そらの

欲野塊

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 季節は春。

 南から吹く風が心地よく、ユーリの長い髪を穏やかになびかせる。

 彼女の桃色の髪が地上より遥かに近い太陽の日に反射して、さらに鮮やかに見えた。

 船上でドタバタと働く汗臭い船員たちの元までユーリの華やかな香りが届くような、そんな錯覚を与えるほどに今日の風は心地いい。

 そんな暖かい風が一瞬、力強く吹いた。

「んー、そろそろかしら」

風に攫われそうになったキャプテンハットを五千人からなる野蛮な部下達を従える船長とは思えないしなやかな手で抑え、ユーリが言う。

「キャプテン!そんなとこに立ってたら落っこちちまいやすぜ」

薄汚れた真っ赤なバンダナを巻いた野蛮を絵に描いたような男が前歯にある金歯を光らせながら言う。

「船長の特等席はここでしょ、相場で決まってるのよ」

そう言って船首をカンカンと踏みつけて見せる。
「相変わらずですね」と呆れたように肩をすくめた後、男は続ける。

「キャプテン、今日は随分と機嫌がいいみたいで」

男が茶化すような笑みを浮かべて言うと、ユーナは立っていた船首で体制を崩し、慌てて甲板の柵を掴み男を睨みつけてまくし立てる。

「は、はぁ?何言ってんのアンタ、私が機嫌が良いって?何で?どうして?意味ワカンナイ、理由ガワランナイ。へ、へへへ、ヘルトとは何にも関係ないからね!言っておくけど!! 」

「へへ、オラァ、ヘルトさんのこととは一切言ってませんぜ」

ヘラヘラと男が笑うと作業をしながら聞き耳を立てていた部下たちも一緒に笑っている。

「あれで、隠せてるつもりなのかねぇ」
「キャプテンもやっぱ女だな」
「普段からあぁしてるとかわいいんだけど」
「ヘルトの旦那が相手じゃ仕方ねえ、男の俺でも抱かれちまいそうだぜ」
「ヘヘッ、ちげぇねぇ」

男たちがざわつく。ユーナの顔はみるみるうちに紅色に染まり……

「……テメェら!仕事サボってんじゃねぇぞ!いい度胸じゃねぇか。私の船で堂々とサボりなんて。よーしわかった、死にてえのか、死にてえんだな、よし並べ。今すぐ並べ!一列に!前に習え!休まず死ね!一人ずつ……いや五人ずついっぺんに、殺してやる!」

先程までの華奢で可憐なイメージとは打って変わって、鬼のような怒号をぶちまけるやいなや、腰に刺さった剣を抜き振り回してる。

「まあまあ、落ち着いてくださいよキャプテン」

真っ赤なバンダナの男が慣れたそぶりで、怒り狂うユーナをなだめに入る。

「うるさいうるさいうるさい!副船長!そもそもアンタが事の発端でしょ!責任とって死になさい!」

よほど恥ずかしいのか涙目で暴れるユーナ。

「五千の悪党を部下に持ち、世間じゃアンタの名前を聞くだけで震えがって糞尿撒き散らし怯えるほど悪名轟くアンタが、こんなことで狼狽えてどうするんですかい」

「ア、アンタがまるで私がヘルトに会いたくて会いたくて仕方なくてこの日を1年間ずっとずっとずーっと待ち望んでたみたいに言うから!昨日だって楽しみで楽しみで一睡もしてないけど、目の下にクマとかできてたらどうしよう、ヘルトに嫌われちゃうかな、でもヘルトならそんな私も受け入れてくれるかも……『ユーナ、そんなにオレのことを……愛してるぜユーナ。君の瞳に乾杯』『キャッ♡私もよ♡乾杯♡』……とか思ってるっていうから!」

「そんなこと思ってたんですかい……ヘルトさんのキャラ変わってねぇですか」

「っ!!誘導尋問!?我が右腕ながら恐ろしいわねアンタ!」

「完全な自白でしょ、自発的な」

「うるさい!その手には引っかからないわよ」

「落ち着いてくだせえよキャプテン」

「落ち着いてるわよ!」

「そろそろ支度しねえと、着きやすぜ。……ほら」

 そう言って副船長が指す。

世界で唯一、空に浮かぶ島。

【エリュティア】

一年中、青々と生い茂った大木に囲まれ、地上には存在しない生物や植物が独自の生態系を形成している。
雲より高いその島はまるで、雲が海のように広がっていて、その神々しさを際立たせている。
空を旅するものしか訪れることのできない夢の島。

 まだ、少し先に見えるエリュティアを観てユーナが正気を取り戻す。

「久しぶりね、この景色」

「ええ、三度目ですね」

「やっぱり、一度目のみんなで見た〝あの景色〟には敵わないけど……何度観ても素敵ね」

少し目を細め、感動とノスタルジックが入り混じったような表情で島を見つめる。

これまで非道な行為を繰り返してきた悪党達も、この時ばかりは心が洗われる。

しばらくして、ゆっくりと息を吸い込むとユーナは手に持っていた剣を天に掲げ、そのまま島へと振り下ろした。

「長き旅であったがエリュティアの地は見えた!我らが〝王〟ヘルトが彼の地で待っているはずよ!気を引き締めなさい!いいわね!?」

「ウオオオオオオォォォォォォ!」

美しき空賊、キャプテンユーナの号令に続き、男達の野太い声が、空にこだまする。

ユーナは小さく呟いた。

「来たわよヘルト、言われた通りね。他の奴らもきっと来るわ、だってみんなアンタの言うことなら何でも聞いちゃうもの」

妬いている少女のような表情を浮かべ、しかし、それ以上に高まる期待と興奮を胸に。

舟は島へと進む。
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