期一会」を上映している。ロバート・ゼメキス監督、トム・ハンクス主演で1994年公開のアメリカ映画。

主人公のガンプは知能指数が低く、上手く歩けないけど、お母さんがいつもガンプを勇気づける。

「人生はチョコレート箱、食べてみるまで分からない」

お母さんのこの言葉に支えられて、ガンプは懸命に歩く練習をする。そして奇跡が起きて、歩く事が下手だった彼は誰よりも足が速くなって人生を切り開いていく。

諦めずに真っすぐに生きるガンプの姿に何度も勇気づけられた。
そして今日程、ガンプのお母さんの言葉が身に染みる事はない。

人生はチョコレート箱、食べてみるまで分からない。

本当だ。

宣伝部から外されると聞いた時は絶望しかなかったけど、腐らずに目の前の事に一生懸命にやっていたら、道が拓かれた。

「奈々ちゃん、泣き過ぎ」

隣に座る拓海さんがあの日と同じようにハンカチを貸してくれる。
目元にあてると甘い柔軟剤の匂いがする。安心する匂い。

今日まで私が腐らずにいられたのは拓海さんがいてくれたからだ。
そして拓海さんが私に宣伝部に戻る切っ掛けをくれた。

「フラワームーンの願い」と出会えた事は本当に幸運だった。
拓海さんの作品を私の手で世に送り出す事が出来ると思ったら嬉しくて堪らない。

拓海さん、ありがとう。
私がこんなに幸せなのは拓海さんのおかげです。
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