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14.今日も世界が変わる
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「……殿下。これ、何だか、ご存知ですか?」
道の先を塞いでいる物体をまじまじと見てから、私は、傍らに立つイシルディア殿下に視線を移した。
殿下は首を傾げる。
「何度か見かけたことはあるんだが。人里離れた所で遭遇することが多いかな。空中を漂っていたり、水面に浮かんでいたり」
「空中? 飛ぶんですか、あれ?」
私は恐る恐る、「それ」に視線を戻した。
「しかし、こんなに大量に見るのは初めてだな」
「普通はこんなこと、ないですよ」
背後から声を掛けてきたのは、私たちがここまで乗ってきた馬車を操る御者だ。
太った赤ら顔に、不安そうな色を浮かべて、私たちと「それ」を交互に見比べている。
「俺たちは、職業柄、いろんなとこに行くんで、あいつらに遭遇することもあるんですけどね。でも、普通は一匹か二匹だし、あんなに大きくないんすよ」
「ふむ。つまり、ここはアレの群生地だったということかな?」
得体の知れない生き物の群生地。そう言われると、何かが怖い。
視線を向けると、彼らは身を寄せ合うようにして、かさかさと蠢いている。怖い。怖い、はずなのだが──
「殿下。なんかあれ、可愛くありませんか?」
「……確かに、害意は感じられない見た目だな」
ふわふわしているのである。
毛足の長い、見るからに手触りの良さそうな、ふわっとした白い毛玉。目も、口も見えない。そもそも、動物なのだろうか?
「魔力は感じるが、威嚇してくる様子もないな。精霊の一種かとも思うが、それにしては弱々しい。攻撃手段も持たないようだが」
「俺たちは、アレのこと、ケサパサって呼んでるんですよ」
「ケサパサ? 何語かね?」
「分かりませんけど、最初にそう呼んだやつがいて、広まったんで」
「なるほど」
殿下は穏やかに頷いたが、恐ろしいほどに関心を抱いていないのが分かる。
でも、私は気に入った。ケサパサ。なんだか面白い響きだし。
「しかし、あの群れをどかさないと、先に進めませんね」
今日は、ギルドの依頼を受けて、隣町まで行かねばならないのだ。ここで止まっているわけにはいかないのだが、道路は一面のふわふわ、もこもこで埋まっている。
「そうだな。風魔法で吹き払うか」
殿下が片手を上げると、手のひらに暴風のかたまりが生まれた。ぴしぴしと雷光を走らせながら、それがだんだん大きくなっていく。
途端に、ケサパサたちがぷるぷると柔毛を震わせ、
「ぴー! ぴぴー!」
「ひ、ひうぅぅ」
「で、殿下。泣いてます。怖がられてます」
「ん? 主殿は、アレの言葉が分かるのかね?」
「分かりませんけど。なんだか、可哀想で、聞いていられません」
「そうか」
ややあやふやな顔をして、殿下が作りかけの暴風を鎮めて手を下ろした。
うーん、どうしよう。
私は少し考えてから、一番近くにいたケサパサを両手で抱き上げた。ふんわり。予想通りの毛並みに、一瞬、状況を忘れて癒やされる。
「ぴ!」
ケサパサが鳴く。怖がってはいないようだ。
そのまま持ち上げて、力いっぱい、道路の脇に投げ飛ばす。だが、ケサパサはぴょーんと跳ねると、そのまま、大きくバウンドして仲間たちの方へ戻ろうとした。
「風よ!」
咄嗟に、風魔法でそよ風を吹かせる。ケサパサの毛がふわっと膨らみ、「ピピ!」と楽しげな声を上げて、離れたところに飛んでいった。
「一番弱い風魔法なら、喜んで飛んでいってくれるみたいですね」
「この分量のケサパサを、ひとつひとつ飛ばすのかね? まあ、主殿が望むならば……」
私はケサパサの群れを見回した。ざっと見て、五十匹はいるだろうか。
それから、ケサパサを抱き上げようとするイシルディア殿下を見た。私の中に、初めてといっていいくらい、途方もない考えが生まれた。
「……殿下」
「何かね、主殿?」
「勝負、しませんか? いや、して下さい」
「……」
殿下はケサパサを腕に抱いたまま振り返って、一瞬、「は?」という表情で私を見たのだが、さすがは殿下というべきか、すぐにすっと覆い隠して真面目な顔になった。
「勝負? どういうことか、教えてもらって構わないかね」
「だって、ほら。弱い魔法しか使えないなら、私でも、殿下に勝てる可能性があるじゃないですか。私、一度くらい、殿下と真剣勝負をしてみたいです!」
「真剣勝負? ケサパサで?」
「何であろうと、勝負は勝負です!」
力を込めて言い切ると、殿下の口元が歪んだ。堪え切れなかったようで、くくっと笑みが漏れる。
「……分かった。主殿のお望みどおり、真剣に勝負させて頂こう」
殿下は面白がっているみたいだが、冗談事ではないのだ。この勝負、本当に、私が勝たせてもらおう。
「ぴぴ!」
五匹目のケサパサが、そよ風に乗ってふわっと膨らんだ。
「よし! 五匹目」
飛んでけー! と念を込めて送り出す。
持ち上げてから飛ばすまでの一連の流れは無駄なくやれているし、ケサパサは気分良さそうだし、いいペースなのでは?
