【完結】召喚獣殿下 〜下っ端少女召喚士、この国最強の王弟殿下(40)を召喚します!

雪野原よる

文字の大きさ
10 / 26

10.私たちの普通の一日

しおりを挟む
「守護の魔法陣って、上級になると、こんなに大量の魔力を食うんですね……試合が終わるまで、ずっと維持してなくちゃいけないですし。第一回戦なら、少し効果の弱いものにしても大丈夫かな?」
「主殿、むしろ初戦こそ防御に徹するべきだ。必要な魔力は私から引き出せばいい」
「防御に徹するべき、ですか?」
「弱い敵ほど、私ではなく主殿を狙うはずだ」
「……分かりました」
「どうせなら、最上級の反属性魔法陣の組み方を教えよう。試合開始まであと三十分ある。主殿なら覚えられるはずだ」
「う……や、やります!」

 ぎり、と歯軋りしたくなるのを堪えて、私は頷いた。

 ここ数日、イシルディア殿下による、私への無茶振りがひどい。ぎりぎり禁術に近いような範囲攻撃呪文を教えられてその場で撃たされたり、山ひとつに索敵魔法を掛けさせられたりする。どうにも、遠慮というものが消滅している。
 それでも、配慮というものはきちんと存在していて、私が本当にできないことは絶対に口にしてこない。その塩梅が、そこはかとなく恐ろしい。

「殿下に、私の力量が冷静に見極められすぎてて辛い……」

 テーブルの上に突っ伏して、私は八つ当たり気味に愚痴った。
 向かい合って、梅こぶ茶を啜っていた殿下は、肩を竦めて、ごく平静な口調で言った。

「いやいや、主殿の力量は、常に私の予想を超えてくる。むしろ、私はいつも驚かされているのだがね?」
「……本当ですか?」
「並の召喚士であれば、無理だと思う範疇のことをやらせても、主殿はできてしまうからね。つい、ハードルを上げてしまうのも仕方がない」
「つい、で上げないで下さい」
「そうか。では、熟慮の末に上げたということにしておこう」
「じ、実態が言葉の操作で隠蔽されている……!」

 私は唇を尖らせて殿下を睨んだのだが……妙に恥ずかしくなって座り直した。
 最近はどんな発言や態度でも、際限なく許されてしまう感がある。だからこそ、たまに加減が分からなくなってしまうのだ。

「……すみません、ちょっとごねてみたかっただけです。真面目にやります」
「いや、このまま主殿とじゃれていても、私は一向に構わないが。その場合、魔法も物理攻撃も全反射する守護魔法陣を私が作っておこう」
「す、すみません、本当に真面目にやります」

 私はかっちりと座り直し、殿下が教えてくれる魔法陣の図式を頭に叩き込んだ。重要なシンボルを暗記し、何度も脳内で手順を確認する。

 通常、召喚士同士のトーナメントでは、守護の魔法陣を張る必要はない。コロッセウム内では、召喚獣が召喚士を攻撃できないよう、制限をかけられている。
 だが、異職種が入り混じる混合トーナメントでは話が別だ。私は戦力としては役に立たないとしても、せめて、自分の身ぐらいは完璧に守り切らなければならない。殿下はそんなことは言わないけれど、でも、私の意地として。

 真剣に、口の中で呪文を反芻している私を、殿下はじっと眺めていた。微笑むわけでも、完全に無表情というわけでもない。ただ、見ている。

「……よし、いけそうです」
「さすがは主殿」

 以前の彼であれば、もっと心の篭った声で、穏やかな賞賛の目を向けてくれていたはずだ。だが、最近の彼は、視線と同じく、声もどことなく熱が低めだ。
 どこを見ていても、結局はここが視線の置き場だとでも言うように、私の上に戻ってくる視線。自然に出てきて、熱を込める必要すら感じていない声。唇の端が軽く上がって、薄い笑みの気配だけが漂う。

