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第二部
06 合縁奇縁の夜
しおりを挟むふと足元を見ると、ハンカチが落ちている。黒い青年はスッと拾い上げた。
「うんー? 落し物か? ダグ」
その動作を見ていた親友が言った。
「ああ、多分」
青い鳥の刺繍が入ったハンカチだ。
「ん……今の人に訊いてくる!」
と言って走り出すダグラスを、エリオとロゼは見送った。
運良く目当ての女性はまだ広場におり、数メートル先を歩いていた。
イルミネーションの中で見失う前にと、その後ろ姿に声を掛けた。
「待ってください、マダム!」
先程のご婦人は直ぐに立ち止まってくれた。
青年から例のハンカチを受け取ると
「まあ、ありがとう! 誠実そうな方に拾われて、このハンカチも喜んでいることでしょうね」
と感謝を口にした。
「誠実って、俺は――……っ」
その続きは、苦虫を噛み潰したよう顔で自分の胸に問いただした。
「好青年ね。さっきぶつかってしまった彼にも、よろしくね。オウヴォアー」
マダムは去っていった。
「彼……?」
取り残された青年は、あの女性が、全て見えた上で自分たちをそう捉えたのだと悟った。
青年と別れたマダムは、階段を登り切った場所に、お迎えの人を見つけた。
真っ当な燕尾服で出迎える男性は、すらっとしていて、上品なマダムにお似合いの、品のいい佇まいだった。
服と同じ黒の手袋を付けた手で、慣れた手つきで婦人をエスコートした。
数十メートル程離れた場所、更には電飾の逆光が邪魔をして顔や年齢は判別できないが、白髪だろうということはダグラスにも見て取れた。
雪のような真っ白な頭髪がぼんやり反射していた。
燕尾服を着こなした白髪の紳士は、目の悪い婦人に腕を差し出した。
「さっきの――……お知り合いかな?」
「いいえ、初めてお会いしたムッシュだわ。これを、拾ってくれたのよ?」
ハンカチを見せながら、差し出された腕に手を通した。
「へぇ。良い人に巡り合えたんだね」
「ええ。この青い鳥が、導いてくれたのかしら」
そう言って、愛おしそうに青い鳥が描かれたハンカチを見つめた。
石階段を慎重に下りる。
「僕がエスコートしているとはいえ、段差には気を付けてよ?」
「ええ、大丈夫よ」
紳士は婦人の腕をしっかりホールドし、一段一段を彼女のペースに合わせて下る。
「……ところで、どうだった?――バレエは」
「楽しかったわ。あなたも観られたら、きっと気に入るわよ」
マダムはとても嬉しそうだ。
「あは、それは残念。僕は温かい自宅で、あなたの感想をじっくり聞くとするよ、お母さん」
二人の後姿を遠目に見ていたダグラスの元に、エリオとロゼが合流した。
「おーい、ダグ」
「お……エリオ」
その声色はまだ少し気が抜けたものだった。
「渡せたか?」
「ああ、うん」
もう一度振り返ったが、既に婦人らの姿は無かった。
不思議な出会いだった。
不思議な女性だったと思った。
ロゼたちも、帰りの階段を下るため歩き出した。
階段に差掛って、ダグラスは親友の名を口にした。
「エリオ、掴まって?」
「お、おう……」
お言葉に甘えて、親友の肩に控えめに手を置いた。
「私も支えてあげる!」
少女はエリオの腕に掴まった。
エリオとロゼの指が触れ合って静電気が発生した。
「イタッ! おい、ロゼ。静電気が」
「我慢してよ。私も痛かったあ!」
おかしな言い合いを聞いたダグラスは、口をぐっと結んで笑いを我慢した。
エリオはゲッソリな面持ちとなって、ロゼを腕にぶら下げた。
「支えるっつーかあ……しがみついてるだけじゃ――」
「文句言わないのー」
凍り付くような石階段、青年たちは慎重に下りた。
両側からくっ付かれて歩きにくさを感じながら、温もりと心にゆとりも同時に得たエリオだった。
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