嫌われ聖女は魔獣が跋扈する辺境伯領に押し付けられる

kae

文字の大きさ
12 / 14

第12話

しおりを挟む
 目の前に、大量の鮮血が飛び散る。
 だけど不思議な事に、ちっとも痛みを感じない。

 訳が分からないけれど、体が勝手に動いて、剣をネメアの体に深々と突き刺した。
 
 パリ―ン!

 核をしっかりと破壊した手ごたえを感じる。
 ネメアは普通なら、何十人がかりで倒すような魔獣だ。
 どうやって倒したかなんて、俺にも分からない。


 そんなことどうでもよくなるくらい、重大なことが、今目の前で起きていたから。

「バトラー?」


 目の前に、グシャッと音がして倒れたバトラーがいて。

 力なく伏せるバトラーを、慌ててひっくり返す。
 動かさない方がいいとかいう段階の怪我ではない。

 傷口を押さえようにも、どこから押さえたらいいのかすら分からない。
 そのぐらいの、大きな穴から、大量の血液と共に、バトラーの命がこぼれ続けていた。

「バトラー! バトラー!!」

 俺の呼びかけに少しだけ、目が開いた気がした。それだけだった。

 ――ほんの少し、最期に一言、話す余裕さえないのか。

「……イヤだ。ダメだダメだ! バトラー! 目を開けろ!!!!!!!」

 ――頼むから。お願いだから。








「ヒール≪治療魔法≫!」

 サラの声がした。
 屋敷で待っているはずのサラがなぜ今ここに。救援を呼びに行った兵士たちが、呼んだのか?
フォセットならこの時間で着くだろうが、救援の兵士たちが、この時間で屋敷まで行けたとは思えない。


サラは必死の形相で、バトラーに、治療魔法をかけてくれる。
 服も手も、真っ赤に染まる事など意にも介さず。

 ――しかしこれ……これが、ここから、治るのか? こんなに血が流れて。どうやって……。


「バトラー……バトラー! 死ぬなよ!! 絶対にだ」

 全身の血液が凍り付いたかのような恐怖で全身が震える。
 父上が魔獣に殺されて。落ち込んだ母上が病に倒れて後を追うようにして死んだ後、俺の家族と言えるような存在はこいつだけになっていた。

 また失うことを恐れて、新しく大切なものを作らないようにしていた俺の、頼れる側近であり、兄であり、親友の、全ての役割をこいつ一人が引き受けていた。
 
これまで何人もの兵士達を、冷静に送ってきたけれど。とてもそんな余裕はない。


「お前に死なれたら困るんだよ!! お前だけは! 絶対に! 死ぬな!」

 子どものように泣き叫ぶ。
 子どもの時、怒って、泣いて、喚いたら、「仕方ないですねー」って言って、いつもコイツが折れて、願いを叶えてくれたから。
 だからそうすればきっと、作り物のように白くなった顔のバトラーが、目を開けてくれるに違いないと信じて。


「サラ……頼む。頼む……」

「ヒール! ……ヒール! ……ヒール!!」


 サラは全身を血に染めながら、何度も何度も、治療魔法を重ね掛けしてくれた。
 でも「大丈夫」とは、一言も言ってくれない。




 こんなことになるなら、サラとも出会わなければよかったんだろうか。
 サラに出会っていなければ、俺はきっと全てのことに絶望できて、この世から逃げだすこともできたかもしれないのに。



 俺が愛した人は、死ぬんだろうか。
 サラを新しく愛してしまったせいで、バトラーは死んだのだろうか。
 サラもまた、すぐに俺の前から去っていってしまうんだろうか。

「頼むから……」












「いや……、情熱的すぎでしょ」


 いつものバトラーの減らず口が聞こえた気がする。
 でも絶対に気のせいだと思って、顔を上げられない。
 顔を上げて、またあの白い顔を見たら、今度こそ俺は立ち上がれなくなるから。


「仕方ないだろう。家族はお前しかいなかったんだから」

 だから顔を伏せたまま、呟いてみた。

「はー……本当にサラ様と結婚できて、良かったですね。シリウス様」

 これは夢だろうか。幻聴だろうか。
 とてもか細く弱々しいけれど、いつものバトラーの減らず口が、確かに聞こえる。

 ここでやっと恐る恐る顔を上げて、バトラーの表情を覗き込む。
 相変わらず、とても生きているとは思えない、作り物のように真っ白な顔。

 よくこれで、減らず口を叩けたものだ。


「……いいからもう寝てろ。顔色悪いぞ」

 その俺の言葉に、フッと口元だけで笑って、バトラーは安心したように目を閉じた。
 数多くの死を見てきたから分かる。もう大丈夫だと。

「サラ、ありがとう。本当にありがとう」

 涙が次から次へと溢れてくる。
 サラを守るといいながら、守られているのはいつも、俺のほうだ。

「ありがとう」



 バトラーが助かったことに安心しすぎて、俺はこの時のサラがどんな表情をしていたか、思い出せない。




しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

追放された令嬢は英雄となって帰還する

影茸
恋愛
代々聖女を輩出して来た家系、リースブルク家。 だがその1人娘であるラストは聖女と認められるだけの才能が無く、彼女は冤罪を被せられ、婚約者である王子にも婚約破棄されて国を追放されることになる。 ーーー そしてその時彼女はその国で唯一自分を助けようとしてくれた青年に恋をした。 そしてそれから数年後、最強と呼ばれる魔女に弟子入りして英雄と呼ばれるようになったラストは、恋心を胸に国へと帰還する…… ※この作品は最初のプロローグだけを現段階だけで短編として投稿する予定です!

聖女が降臨した日が、運命の分かれ目でした

猫乃真鶴
ファンタジー
女神に供物と祈りを捧げ、豊穣を願う祭事の最中、聖女が降臨した。 聖女とは女神の力が顕現した存在。居るだけで豊穣が約束されるのだとそう言われている。 思ってもみない奇跡に一同が驚愕する中、第一王子のロイドだけはただ一人、皆とは違った視線を聖女に向けていた。 彼の婚約者であるレイアだけがそれに気付いた。 それが良いことなのかどうなのか、レイアには分からない。 けれども、なにかが胸の内に燻っている。 聖女が降臨したその日、それが大きくなったのだった。 ※このお話は、小説家になろう様にも掲載しています

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

団長様、再婚しましょう!~お転婆聖女の無茶苦茶な求婚~

甘寧
恋愛
主人公であるシャルルは、聖女らしからぬ言動を取っては側仕えを困らせていた。 そんなシャルルも、年頃の女性らしく好意を寄せる男性がいる。それが、冷酷無情で他人を寄せ付けない威圧感のある騎士団長のレオナード。 「大人の余裕が素敵」 彼にそんな事を言うのはシャルルだけ。 実は、そんな彼にはリオネルと言う一人息子がいる。だが、彼に妻がいた事を知る者も子供がいたと知る者もいなかった。そんな出生不明のリオネルだが、レオナードの事を父と尊敬し、彼に近付く令嬢は片っ端から潰していくほどのファザコンに育っていた。 ある日、街で攫われそうになったリオネルをシャルルが助けると、リオネルのシャルルを見る目が変わっていき、レオナードとの距離も縮まり始めた。 そんな折、リオネルの母だと言う者が現れ、波乱の予感が……

社畜聖女

碧井 汐桜香
ファンタジー
この国の聖女ルリーは、元孤児だ。 そんなルリーに他の聖女たちが仕事を押し付けている、という噂が流れて。

乙女ゲームっぽい世界に転生したけど何もかもうろ覚え!~たぶん悪役令嬢だと思うけど自信が無い~

天木奏音
恋愛
雨の日に滑って転んで頭を打った私は、気付いたら公爵令嬢ヴィオレッタに転生していた。 どうやらここは前世親しんだ乙女ゲームかラノベの世界っぽいけど、疲れ切ったアラフォーのうろんな記憶力では何の作品の世界か特定できない。 鑑で見た感じ、どう見ても悪役令嬢顔なヴィオレッタ。このままだと破滅一直線!?ヒロインっぽい子を探して仲良くなって、この世界では平穏無事に長生きしてみせます! ※他サイトにも掲載しています

【完結】次期聖女として育てられてきましたが、異父妹の出現で全てが終わりました。史上最高の聖女を追放した代償は高くつきます!

林 真帆
恋愛
マリアは聖女の血を受け継ぐ家系に生まれ、次期聖女として大切に育てられてきた。  マリア自身も、自分が聖女になり、全てを国と民に捧げるものと信じて疑わなかった。  そんなマリアの前に、異父妹のカタリナが突然現れる。  そして、カタリナが現れたことで、マリアの生活は一変する。  どうやら現聖女である母親のエリザベートが、マリアを追い出し、カタリナを次期聖女にしようと企んでいるようで……。 2022.6.22 第一章完結しました。 2022.7.5 第二章完結しました。 第一章は、主人公が理不尽な目に遭い、追放されるまでのお話です。 第二章は、主人公が国を追放された後の生活。まだまだ不幸は続きます。 第三章から徐々に主人公が報われる展開となる予定です。

処理中です...