と、私が自画自賛していたとき。
「十匹目」
「……ぐ、ぐぬぅ」
「主殿。魔法発動までの時間が、以前に比べて二分の一程度に短縮されたな。手際もいい」
私の視線に気付くと、イシルディア殿下は穏やかに賛辞を述べてくれる。
その腕の中には、ケサパサが二匹。心なしか、私に向かって得意げな顔をしている気がする。
(殿下、いつもながら優しい)
その上、この余裕。真剣勝負とは何だと思っているのだろうか。児戯? やっぱり児戯なの?
もちろん、殿下が強くて、余裕があって、私への気遣いが行き届いていて、私が困ることは何もない。本気で殿下に対抗したいわけでもない。
でも、一回ぐらい、勝ってみたい!
そう思うことくらいは許されるのではなかろうか。
「……殿下、その余裕溢れる態度を、今日は完全に粉砕してみせます」
「うん?」
「たまには、敗北の味を教えて差し上げます!」
なにせ、私は敗北の味なら山ほど舐めてますからね……いや、駄目だ、これは自虐だ。黙っておこう。
とにかく、私が堂々と宣言すると、殿下は目を瞬かせ、少し考え込む表情を見せた。
「……なあ、あんたら、何なんだ? すごく強い冒険者コンビだって聞いたんだけど」
背後から、恐る恐るといった声で、御者が声を掛けてくる。
「いつもこんな調子だとか?」
「いや。そうではなくて、これはつまり……」
反抗期? 痴話喧嘩? 違うな……と、殿下はやや聞き捨てならない言葉を呟いた後、ようやく結論に辿り着いたようで、
「つまり、主従間の交流試合というものだよ」
「な、なるほど?」
すっきり理解したわけではなさそうだが、ある程度は納得できたようで、御者は頷いた。
納得できていないのは、私だけである。
(くっ……やっぱり児戯だと思われてる)
だが、口で何を言っても仕方がない。実力で黙ってもらわなければ。
私は、全力で思考を巡らせ、戦略を組み立てた。
もちろん、私は力不足だ。殿下よりずっと手足も短く、身体も小さい。ケサパサを持ち上げるところから、大きな差がついている。
魔法で複数のケサパサを浮かせ、複数同時に飛ばすしかない。複数の魔法を同時に詠唱し維持し解放し切り替える、できるかな?
(やるしかない)
素早く詠唱して固定。それを意識しながら次を固定。次を固定。
下級魔法ゆえに、五つぐらいなら維持できそうだ。
次に、群れなしているケサパサに目を向けて対象を選ぶ。五つ同時に浮かせ、持ち上げる。集中力が切れそうで、こめかみに汗が滲み出る。
「ぴぴ!」「ぴぴー!」
ケサパサの鳴き声を聞きながら、ふわっと浮いたところで魔法を解除。そよ風に切り替えて、方角に気をつけながら飛ばす。飛んだ。
(う、う……うまくいったけど、これ、疲れる……!)
しかも、これをもっと効率よく、洗練された動きでやるしかない。なぜなら、私の動作を見ていた殿下が、「おお、これはこれは」などと楽しそうに呟きながら、簡単に同じことをやってのけているからだ。
(くっ、負けない! 負けないんだから!)
途中で、意識がおぼろげになりそうだったが、私は頑張った。高度な集中力が必要とされすぎている。全てのケサパサを飛ばし終えたとき、私は思わず、地面にそのままへたりこんだ。
「二十五匹!」
「二十五匹」
私の叫びに、殿下の穏やかな声が重なる。
えっ、これ、引き分けなの?