「では、もう一回、初戦について、ざっとさらっておくか」
「はい」

 トーナメントの待ち時間、私たちはようやく普通に作戦会議をするようになった。
 殿下にとっては、負けることの方が難しい。作戦の必要など、感じてもいないだろう。それでも、試合の前は、私がどう対処すべきか、殿下がどう動くか、どんな敵が出てくるか、語り合ってお互いに認識を摺り合わせる。
 必要もないのに、なぜやるのかと言えば、ただ、楽しいからだ。

「ああ、もう時間か。早いものだな」

 控室の扉が開くのを見て、殿下がぽつりと呟いた。

 私は頷いた。しかし、実際には、私たちの待ち時間は、トーナメントに出れば出るほど長く引き延ばされているのだ。散々待った挙句、一戦だけして帰ることもある。もはやラスボスのような扱いだ。

「今日の試合方式は、かなり楽しみです」
「そうか? 私より、主殿のほうが、戦闘狂になりつつあるようだな」
「最強召喚獣がいるので。慢心もしちゃいますよね」
「なるほど。では、主殿がますます慢心するよう努めるとしよう」
「はい」

 私は笑った。殿下も少しだけ笑う。
 軽口を叩きながら、暗い通路を辿り、明るい戦場へ出ていく。

 耳をつんざく歓声。眩い陽光。レフェリーのアナウンス。馴染み始めた、コロッセウムの乾いた空気。
 周囲をぐるりと見渡してから、殿下を見上げた。手を伸ばす。重なり合った手のひらを契約の光が貫き、殿下の濃厚で重たい魔力が、奔流となって私の中に流れ込んできた。慣れているのに、やはり、その密度の高さにくらりとする。
 はっと息をつく私を、殿下の目が無言で見ている。

 しばらくして、

「いけるかね、主殿?」
「はい」

 私は顔を上げ、彼に向かって笑い掛けた。
 殿下は笑っていない。その目は鏡のように凪いでいて、どんな感情も読み取れない。
 だが、私に軽く頷き返した。

 試合の始まりだ。




「ハーハッハッハッハ! ようやく僕の前に現れたな! この天才から逃げ回っているのかと思っていたぞ! 大量の観衆の面前で、今日こそ決着を付けてくれよう!」
「……なるほど」

 高笑いする対戦相手を見つめながら、殿下が口の中で呟く。
 私はつま先立って、彼の耳に向かって囁いた。

「初めて、いかにも敵! って感じの人が出てきましたね。なんだかんだ言って、これまで、殿下相手に闘志を燃やす人っていなかったですもんね」
「ああ。少し驚いた」

「そこ! 僕を無視しない! 今日だって、お前がなかなか出てこないから、連戦してここまで勝ち抜いてきたんだぞ! 終生のライバルに対して、申し訳ないと思わないのか」

「ライバル? 殿下のお知り合いだったんですか」
「名前は知っているが、会話を交した記憶はないな」

「うっ……いいからそこ、いつまでもくっついて話すな! 泣くぞ!」
「あっ、す、すみません」

 私は頭を下げて、殿下から一歩離れた。
 自称ライバルなのに、完全に無視されて泣きそうになっている相手が、なんだか気の毒になってきたからだ。
 だが、イシルディア殿下の眉間には、くっきり深い皺が刻まれた。

「……ふむ。誰だったかな? データは見たはずだが、やはり思い出せないな。どのみち、泡沫のような人間だろう。そんな泡沫男が、私の主殿に難癖をつけると? 首から上は要らないのかな?」

 ……ああ、これは、マズイ。
 思うのだが、最近のイシルディア殿下は、少々性格が変わっている。

(いや、ひょっとしたら、こっちが素なの?)

 とにかく、軌道修正は、主である私の仕事だ。
 言いたいことがあると伝えるべく、私は殿下の手をぎゅっと握り締めた。

「殿下。あちらの言うとおり、観衆の面前です。殿下はやはり、寛容で穏やかな方でいらっしゃると、皆に言われたいです。主の私としては」
「寛容で穏やか?」
「はい」
「分かった」

 殿下の大きな手が伸びて、私の頭を優しく撫で始めた。なでなで。なでなで。

(あっ、久しぶりだ)

 主従の絆を確認してからというもの、私を主らしく扱うためか、子供に対するような態度は少なくなっていたのだ。
 久しぶりに撫でられるのは気持ちいい。殿下の手のひらは分厚くて大きくて、少し硬いけれどあったかい。
 ほわっと幸せに浸って──

「お、お前ら……何をしている、何を!」

(ま、間違った──!!!)

 軌道修正に失敗した。
 大失敗である。

「くっ、主失格……!」
「主殿、何を言っている?」
「神聖な試合の真っ最中だぞ!」

 カオスである。
 初っ端から高笑いで場の空気を持って行っていた相手に、正論を吐かれているのは納得がいかないが、確かに今は彼の言うとおりだ。

「た、戦いましょう、殿下」
「分かった。ご要望どおり、あの泡沫男を一瞬で血祭りに上げよう」

 そういうことではなかった気がするが。
 私は遠い目をして……成り行きに任せることにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

天才魔導医の弟子~転生ナースの戦場カルテ~

けろ
ファンタジー
【完結済み】 仕事に生きたベテランナース、異世界で10歳の少女に!? 過労で倒れた先に待っていたのは、魔法と剣、そして規格外の医療が交差する世界だった――。 救急救命の現場で十数年。ベテラン看護師の天木弓束(あまき ゆづか)は、人手不足と激務に心身をすり減らす毎日を送っていた。仕事に全てを捧げるあまり、プライベートは二の次。周囲からの期待もプレッシャーに感じながら、それでも人の命を救うことだけを使命としていた。 しかし、ある日、謎の少女を救えなかったショックで意識を失い、目覚めた場所は……中世ヨーロッパのような異世界の路地裏!? しかも、姿は10歳の少女に若返っていた。 記憶も曖昧なまま、絶望の淵に立たされた弓束。しかし、彼女が唯一失っていなかったもの――それは、現代日本で培った高度な医療知識と技術だった。 偶然出会った獣人冒険者の重度の骨折を、その知識で的確に応急処置したことで、弓束の運命は大きく動き出す。 彼女の異質な才能を見抜いたのは、誰もがその実力を認めながらも距離を置く、孤高の天才魔導医ギルベルトだった。 「お前、弟子になれ。俺の研究の、良い材料になりそうだ」 強引な天才に拾われた弓束は、魔法が存在するこの世界の「医療」が、自分の知るものとは全く違うことに驚愕する。 「菌?感染症?何の話だ?」 滅菌の概念すらない遅れた世界で、弓束の現代知識はまさにチート級! しかし、そんな彼女の常識をさらに覆すのが、師ギルベルトの存在だった。彼が操る、生命の根幹『魔力回路』に干渉する神業のような治療魔法。その理論は、弓束が知る医学の歴史を遥かに超越していた。 規格外の弟子と、人外の師匠。 二人の出会いは、やがて異世界の医療を根底から覆し、多くの命を救う奇跡の始まりとなる。 これは、神のいない手術室で命と向き合い続けた一人の看護師が、新たな世界で自らの知識と魔法を武器に、再び「救う」ことの意味を見つけていく物語。

規格外で転生した私の誤魔化しライフ 〜旅行マニアの異世界無双旅〜

ケイソウ
ファンタジー
チビで陰キャラでモブ子の桜井紅子は、楽しみにしていたバス旅行へ向かう途中、突然の事故で命を絶たれた。 死後の世界で女神に異世界へ転生されたが、女神の趣向で変装する羽目になり、渡されたアイテムと備わったスキルをもとに、異世界を満喫しようと冒険者の資格を取る。生活にも慣れて各地を巡る旅を計画するも、国の要請で冒険者が遠征に駆り出される事態に……。

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

処理中です...