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「はあ、はあ……何なんですかね、貴女は……」
草臥れきった声が、妙におかしかった。
何度目かに私の中に精を吐き出した後、グランは苦しげな息の合間に呟いた。
ひどく恨めしそうな顔をしている。そんな顔をしていると、存外に幼く見えるものだ。これまで、彼が年下だということを意識したことはなかったのだが、今になってふと思い出した。
(まあ、年下といっても二つしか変わらないが……それより、六人も兄がいたというなら、本当は弟気質なんじゃないのか? 私の前では澄ました顔をしているだけで)
私がそんなことを考えているとも知らず、グランはまだブツブツ言っている。
「とんだ小悪魔だ……本当に、とんでもない」
「はは……そんなことを言うのは、お前、ぐらいだ。それに、悪魔はお前……じゃないのか」
笑いながら言おうとしたが、笑えない。無理矢理押し出した声も、ぎょっとするほど掠れていた。酷使されて草臥れきっているのは私も同じだ。いや、グランよりもっと酷いかもしれない。淫魔の血が入っているというのに、指一本動かせない状態にされるとか、何だこれは。お前が淫魔か?
(はしゃぎ過ぎたな)
文句など言うつもりはないが。この状況、この身体、どう見ても悪魔に犯された後、という感じだな。と、重たい瞼を閉じて考える。
これはこれで、楽しい遊びではあったが。
グランの息が首筋に掛かって、擽ったさに私の肌が震えた。それでも動けない私の肩に、ずしりとした重みがのしかかって来る。
「……重いぞ、グラン」
「そういう性分なもので」
「精神的なものじゃないぞ、物理的に重い」
「それはそうでしょうね」
億劫そうに言うグランは、私の上から動こうとせず、それでも僅かに重みをずらした。
「……はあ。総長が恋人になると、こういう風になるとは。全く想像していませんでした」
「何が望みだったんだ、お前は。総長の執務室で、私の前に跪けと命令でもされたかったのか」
「それも悪くはないですね」
「そうか?」
ぎゅっと抱きすくめられた。半ば自棄っぱちな声が聞こえる。
「だけどこれは……! こんなに振り回して……まあそこがいい、と思っているんですが……くそっ」
「はは」
こいつは普段利口な振りをしているが、やっぱり馬鹿だな。でもちょっとかわいいと思っている。
獣じみた情交の名残で、身体が泥のように重たい。激しい鍛錬で身体を絞り切った時のように疲れているが、それと異なるのは、消せない燻り火のような熱が身体の深奥に残っていることだ。簡単な言葉や仕草で、いつでも再燃しそうな予感がある。今すぐは御免こうむりたいが。
それより今は、伝えておかねばならないことがあった。
「……グラン。私の出生地のことを、いつから知っていた?」
私は北部辺境都市リューセルの生まれだ。隣国の騎馬民族と歴史的に深い繋がりがあり、子供たちは幼いうちから野に出て馬と戯れる。ままごとの代わりに木剣を振り回す。そうして精強な兵を数多く生み出し、国の兵庫と呼ばれていた。戦乱の最中、念入りに踏み潰されるように滅ぼされるまでは。
私は邪悪な神の気まぐれのように残された、たった一人の生存者だ。もし故郷が滅びていなければ、グランとその兄弟たちのように、成人したその日に祝いの馬を宛てがわれていただろう。私はその馬を、宝石よりも大切にしたに違いない。四六時中どこにでも一緒に連れて行って、祭りの日には鬣に花を編み込み、勿論、初陣だって共にしたことだろう。
全ては過去の夢だ。果たされなかった夢など、わざわざ振り返ることもない。グランに自分の誕生日を教えた記憶もない。こいつが私の誕生日となる日、何食わぬ顔で極上の馬を曳いてきたのは、まあ、偶然でもなければ──こいつは少し偏執的なところがあるからな。
私は裸の腕を伸ばして、そっとグランの髪を撫でた。
グランがぼそぼそと答える。
「それは勿論、副官となる頃には全て知っていましたが? とは言っても、公式に調べられる範囲です。貴女の家は完全に絶えていますので……」
そこで言葉を濁したのは、彼の優しさゆえだろう。
私は固く目を瞑った。
何か、込み上げてくるものがあった。恋人関係に変わってから、たまにこうして胸がぎゅっと締め付けられるような気がすることがある。それは、何も交合しているときの話ではなくて、その後でそっと気遣うように触れてくる手とか、貴重なものを見るように見られた時だったりする。
私だけではなくて、グランも随分と変わった。素の声が出るようになったし、まれにだが穏やかな顔をするようになった。
私はもっと、彼に穏やかな顔をさせてやりたいと思っている。
(吐き出せ、グラン。もっと吐き出してしまえ)
彼が未だに、私が目の前で死んだ時の絶望を引き摺っていることを知っている。それを少しでも和らげてやりたい。私が突っついたり揶揄ったりして、それに関わっている間、グランがしばらく痛みを忘れていられるというのなら、それこそ両得というものではないか?
