23 / 49
第二部 前編
06 芸術の秋
しおりを挟む味付けをマキナに任せて、人間たちは食卓で料理を待つことにした。
ポールの祖父はテーブルに雑誌等を並べては、それらを物色していた。
手元の情報端末を見て
「ふむ……ケ、つまらん記事ばっか書きおって」
とぶつくさ文句を言っている。
「ロゼは何に興味ある?」
ポールが気を利かせてくれた。
小さなお客さんは、お爺さんが並べていた雑誌を眺めた。
「クラシック?」
ロゼは重厚感のある茶色い表紙の雑誌を手に取った。
「音楽に興味あるの?」
「音楽?」
「うん」
ポールはその雑誌のページをめくって見せた。
「わあ……!」
雑誌には、曲のイメージ画や楽器、オーケストラの写真がずっしり並んでいた。
「クラシックは歴史ある音楽なんだ。ポップスより古くて、皆に感動を与えてきた音楽なんだよ」
「へえ、そうなんだ!」
ロゼはページをめくるだけでワクワクした。
「綺麗で……おしゃれね!」
「そうなんだよ! こういうおしゃれなものは紙で欲しくてさ」
「どんな曲なんだろう」
ロゼには曲のイメージが掴めなかった。
「う~ん」
ポールがどう言葉で表すか悩んでいると、祖父が「どれ、かけてやろう」と言って、立ち上がった。
「えっ」祖父の意外な行動に驚きを隠せない。
「いいの?」
ロゼは目を輝かせた。
「確かに……聞けば早いか」
二人が腰掛けて待っていると、部屋のスピーカーから重厚な音楽が流れ始めた。
弦楽器の低音が、心地よいメロディーを奏でている。
「これが……クラシック?」
「うん。この楽器はチェロ。曲はバッハの「プレリュード第一番」。俺はバッハが好きなんだ」
「へえ、いい曲ね」
「ほかにもあるよ」
そう言ってポールが流したのは、バッハの「アリア」だった。先程と同じチェロの他にバイオリンの高音のメロディーが鳴り響いた。
「綺麗な音」
「さっきのプレリュードはソロだったけど、これみたいに何重奏にもなると、荘厳で立派だろう?」
「うん、素敵……!」
本物も聞けたらなと心の底から思った。
ポールは客人がいるのも忘れてクラシックの音色に聞き惚れた。
ロゼは紙束を漁った。
その中で、可愛いイラストの紙に目を奪われた。
「くるみ割り……人形……?」
「うむ? ああ、来月やるバレエのクリスマス公演のチラシだな」
「来月?」
お爺さんに教えてもらい、もう一度じっとチラシを見てみた。「バレエ……」
「観に行ってみる?」
ポールが覗き込んできた。
「う、うん。観てみたいけど……」
少女は少し戸惑った。
ポールの祖父が「うーん」と唸り、難しい顔をした。
「この子は孤児だろう? 苗字もない子がドレスコードのある場所には、行けないなあ」
「そんな……」
ポールはとてもがっかりした。
横を見ればロゼも肩を落としていた。
しかし内心わかっていたのだろう。彼女は「うんうん」と気を取り直し頷いていた。
それでも何かこの子にできることはないだろうか。
瞳を動かして悩み、やがて名案を思いつき「あ!」と声を出した。
「なっ、何!?」
ロゼは目を丸くした。
「ロゼ、今だけ俺の妹になってよ!」
「え!?」
ポールはチラシを持ち上げた。
「俺の名前で申し込んであげるから、一緒に行こう」
その提案に小さな顔がぱあっと笑顔になり、みるみる明るさを取り戻した。
「ロゼ・ゼファーとして登録するのね!」
「そういうこと!」
「マキナもいけるの?」
ロゼの言葉に、ポールの顔が一気に渋くなった。
「えっとね、ロゼ。席に限りがあるから、舞台とかそういうのは――」
ロボットは行けないのだという。
美術館は入れるが、ロボットに芸術は基本必要ないものとされているようで、舞台や映画等には立ち合いはできないらしい。
ロゼが三度肩を落としていると、キッチンからマキナが戻ってきた。
主人を見るなり明るい声で励まそうと声を掛けた。
「ロゼ、私に構わず楽しんでください」
「あ、マキナ。うん……」
気にするなと言われても、マキナ無しで楽しめるか不安だ。
ポールは彼女の不安を拭おうとして
「ドレスはレンタルできるよ。心配しなくても大丈夫」
と言った。
「ありがとう。今度マキナと見てくる」
「うん。そうするといいよ」
祖父がトイレに立っている間に、ポールはロゼを含め三人分の席を予約した。
「おじいちゃんの分?」と隣から覗かれた。
「うん」
ポールは登録ボタンを押した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる