0と1の感情

ミズイロアシ

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第二部

06 芸術の秋

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 味付けをマキナに任せて、人間たちは食卓で料理を待つことにした。

 ポールの祖父はテーブルに雑誌等を並べては、それらを物色していた。
 手元の情報端末を見て

「ふむ……ケ、つまらん記事ばっか書きおって」

とぶつくさ文句を言っている。

「ロゼは何に興味ある?」
 ポールが気を利かせてくれた。

 小さなお客さんは、お爺さんが並べていた雑誌を眺めた。

「クラシック?」
 ロゼは重厚感のある茶色い表紙の雑誌を手に取った。

「音楽に興味あるの?」
「音楽?」
「うん」

 ポールはその雑誌のページをめくって見せた。

「わあ……!」

 雑誌には、曲のイメージ画や楽器、オーケストラの写真がずっしり並んでいた。

「クラシックは歴史ある音楽なんだ。ポップスより古くて、皆に感動を与えてきた音楽なんだよ」

「へえ、そうなんだ!」
 ロゼはページをめくるだけでワクワクした。
「綺麗で……おしゃれね!」

「そうなんだよ! こういうおしゃれなものは紙で欲しくてさ」
「どんな曲なんだろう」

 ロゼには曲のイメージが掴めなかった。

「う~ん」

 ポールがどう言葉で表すか悩んでいると、祖父が「どれ、かけてやろう」と言って、立ち上がった。

「えっ」祖父の意外な行動に驚きを隠せない。

「いいの?」
 ロゼは目を輝かせた。

「確かに……聞けば早いか」

 二人が腰掛けて待っていると、部屋のスピーカーから重厚な音楽が流れ始めた。
 
 弦楽器の低音が、心地よいメロディーを奏でている。

「これが……クラシック?」

「うん。この楽器はチェロ。曲はバッハの「プレリュード第一番」。俺はバッハが好きなんだ」
「へえ、いい曲ね」
「ほかにもあるよ」

 そう言ってポールが流したのは、バッハの「アリア」だった。先程と同じチェロの他にバイオリンの高音のメロディーが鳴り響いた。

「綺麗な音」
「さっきのプレリュードはソロだったけど、これみたいに何重奏にもなると、荘厳で立派だろう?」

「うん、素敵……!」
 本物も聞けたらなと心の底から思った。

 ポールは客人がいるのも忘れてクラシックの音色に聞き惚れた。

 ロゼは紙束を漁った。
 その中で、可愛いイラストの紙に目を奪われた。

「くるみ割り……人形……?」

「うむ? ああ、来月やるバレエのクリスマス公演のチラシだな」
「来月?」

 お爺さんに教えてもらい、もう一度じっとチラシを見てみた。「バレエ……」

「観に行ってみる?」

 ポールが覗き込んできた。

「う、うん。観てみたいけど……」

 少女は少し戸惑った。

 ポールの祖父が「うーん」と唸り、難しい顔をした。
「この子は孤児だろう? 苗字もない子がドレスコードのある場所には、行けないなあ」

「そんな……」
 ポールはとてもがっかりした。

 横を見ればロゼも肩を落としていた。

 しかし内心わかっていたのだろう。彼女は「うんうん」と気を取り直し頷いていた。

 それでも何かこの子にできることはないだろうか。

 瞳を動かして悩み、やがて名案を思いつき「あ!」と声を出した。

「なっ、何!?」
 ロゼは目を丸くした。

「ロゼ、今だけ俺の妹になってよ!」
「え!?」

 ポールはチラシを持ち上げた。

「俺の名前で申し込んであげるから、一緒に行こう」

 その提案に小さな顔がぱあっと笑顔になり、みるみる明るさを取り戻した。

「ロゼ・ゼファーとして登録するのね!」
「そういうこと!」

「マキナもいけるの?」

 ロゼの言葉に、ポールの顔が一気に渋くなった。

「えっとね、ロゼ。席に限りがあるから、舞台とかそういうのは――」

 ロボットは行けないのだという。
 美術館は入れるが、ロボットに芸術は基本必要ないものとされているようで、舞台や映画等には立ち合いはできないらしい。

 ロゼが三度肩を落としていると、キッチンからマキナが戻ってきた。

 主人を見るなり明るい声で励まそうと声を掛けた。

「ロゼ、私に構わず楽しんでください」

「あ、マキナ。うん……」

 気にするなと言われても、マキナ無しで楽しめるか不安だ。

 ポールは彼女の不安を拭おうとして

「ドレスはレンタルできるよ。心配しなくても大丈夫」

と言った。

「ありがとう。今度マキナと見てくる」

「うん。そうするといいよ」

 祖父がトイレに立っている間に、ポールはロゼを含め三人分の席を予約した。

「おじいちゃんの分?」と隣から覗かれた。

「うん」
 ポールは登録ボタンを押した。

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