「お前は本当に、私が大好きだな。よしよし」
「……何ですか。何の性的遊戯ですか?」
「何でも性的に受け取るのはお前の悪い癖だな」
「……お待ち下さい、閣下。明らかに、全部、貴女のせいでは?」
グランが顔を起こした。半眼になっている。言葉の一つ一つをはっきりくっきりと発音する辺り、本気で私が悪いと言いたいらしい。
どうやら、私にまた挑発されたいらしいな?
「そう思うのなら、命令してみたらどうだ? 私は何でもお前の命令を聞くように出来ているんだぞ」
「…………っ」
やっぱりお前、いやらしい命令しか頭に無いんだな? だからそれは、貴女のせいだと……! などと、実に頭の悪そうな痴話喧嘩を繰り広げた結果、我々はいちじるしく低下した知能のまま再び行為に耽溺した。
草臥れきった声が、妙におかしかった。
何度目かに私の中に精を吐き出した後、グランは苦しげな息の合間に呟いた。
ひどく恨めしそうな顔をしている。そんな顔をしていると、存外に幼く見えるものだ。これまで、彼が年下だということを意識したことはなかったのだが、今になってふと思い出した。
(まあ、年下といっても二つしか変わらないが……それより、六人も兄がいたというなら、本当は弟気質なんじゃないのか? 私の前では澄ました顔をしているだけで)
私がそんなことを考えているとも知らず、グランはまだブツブツ言っている。
「とんだ小悪魔だ……本当に、とんでもない」
「はは……そんなことを言うのは、お前、ぐらいだ。それに、悪魔はお前……じゃないのか」
笑いながら言おうとしたが、笑えない。無理矢理押し出した声も、ぎょっとするほど掠れていた。酷使されて草臥れきっているのは私も同じだ。いや、グランよりもっと酷いかもしれない。淫魔の血が入っているというのに、指一本動かせない状態にされるとか、何だこれは。お前が淫魔か?