もちろん、実力からすれば、引き分けでも上々、というところなのかもしれないが、こんなに必死で、無我夢中で頑張ったのに……
少し、目の前が滲みかけたとき、
「ぴぴ!」
私が宙に浮かせすぎたらしいケサパサが、勢いよく私の頭の上に落ちてきた。
「ぶへっ」
毛玉とはいえ、勢いをつければそれなりに威力が重たい。私はひしゃげた声を出して、地面に倒れ込み──
「だ、大丈夫かね、主殿?」
「に、二十六匹目! 二十六匹めですよね、殿下?!」
「うん? そのようだが……」
「やったー! 勝ったああああ」
全力で飛び上がって、ガッツポーズで歓喜の雄叫びを上げる私を見て、殿下は大いにどん引き……するでもなく、
「……はは! はは、ははは!」
なんと、腹を抱え、身体を二つ折りにして爆笑し始めた。
あ、あれ?
「……主殿は本当に、何にでも全力だな。そういえば、最初に会ったときも、あれだけ勝ちたがって……いや、とにかく、はは、主殿は面白い」
「た、楽しんでる場合じゃないですよ! 私が勝ったんですよ?!」
「そのとおりだ。負けても愉快に思える勝負があるとは思わなかった、目から鱗が落ちた気分だ」
目尻に滲んだ涙を拭いつつ、殿下はまだ笑い止まない顔で私を見上げ、
「笑いすぎると腹が痛い、というのも本当だったんだな。これだけ笑ったのも初めてだ」
「はあ……ソウデシタカ」
真面目に返すのも馬鹿馬鹿しい気分になってきて、私はむむっと頬を膨らませ、
「じゃあ、また勝負して下さい。チェスとかどうですか? 殿下のこと、けちょんけちょんに負かして差し上げますので」
「心底楽しそうだな。私は負けても楽しめると思うが、主殿はどうなのかね? 私に散々に負かされたときのことを、今から考えておいた方が良くないかね?」
「くっ! ま、負けませんから……!」
「なあ」
私たちが睨み合っていると(殿下はまだ笑っていたが)、力が抜けたような声で、御者が口を挟んできた。
「あんたら、やっぱり、いつもこんな感じなのか?」
「いえ、全然違いますけど」
毎日、何かが変わっている。私と殿下が一緒にいるかぎり。
今日はたまたま、こんな感じになったけれど、明日はまた、新しく何かが変わるだろう。
それが何か、予測もつかないから、私は明日も、殿下にちょっかいをかけようと決めている。
道の先を塞いでいる物体をまじまじと見てから、私は、傍らに立つイシルディア殿下に視線を移した。
殿下は首を傾げる。
「何度か見かけたことはあるんだが。人里離れた所で遭遇することが多いかな。空中を漂っていたり、水面に浮かんでいたり」
「空中? 飛ぶんですか、あれ?」
私は恐る恐る、「それ」に視線を戻した。
「しかし、こんなに大量に見るのは初めてだな」
「普通はこんなこと、ないですよ」
背後から声を掛けてきたのは、私たちがここまで乗ってきた馬車を操る御者だ。
太った赤ら顔に、不安そうな色を浮かべて、私たちと「それ」を交互に見比べている。
「俺たちは、職業柄、いろんなとこに行くんで、あいつらに遭遇することもあるんですけどね。でも、普通は一匹か二匹だし、あんなに大きくないんすよ」
「ふむ。つまり、ここはアレの群生地だったということかな?」
得体の知れない生き物の群生地。そう言われると、何かが怖い。
視線を向けると、彼らは身を寄せ合うようにして、かさかさと蠢いている。怖い。怖い、はずなのだが──
「殿下。なんかあれ、可愛くありませんか?」
「……確かに、害意は感じられない見た目だな」
ふわふわしているのである。
毛足の長い、見るからに手触りの良さそうな、ふわっとした白い毛玉。目も、口も見えない。そもそも、動物なのだろうか?
「魔力は感じるが、威嚇してくる様子もないな。精霊の一種かとも思うが、それにしては弱々しい。攻撃手段も持たないようだが」
「俺たちは、アレのこと、ケサパサって呼んでるんですよ」
「ケサパサ? 何語かね?」
「分かりませんけど、最初にそう呼んだやつがいて、広まったんで」
「なるほど」
殿下は穏やかに頷いたが、恐ろしいほどに関心を抱いていないのが分かる。
でも、私は気に入った。ケサパサ。なんだか面白い響きだし。
「しかし、あの群れをどかさないと、先に進めませんね」
今日は、ギルドの依頼を受けて、隣町まで行かねばならないのだ。ここで止まっているわけにはいかないのだが、道路は一面のふわふわ、もこもこで埋まっている。
「そうだな。風魔法で吹き払うか」
殿下が片手を上げると、手のひらに暴風のかたまりが生まれた。ぴしぴしと雷光を走らせながら、それがだんだん大きくなっていく。
途端に、ケサパサたちがぷるぷると柔毛を震わせ、
「ぴー! ぴぴー!」
「ひ、ひうぅぅ」
「で、殿下。泣いてます。怖がられてます」
「ん? 主殿は、アレの言葉が分かるのかね?」
「分かりませんけど。なんだか、可哀想で、聞いていられません」
「そうか」
ややあやふやな顔をして、殿下が作りかけの暴風を鎮めて手を下ろした。
うーん、どうしよう。
私は少し考えてから、一番近くにいたケサパサを両手で抱き上げた。ふんわり。予想通りの毛並みに、一瞬、状況を忘れて癒やされる。
「ぴ!」
ケサパサが鳴く。怖がってはいないようだ。
そのまま持ち上げて、力いっぱい、道路の脇に投げ飛ばす。だが、ケサパサはぴょーんと跳ねると、そのまま、大きくバウンドして仲間たちの方へ戻ろうとした。
「風よ!」
咄嗟に、風魔法でそよ風を吹かせる。ケサパサの毛がふわっと膨らみ、「ピピ!」と楽しげな声を上げて、離れたところに飛んでいった。
「一番弱い風魔法なら、喜んで飛んでいってくれるみたいですね」
「この分量のケサパサを、ひとつひとつ飛ばすのかね? まあ、主殿が望むならば……」
私はケサパサの群れを見回した。ざっと見て、五十匹はいるだろうか。
それから、ケサパサを抱き上げようとするイシルディア殿下を見た。私の中に、初めてといっていいくらい、途方もない考えが生まれた。
「……殿下」
「何かね、主殿?」
「勝負、しませんか? いや、して下さい」
「……」
殿下はケサパサを腕に抱いたまま振り返って、一瞬、「は?」という表情で私を見たのだが、さすがは殿下というべきか、すぐにすっと覆い隠して真面目な顔になった。
「勝負? どういうことか、教えてもらって構わないかね」
「だって、ほら。弱い魔法しか使えないなら、私でも、殿下に勝てる可能性があるじゃないですか。私、一度くらい、殿下と真剣勝負をしてみたいです!」
「真剣勝負? ケサパサで?」
「何であろうと、勝負は勝負です!」
力を込めて言い切ると、殿下の口元が歪んだ。堪え切れなかったようで、くくっと笑みが漏れる。
「……分かった。主殿のお望みどおり、真剣に勝負させて頂こう」
殿下は面白がっているみたいだが、冗談事ではないのだ。この勝負、本当に、私が勝たせてもらおう。
「ぴぴ!」
五匹目のケサパサが、そよ風に乗ってふわっと膨らんだ。
「よし! 五匹目」
飛んでけー! と念を込めて送り出す。
持ち上げてから飛ばすまでの一連の流れは無駄なくやれているし、ケサパサは気分良さそうだし、いいペースなのでは?
と、私が自画自賛していたとき。
「十匹目」
「……ぐ、ぐぬぅ」
「主殿。魔法発動までの時間が、以前に比べて二分の一程度に短縮されたな。手際もいい」
私の視線に気付くと、イシルディア殿下は穏やかに賛辞を述べてくれる。
その腕の中には、ケサパサが二匹。心なしか、私に向かって得意げな顔をしている気がする。
(殿下、いつもながら優しい)
その上、この余裕。真剣勝負とは何だと思っているのだろうか。児戯? やっぱり児戯なの?
もちろん、殿下が強くて、余裕があって、私への気遣いが行き届いていて、私が困ることは何もない。本気で殿下に対抗したいわけでもない。
でも、一回ぐらい、勝ってみたい!
そう思うことくらいは許されるのではなかろうか。
「……殿下、その余裕溢れる態度を、今日は完全に粉砕してみせます」
「うん?」
「たまには、敗北の味を教えて差し上げます!」
なにせ、私は敗北の味なら山ほど舐めてますからね……いや、駄目だ、これは自虐だ。黙っておこう。
とにかく、私が堂々と宣言すると、殿下は目を瞬かせ、少し考え込む表情を見せた。
「……なあ、あんたら、何なんだ? すごく強い冒険者コンビだって聞いたんだけど」
背後から、恐る恐るといった声で、御者が声を掛けてくる。
「いつもこんな調子だとか?」
「いや。そうではなくて、これはつまり……」
反抗期? 痴話喧嘩? 違うな……と、殿下はやや聞き捨てならない言葉を呟いた後、ようやく結論に辿り着いたようで、
「つまり、主従間の交流試合というものだよ」
「な、なるほど?」
すっきり理解したわけではなさそうだが、ある程度は納得できたようで、御者は頷いた。
納得できていないのは、私だけである。
(くっ……やっぱり児戯だと思われてる)
だが、口で何を言っても仕方がない。実力で黙ってもらわなければ。
私は、全力で思考を巡らせ、戦略を組み立てた。
もちろん、私は力不足だ。殿下よりずっと手足も短く、身体も小さい。ケサパサを持ち上げるところから、大きな差がついている。
魔法で複数のケサパサを浮かせ、複数同時に飛ばすしかない。複数の魔法を同時に詠唱し維持し解放し切り替える、できるかな?
(やるしかない)
素早く詠唱して固定。それを意識しながら次を固定。次を固定。
下級魔法ゆえに、五つぐらいなら維持できそうだ。
次に、群れなしているケサパサに目を向けて対象を選ぶ。五つ同時に浮かせ、持ち上げる。集中力が切れそうで、こめかみに汗が滲み出る。
「ぴぴ!」「ぴぴー!」
ケサパサの鳴き声を聞きながら、ふわっと浮いたところで魔法を解除。そよ風に切り替えて、方角に気をつけながら飛ばす。飛んだ。
(う、う……うまくいったけど、これ、疲れる……!)
しかも、これをもっと効率よく、洗練された動きでやるしかない。なぜなら、私の動作を見ていた殿下が、「おお、これはこれは」などと楽しそうに呟きながら、簡単に同じことをやってのけているからだ。
(くっ、負けない! 負けないんだから!)
途中で、意識がおぼろげになりそうだったが、私は頑張った。高度な集中力が必要とされすぎている。全てのケサパサを飛ばし終えたとき、私は思わず、地面にそのままへたりこんだ。
「二十五匹!」
「二十五匹」
私の叫びに、殿下の穏やかな声が重なる。
えっ、これ、引き分けなの?
もちろん、実力からすれば、引き分けでも上々、というところなのかもしれないが、こんなに必死で、無我夢中で頑張ったのに……
少し、目の前が滲みかけたとき、
「ぴぴ!」
私が宙に浮かせすぎたらしいケサパサが、勢いよく私の頭の上に落ちてきた。
「ぶへっ」
毛玉とはいえ、勢いをつければそれなりに威力が重たい。私はひしゃげた声を出して、地面に倒れ込み──
「だ、大丈夫かね、主殿?」
「に、二十六匹目! 二十六匹めですよね、殿下?!」
「うん? そのようだが……」
「やったー! 勝ったああああ」
全力で飛び上がって、ガッツポーズで歓喜の雄叫びを上げる私を見て、殿下は大いにどん引き……するでもなく、
「……はは! はは、ははは!」
なんと、腹を抱え、身体を二つ折りにして爆笑し始めた。
あ、あれ?
「……主殿は本当に、何にでも全力だな。そういえば、最初に会ったときも、あれだけ勝ちたがって……いや、とにかく、はは、主殿は面白い」
「た、楽しんでる場合じゃないですよ! 私が勝ったんですよ?!」
「そのとおりだ。負けても愉快に思える勝負があるとは思わなかった、目から鱗が落ちた気分だ」
目尻に滲んだ涙を拭いつつ、殿下はまだ笑い止まない顔で私を見上げ、
「笑いすぎると腹が痛い、というのも本当だったんだな。これだけ笑ったのも初めてだ」
「はあ……ソウデシタカ」
真面目に返すのも馬鹿馬鹿しい気分になってきて、私はむむっと頬を膨らませ、
「じゃあ、また勝負して下さい。チェスとかどうですか? 殿下のこと、けちょんけちょんに負かして差し上げますので」
「心底楽しそうだな。私は負けても楽しめると思うが、主殿はどうなのかね? 私に散々に負かされたときのことを、今から考えておいた方が良くないかね?」
「くっ! ま、負けませんから……!」
「なあ」
私たちが睨み合っていると(殿下はまだ笑っていたが)、力が抜けたような声で、御者が口を挟んできた。
「あんたら、やっぱり、いつもこんな感じなのか?」
「いえ、全然違いますけど」
毎日、何かが変わっている。私と殿下が一緒にいるかぎり。
今日はたまたま、こんな感じになったけれど、明日はまた、新しく何かが変わるだろう。
それが何か、予測もつかないから、私は明日も、殿下にちょっかいをかけようと決めている。
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