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『好きなとこに適当に座れ』
『あ、うん』
えっと……誰かいるのかな……?
キョロキョロとリビングを見た。
『誰もいない』
『あ、そうなんだ』
「じゃあさ、俺はもう声で話していいよな?」
『そんなの好きにしろ。俺も好きにする』
「おう、じゃあそうするわ」
返事をしながら、心の声と普通の声の奇妙なかけ合いになぜだか楽しくなった。それこそ初めての経験だ。でも俺は気味が悪いよりもワクワクした。
まるでモデルハウスのような黒木の家に圧倒されながら、俺はリビングの中央に置かれた革張りの高級そうな白いソファに腰を下ろす。
おお、座り心地最高!
黒木の家は学校から徒歩十五分くらいの、街中にあるでっかいマンションの最上階だった。
なんだよ黒木、金持ちかよ。
でもなにか違和感がある。最上階で立派なのに、その割には部屋数が少ない。家族で住むには小さい気がする。
『家族はいない』
「……え?」
あ……もしかして親がいないのか……? 亡くなったとか……?
どう言えばいいのかわからず困っていると『ああ、違う』と返ってきた。
『俺は家を出てる。いまは一人暮らしだ』
「え、マジ?」
なんで? と続けようとしてやめた。
黒木が言いづらい理由かもしれないから。
海外転勤? それとも……再婚で気まずいとか? 他にどんな理由があるんだろう。
もしかして…………いやまさか。もしそうだったらつらすぎる。
頭の隅をかすめた理由を、俺は見ないフリをした。
キッチンにいる黒木がじっと俺を見ていることに気づき、ギクリとした。
いま考えてたことも全部ダダ漏れだ。
なんで? と聞かなくても聞いたのと同じことだった。
「な、なに?」
『それが正解だ』
「え?」
それってなに? 正解って……どれが?
『俺が家を出たのは……。追い出されたのは、この力のせいだ』
「お……追い出された……?」
愕然として黒木を見た。
信じられないことを聞かされたはずなのに、黒木の表情はなにも変わらない。少しも、一ミリも。
『野間はなに飲む?』
「へ? ……あ、えっと」
冷蔵庫の扉を全開にして、黒木はズラッと並んだペットボトルを見せてくる。
「……いや黒木、それコーラばっかじゃん」
ポツポツと水とスポドリが混ざって、残りはコーラがズラリ。
そして食べ物が見当たらない。
「……じゃあ、コーラで」
『ん』
ここでの黒木の生活が目に見えるようだった。
そんなんじゃ身体ボロボロになるって……。
「……え、黒木……中学から一人なの……?」
『正確には小六の終わりだな。家のことはハウスキーパーがやってた。いまは全部一人でやってる』
信じられない思いで、向いのソファに座っている黒木を見た。
黒木が声を使わないと言った意味がやっとわかった。
本当に誰ともしゃべらないんだ。話す相手がいないから。
小六の終わりから一人って……俺には想像もできない。
「いや、そもそもその歳で一人とかありえんの? 法律とかそういうの……」
『さあな。名義は親だからな。誰も本当に一人で住んでるなんて思わないんだろ。ハウスキーパーも出入りしてたし』
確かに思わないだろうな。まさか小学生が一人で住んでるなんて。
「なんで……追い出されたの……って、聞いてもいいか?」
『逆に……野間は家族と上手くやれてるのか? 親は知ってるんだろ?』
「うちは、親は知らないよ。誰も知らない。黒木だけだよ」
『……あ、もしかして生まれつきじゃないのか? 後天性?』
そう聞くってことは黒木も生まれつきなんだな、とわかった。
するとすぐさま黒木の目が見開いて『生まれつきで親が知らないのか……?』と信じられないものを見る目で俺を凝視した。
だから俺は自分の幼少期の話をした。いまはネタのように「心を読むみたいになんでも言い当てる気持ちの悪い子だった」と度々話に出てくることも。
『……そうか。野間が俺みたいにならなくて良かった』
「黒木、は……?」
『よく覚えてない。それくらい昔に、俺は絶対に知りえるはずのない父さんの仕事のこと、母さんの不倫相手の名前、色々やらかしたらしい。もう記憶にある頃からずっと化け物扱いだ』
「……化け物って……っ」
平気そうな顔で淡々と語る黒木に、俺の方がつらくて胸が苦しくなった。
『父さんが、中学に上がったら一人で暮らせと言ってこのマンションを用意してきた。だから卒業前にさっさと家を出たんだ。…………なんで野間がそんな顔をする……?』
俺はまるで自分が体験した出来事のように感じてしまって、つらすぎて普通の顔がもうできない。
たまたまだ。俺が力のことを知られず乗り切れたのは、たまたまだ。
親は二人とも不倫なんてしてないし、夫婦で酒屋をやっているだけ。聞かれて困るような機密情報なんてない。
黒木と俺の違いなんてきっとそれだけだ。それだけで、こんなに真逆の人生だなんて……。
「黒木……つらかったな……っ」
口を開いたらもうダメだった。
鼻の奥がツンとして一気に涙があふれてくる。
『どうして野間が泣くんだ……。泣くな』
「…………わりぃ……」
『謝るな。そうじゃない。野間の優しい気持ちが流れてくるからわかってる。……ありがとな、野間』
ふわっと黒木が微笑んだ。
なんだよ……ここでそんな顔されたら余計涙止まんないじゃん。ばかやろ。
心で悪態をつくと、黒木がクッと笑った。
『あ、うん』
えっと……誰かいるのかな……?