(はしゃぎ過ぎたな)
文句など言うつもりはないが。この状況、この身体、どう見ても悪魔に犯された後、という感じだな。と、重たい瞼を閉じて考える。
これはこれで、楽しい遊びではあったが。
グランの息が首筋に掛かって、擽ったさに私の肌が震えた。それでも動けない私の肩に、ずしりとした重みがのしかかって来る。
「……重いぞ、グラン」
「そういう性分なもので」
「精神的なものじゃないぞ、物理的に重い」
「それはそうでしょうね」
億劫そうに言うグランは、私の上から動こうとせず、それでも僅かに重みをずらした。
「……はあ。総長が恋人になると、こういう風になるとは。全く想像していませんでした」
「何が望みだったんだ、お前は。総長の執務室で、私の前に跪けと命令でもされたかったのか」
「それも悪くはないですね」
「そうか?」
ぎゅっと抱きすくめられた。半ば自棄っぱちな声が聞こえる。
「だけどこれは……! こんなに振り回して……まあそこがいい、と思っているんですが……くそっ」
「はは」
こいつは普段利口な振りをしているが、やっぱり馬鹿だな。でもちょっとかわいいと思っている。
獣じみた情交の名残で、身体が泥のように重たい。激しい鍛錬で身体を絞り切った時のように疲れているが、それと異なるのは、消せない燻り火のような熱が身体の深奥に残っていることだ。簡単な言葉や仕草で、いつでも再燃しそうな予感がある。今すぐは御免こうむりたいが。
それより今は、伝えておかねばならないことがあった。
「……グラン。私の出生地のことを、いつから知っていた?」
私は北部辺境都市リューセルの生まれだ。隣国の騎馬民族と歴史的に深い繋がりがあり、子供たちは幼いうちから野に出て馬と戯れる。ままごとの代わりに木剣を振り回す。そうして精強な兵を数多く生み出し、国の兵庫と呼ばれていた。戦乱の最中、念入りに踏み潰されるように滅ぼされるまでは。
私は邪悪な神の気まぐれのように残された、たった一人の生存者だ。もし故郷が滅びていなければ、グランとその兄弟たちのように、成人したその日に祝いの馬を宛てがわれていただろう。私はその馬を、宝石よりも大切にしたに違いない。四六時中どこにでも一緒に連れて行って、祭りの日には鬣に花を編み込み、勿論、初陣だって共にしたことだろう。
全ては過去の夢だ。果たされなかった夢など、わざわざ振り返ることもない。グランに自分の誕生日を教えた記憶もない。こいつが私の誕生日となる日、何食わぬ顔で極上の馬を曳いてきたのは、まあ、偶然でもなければ──こいつは少し偏執的なところがあるからな。
私は裸の腕を伸ばして、そっとグランの髪を撫でた。
グランがぼそぼそと答える。
「それは勿論、副官となる頃には全て知っていましたが? とは言っても、公式に調べられる範囲です。貴女の家は完全に絶えていますので……」
そこで言葉を濁したのは、彼の優しさゆえだろう。
私は固く目を瞑った。
何か、込み上げてくるものがあった。恋人関係に変わってから、たまにこうして胸がぎゅっと締め付けられるような気がすることがある。それは、何も交合しているときの話ではなくて、その後でそっと気遣うように触れてくる手とか、貴重なものを見るように見られた時だったりする。
私だけではなくて、グランも随分と変わった。素の声が出るようになったし、まれにだが穏やかな顔をするようになった。
私はもっと、彼に穏やかな顔をさせてやりたいと思っている。
(吐き出せ、グラン。もっと吐き出してしまえ)
彼が未だに、私が目の前で死んだ時の絶望を引き摺っていることを知っている。それを少しでも和らげてやりたい。私が突っついたり揶揄ったりして、それに関わっている間、グランがしばらく痛みを忘れていられるというのなら、それこそ両得というものではないか?
「お前は本当に、私が大好きだな。よしよし」
「……何ですか。何の性的遊戯ですか?」
「何でも性的に受け取るのはお前の悪い癖だな」
「……お待ち下さい、閣下。明らかに、全部、貴女のせいでは?」
グランが顔を起こした。半眼になっている。言葉の一つ一つをはっきりくっきりと発音する辺り、本気で私が悪いと言いたいらしい。
どうやら、私にまた挑発されたいらしいな?
「そう思うのなら、命令してみたらどうだ? 私は何でもお前の命令を聞くように出来ているんだぞ」
「…………っ」
やっぱりお前、いやらしい命令しか頭に無いんだな? だからそれは、貴女のせいだと……! などと、実に頭の悪そうな痴話喧嘩を繰り広げた結果、我々はいちじるしく低下した知能のまま再び行為に耽溺した。
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