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挿話8 ジョーカー・ノーサーダは敗北者と戯れる①
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(別視点)
「お疲れ様です!」
「ああ、ご苦労」
堂々と扉を開けて、薄暗い廊下に踏み入っていく。
すれ違う時、ちらりとこちらを見た地球防衛軍の兵士が、「誰だったっけ……この人」とでも言うかのように目を細めたが、ジョーカーは完全にそれを無視した。周囲の視線を蹴散らすように、ツカツカと先に進んでいく。
(滅多にこんなところまでやって来ない士官をわざわざ選んで、化けてやったからな)
表面的には、ごく平凡で無害そうな、少し肥えた中年男性の姿に見えているはずだ。
たとえ誰かが違和感に気付いたとしても、該当者を探し当てて情報を照らし合わせるだけで、かなりの労苦を払わされるだろう。
(まあ、念を入れようが入れまいが、これまで俺のスキルが看破されたことなんて一度もないんだがな)
ジョーカーは大抵の相手であれば、見た目どころか、質量ごとごっそりと模倣できる。ヒーロー世界において、いかにも敵陣営のキャラクターが所持していそうな便利スキルだ。ひょっとしたら、エルド教官以上に暗殺者向きかもしれない。しかもこのスキル、大した代償もペナルティも負わない。となると、この世界でいつ、ジョーカーのチート無双が始まってもおかしくない、はずなのだが──
「ちっ」
幾重にも封印が施された扉の奥、暗がりに座り込んでいる男の姿を見て、ジョーカーは反射的に舌打ちした。
葉垣元総司令官。
拘束の呪文で、目に見える形でぐるぐる巻きにされている。具体的に言うと、みっちりとスペルを書かれた包帯のような紐を幾重にも巻かれているのだ。怪我は治してもらったようだが、拘束の下に見える服はところどころ黒い染みがついて汚れている。
貫禄ある、渋いナイスミドル。妻は早逝、娘との仲はそれほど良好とは言えず、どんなに娘が射撃の腕を上げようが、「そうか」「よし」ぐらいしか言わないせいで、古典的な「家庭をかえりみない不器用な父親」だという印象を周囲に植え付けていたが、何といっても地位と権力があるので、後妻になりたがる女性はそれなりにいたようだ。
だが今は、
「ざまあないな、おっさん」
毒づきながら、ジョーカーは葉垣元総司令の脚を軽く蹴った。
「……? お、お前は……誰だ?」
のろのろと、葉垣が顔を上げる。その目に映るのは、すでに素の姿に戻ったジョーカーだ。やたらと背が高く、そのせいで少し猫背気味になる癖があり、手足が長めの黒髪の男で、味も素っ気もないシンプルな黒縁眼鏡を掛けている。
ただでさえ白っぽい肌が、暗がりではなおさら死神めいた雰囲気を醸し出していた。服が黒ずくめなのが更に拍車を掛けている。死神か、それとも借金取りの用心棒か?
葉垣が、ジョーカーの素顔を見るのは初めてだ。いくら記憶を探っても思い出せるわけがなく、その眉間に刻まれた皺が深くなった。
「……拷問にでも来たか」
「……」
「もう、私から引き出せるものは何もないぞ。すでに自白剤で洗いざらい吐かされたからな」
自暴自棄になったように言う葉垣を、ジョーカーはしばらく無言で眺め、
(ああ、こいつ……殴りてえ~~~!!)
レジーナの前では絶対に見せない、決して表に出すことのない心の声を全開にした。
何しろ、こいつのせいで、ジョーカーは主君が誘拐されるという憂き目を見たのである。
正直、それまでのジョーカーは驕っていた。生まれたのは銀河帝国でも屈指の学者一族であるノーサーダ家。ありとあらゆるスキルと呪文の記録を綴った「記録庫」があり、幼い頃から戯れに読み漁っては身に付けられるスキルを探したものだ。そこに皇妃ユディールの後押しがあり、肉体的にも鍛え上げられた。護衛として隙なし。自分は優秀で有能な護衛であると、彼自身がそう思っていた。
結果を見ればどうだ。幼い主君を攫われたどころか、そのせいで主君は記憶混濁。ルシアン公の力を借りなければ、その傍に至ることさえ出来なかっただろう。何たる屈辱。悲憤。
葉垣はボコる。絶許。
正確には、葉垣が誘拐に加担した部分はそれほど大きくない。ほぼほぼ主犯の罪だ。それはもう、彼奴の罪は大海溝を埋め尽くすほどに重くて大きい。いずれ機会があれば、ジョーカーは主犯を容赦なくボコってやりたいと思っているし、積極的にその機会を作るつもりでいる。だが、とにかく、目の前のこの男が、その責任の一端を担っていることに違いはないので、ストレス解消を兼ね、ちょっとボコってやってもよかろう、なのである。
つまりは八つ当たりなのだが。
一応、実益を兼ねていないでもない。
ジョーカーは眼鏡をクイッと押さえた。
まるで人格を切り替えたかの如く、滑らかに丁寧な声音が流れ出す。
「……自白剤だけでは足りません。貴方は肝心の情報を知らされていない。利用されただけ、踊らされただけの捨て駒です。あなたが無意識のうちに何を見たか、聞いたか、自身では忘れているような情報まで掘り起こして初めて、役に立つ」
「……?」
不吉な空気を感じ取ったのか、葉垣が居心地悪そうに身じろぎした。
ジョーカーはうっすらと微笑みを浮かべてみせた。相手を和ませるためでは勿論ない。
「大抵の人間は、深層心理には無意識のブロックを掛けているものです。精神的に弱り切った状態にまで落として、初めて見せて貰えるものもあるでしょう。実りある情報を期待していますよ、元総司令官」