キョロキョロとリビングを見た。
『誰もいない』
『あ、そうなんだ』
「じゃあさ、俺はもう声で話していいよな?」
『そんなの好きにしろ。俺も好きにする』
「おう、じゃあそうするわ」
返事をしながら、心の声と普通の声の奇妙なかけ合いになぜだか楽しくなった。それこそ初めての経験だ。でも俺は気味が悪いよりもワクワクした。
まるでモデルハウスのような黒木の家に圧倒されながら、俺はリビングの中央に置かれた革張りの高級そうな白いソファに腰を下ろす。
おお、座り心地最高!
黒木の家は学校から徒歩十五分くらいの、街中にあるでっかいマンションの最上階だった。
なんだよ黒木、金持ちかよ。
でもなにか違和感がある。最上階で立派なのに、その割には部屋数が少ない。家族で住むには小さい気がする。
『家族はいない』
「……え?」
あ……もしかして親がいないのか……? 亡くなったとか……?
どう言えばいいのかわからず困っていると『ああ、違う』と返ってきた。
『俺は家を出てる。いまは一人暮らしだ』
「え、マジ?」
なんで? と続けようとしてやめた。
黒木が言いづらい理由かもしれないから。
海外転勤? それとも……再婚で気まずいとか? 他にどんな理由があるんだろう。
もしかして…………いやまさか。もしそうだったらつらすぎる。
頭の隅をかすめた理由を、俺は見ないフリをした。
キッチンにいる黒木がじっと俺を見ていることに気づき、ギクリとした。
いま考えてたことも全部ダダ漏れだ。
なんで? と聞かなくても聞いたのと同じことだった。
「な、なに?」
『それが正解だ』
「え?」
それってなに? 正解って……どれが?
『俺が家を出たのは……。追い出されたのは、この力のせいだ』
「お……追い出された……?」
愕然として黒木を見た。
信じられないことを聞かされたはずなのに、黒木の表情はなにも変わらない。少しも、一ミリも。
『野間はなに飲む?』
「へ? ……あ、えっと」
冷蔵庫の扉を全開にして、黒木はズラッと並んだペットボトルを見せてくる。
「……いや黒木、それコーラばっかじゃん」
ポツポツと水とスポドリが混ざって、残りはコーラがズラリ。
そして食べ物が見当たらない。
「……じゃあ、コーラで」
『ん』
ここでの黒木の生活が目に見えるようだった。
そんなんじゃ身体ボロボロになるって……。
「……え、黒木……中学から一人なの……?」
『正確には小六の終わりだな。家のことはハウスキーパーがやってた。いまは全部一人でやってる』
信じられない思いで、向いのソファに座っている黒木を見た。
黒木が声を使わないと言った意味がやっとわかった。
本当に誰ともしゃべらないんだ。話す相手がいないから。
小六の終わりから一人って……俺には想像もできない。
「いや、そもそもその歳で一人とかありえんの? 法律とかそういうの……」
『さあな。名義は親だからな。誰も本当に一人で住んでるなんて思わないんだろ。ハウスキーパーも出入りしてたし』
確かに思わないだろうな。まさか小学生が一人で住んでるなんて。
「なんで……追い出されたの……って、聞いてもいいか?」
『逆に……野間は家族と上手くやれてるのか? 親は知ってるんだろ?』
「うちは、親は知らないよ。誰も知らない。黒木だけだよ」
『……あ、もしかして生まれつきじゃないのか? 後天性?』
そう聞くってことは黒木も生まれつきなんだな、とわかった。
するとすぐさま黒木の目が見開いて『生まれつきで親が知らないのか……?』と信じられないものを見る目で俺を凝視した。
だから俺は自分の幼少期の話をした。いまはネタのように「心を読むみたいになんでも言い当てる気持ちの悪い子だった」と度々話に出てくることも。
『……そうか。野間が俺みたいにならなくて良かった』
「黒木、は……?」
『よく覚えてない。それくらい昔に、俺は絶対に知りえるはずのない父さんの仕事のこと、母さんの不倫相手の名前、色々やらかしたらしい。もう記憶にある頃からずっと化け物扱いだ』
「……化け物って……っ」
平気そうな顔で淡々と語る黒木に、俺の方がつらくて胸が苦しくなった。
『父さんが、中学に上がったら一人で暮らせと言ってこのマンションを用意してきた。だから卒業前にさっさと家を出たんだ。…………なんで野間がそんな顔をする……?』
俺はまるで自分が体験した出来事のように感じてしまって、つらすぎて普通の顔がもうできない。
たまたまだ。俺が力のことを知られず乗り切れたのは、たまたまだ。
親は二人とも不倫なんてしてないし、夫婦で酒屋をやっているだけ。聞かれて困るような機密情報なんてない。
黒木と俺の違いなんてきっとそれだけだ。それだけで、こんなに真逆の人生だなんて……。
「黒木……つらかったな……っ」
口を開いたらもうダメだった。
鼻の奥がツンとして一気に涙があふれてくる。
『どうして野間が泣くんだ……。泣くな』
「…………わりぃ……」
『謝るな。そうじゃない。野間の優しい気持ちが流れてくるからわかってる。……ありがとな、野間』
ふわっと黒木が微笑んだ。
なんだよ……ここでそんな顔されたら余計涙止まんないじゃん。ばかやろ。
心で悪態をつくと、黒木がクッと笑った。
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