雨宮課長に甘えたい

コハラ

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番外編

《9》

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「いきなり退院って、お母さん、勝手な事しないでよ!」

思わず声を荒げると、お母さんが驚いたように眉を上げる。

「奈々子が早く帰りたいと思って先生にお願いしたのよ。早く大好きな拓海さんの所に戻りたいでしょ?」

うふっとお母さんが微笑んだ。

えっ、えっ、拓海さんって……雨宮課長の事?
お母さん、拓海さんって呼んでいるの?
それに大好きだなんて……。

というか、お母さん、雨宮課長のこと知っているの!?
戸惑いながらお母さんの顔をまじまじ見ていると、お母さんがテーブルの上のスマホを私に差し出した。

「ほら、早く拓海さんに退院だって知らせてやりなさいよ。きっと心配しているわよ」
「お母さん、拓海さんって、雨宮拓海さんのこと?」
「何言ってるのよ。当たり前じゃない」
「じゃあ、お母さんは私が彼と一緒に暮らしていることを知っているの?」
「知ってるに決まっているでしょ。奈々子、変よ。奈々子が連絡しないなら、お母さんが拓海さんに連絡するから」

そう言って、お母さんが自分のスマホを取り出した。

「お母さん、何するつもり?」
「拓海さんに、退院になったってメッセージ送るの」

え! お母さん、雨宮課長とメッセージアプリで繋がっているの?

「やめてよ!」
「もう送ったわよ」

嘘……。
まだ雨宮課長の所に戻るか決めていないのに。

だったら雨宮課長が迎えに来る前にお母さんと実家に帰ろう。怪我が治るまでは実家にいたいと甘えれば何とかなるかも。

「あの、お母さん」
「奈々子の事は拓海さんに任せておけば安心ね。奈々子が入院したって拓海さんから聞いて、明日からのオーストラリア旅行中止になるかと思ったわよ」
「オーストラリア旅行?」
「お正月に会った時言ったでしょ? お父さんとオーストラリア旅行をするって」

最近、お正月にお母さんに会った記憶がない……。

「奈々子、忘れちゃった? みんなで初詣に明治神宮にお参りしたじゃない」

初詣……。

明治神宮に最後に行った記憶は大学生の時だ。確か、当時付き合っていた成瀬君と二人だけでお参りに行った。

お母さんとお参りした記憶はない。

「みんなって、お母さんと私と……」
じっとお母さんを見ると、私の言葉を受け取って「お父さんと拓海さんの四人よ」と教えてくれる。

お父さんと雨宮課長まで一緒だなんて……。
家族ぐるみの付き合いをしていたって事?

「従妹のまどかちゃん、赤ちゃんが生まれたって、その時、話したでしょ?」

まどかちゃん……。
私より三歳年下で、結婚してオーストラリアに住んでいる事は覚えている。

あのまどかちゃんが子どもを産んだのはびっくり。

「まどかちゃんに会いにオーストラリアに?」
「そうよ。お母さん、初めての海外旅行だから、もう楽しみで!」

それからお母さんのオーストラリアの話になる。シドニーでショッピングをするとか、コアラとカンガルーと触れ合える動物園に行くとか、エアーズロックを見るとか、まどかちゃんに会いに行くと言いながらも、一番は観光目的のようなスケジュール。

こんなに楽しそうに話されては、オーストラリア旅行を延期して欲しいとは言えない。

「どうしたの? 沈んだ顔して」

お母さんが心配そうにこっちを見る。

「もしかしてお父さんの事気にしている? もう大丈夫よ。最初は拓海さんがバツイチだって事を気にしていたけど、今は全く何も言っていないから安心しなさいね」

えっ! 雨宮課長、バツイチなの?

「お子さんを亡くした辛い経験をしているからこそ、拓海さんは優しいのよね。いつも奈々子の事を大事にしてくれるし」

お子さんを亡くした!!

「奈々子、どうしたの? 驚いた顔をして」
「いや、その……」

知らなかったとは言いづらい。
記憶を失くしている事を言ったら、お母さん大騒ぎしそう。

バツイチでお子さんを亡くしているだなんて……。
なんて悲しい過去なんだろう。

雨宮課長の顔を思い浮かべたら胸が苦しくなる。

「あ、拓海さん、病院に向かっているって。30分以内に着くって」

お母さんが自分のスマホを見た。
30分って早い!

*

そして30分後――。
本当に雨宮課長は私の病室に迎えに来た。
しかも、スーツではなく私服姿で。

ショート丈のキャラメル色のダッフルコートとジーパン姿の雨宮課長を見てドキッとする。
髪型もいつも前髪を上げているけど、今日は下ろしていて、会社での印象よりも雨宮課長が若く見えた。

そんな雨宮課長が素敵で、なんか胸がドキドキして来た。
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