「……何をするつもりだ、小僧」
「では、手始めに……」
「お疲れ様です!」
「ああ、ご苦労」
堂々と扉を開けて、薄暗い廊下に踏み入っていく。
すれ違う時、ちらりとこちらを見た地球防衛軍の兵士が、「誰だったっけ……この人」とでも言うかのように目を細めたが、ジョーカーは完全にそれを無視した。周囲の視線を蹴散らすように、ツカツカと先に進んでいく。
(滅多にこんなところまでやって来ない士官をわざわざ選んで、化けてやったからな)
表面的には、ごく平凡で無害そうな、少し肥えた中年男性の姿に見えているはずだ。
たとえ誰かが違和感に気付いたとしても、該当者を探し当てて情報を照らし合わせるだけで、かなりの労苦を払わされるだろう。
(まあ、念を入れようが入れまいが、これまで俺のスキルが看破されたことなんて一度もないんだがな)
ジョーカーは大抵の相手であれば、見た目どころか、質量ごとごっそりと模倣できる。ヒーロー世界において、いかにも敵陣営のキャラクターが所持していそうな便利スキルだ。ひょっとしたら、エルド教官以上に暗殺者向きかもしれない。しかもこのスキル、大した代償もペナルティも負わない。となると、この世界でいつ、ジョーカーのチート無双が始まってもおかしくない、はずなのだが──
「ちっ」
幾重にも封印が施された扉の奥、暗がりに座り込んでいる男の姿を見て、ジョーカーは反射的に舌打ちした。
葉垣元総司令官。
拘束の呪文で、目に見える形でぐるぐる巻きにされている。具体的に言うと、みっちりとスペルを書かれた包帯のような紐を幾重にも巻かれているのだ。怪我は治してもらったようだが、拘束の下に見える服はところどころ黒い染みがついて汚れている。
貫禄ある、渋いナイスミドル。妻は早逝、娘との仲はそれほど良好とは言えず、どんなに娘が射撃の腕を上げようが、「そうか」「よし」ぐらいしか言わないせいで、古典的な「家庭をかえりみない不器用な父親」だという印象を周囲に植え付けていたが、何といっても地位と権力があるので、後妻になりたがる女性はそれなりにいたようだ。
だが今は、
「ざまあないな、おっさん」
毒づきながら、ジョーカーは葉垣元総司令の脚を軽く蹴った。
「……? お、お前は……誰だ?」
のろのろと、葉垣が顔を上げる。その目に映るのは、すでに素の姿に戻ったジョーカーだ。やたらと背が高く、そのせいで少し猫背気味になる癖があり、手足が長めの黒髪の男で、味も素っ気もないシンプルな黒縁眼鏡を掛けている。
ただでさえ白っぽい肌が、暗がりではなおさら死神めいた雰囲気を醸し出していた。服が黒ずくめなのが更に拍車を掛けている。死神か、それとも借金取りの用心棒か?
葉垣が、ジョーカーの素顔を見るのは初めてだ。いくら記憶を探っても思い出せるわけがなく、その眉間に刻まれた皺が深くなった。
「……拷問にでも来たか」
「……」
「もう、私から引き出せるものは何もないぞ。すでに自白剤で洗いざらい吐かされたからな」
自暴自棄になったように言う葉垣を、ジョーカーはしばらく無言で眺め、
(ああ、こいつ……殴りてえ~~~!!)
レジーナの前では絶対に見せない、決して表に出すことのない心の声を全開にした。
何しろ、こいつのせいで、ジョーカーは主君が誘拐されるという憂き目を見たのである。
正直、それまでのジョーカーは驕っていた。生まれたのは銀河帝国でも屈指の学者一族であるノーサーダ家。ありとあらゆるスキルと呪文の記録を綴った「記録庫」があり、幼い頃から戯れに読み漁っては身に付けられるスキルを探したものだ。そこに皇妃ユディールの後押しがあり、肉体的にも鍛え上げられた。護衛として隙なし。自分は優秀で有能な護衛であると、彼自身がそう思っていた。
結果を見ればどうだ。幼い主君を攫われたどころか、そのせいで主君は記憶混濁。ルシアン公の力を借りなければ、その傍に至ることさえ出来なかっただろう。何たる屈辱。悲憤。
葉垣はボコる。絶許。
正確には、葉垣が誘拐に加担した部分はそれほど大きくない。ほぼほぼ主犯の罪だ。それはもう、彼奴の罪は大海溝を埋め尽くすほどに重くて大きい。いずれ機会があれば、ジョーカーは主犯を容赦なくボコってやりたいと思っているし、積極的にその機会を作るつもりでいる。だが、とにかく、目の前のこの男が、その責任の一端を担っていることに違いはないので、ストレス解消を兼ね、ちょっとボコってやってもよかろう、なのである。
つまりは八つ当たりなのだが。
一応、実益を兼ねていないでもない。
ジョーカーは眼鏡をクイッと押さえた。
まるで人格を切り替えたかの如く、滑らかに丁寧な声音が流れ出す。
「……自白剤だけでは足りません。貴方は肝心の情報を知らされていない。利用されただけ、踊らされただけの捨て駒です。あなたが無意識のうちに何を見たか、聞いたか、自身では忘れているような情報まで掘り起こして初めて、役に立つ」
「……?」
不吉な空気を感じ取ったのか、葉垣が居心地悪そうに身じろぎした。
ジョーカーはうっすらと微笑みを浮かべてみせた。相手を和ませるためでは勿論ない。
「大抵の人間は、深層心理には無意識のブロックを掛けているものです。精神的に弱り切った状態にまで落として、初めて見せて貰えるものもあるでしょう。実りある情報を期待していますよ、元総司令官」
「……何をするつもりだ、小僧」
「では、手始めに……」
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