心が聞こえる二人の恋の物語

たっこ

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9〈黒木〉

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 二人でレジに向かう途中で心のSOSが飛んできた。
 
『届かない……。もうちょっとなのに……誰か通らないかな……』
 
 聞こえては来るが、どこから聞こえるのかわからない。
 俺はいつものようにスルーしたが、野間は違った。
 キョロキョロ辺りを見回しながら陳列の間を覗いてまわる。車椅子の女性が棚に必死で手を伸ばしているのを見つけると、俺にカートを渡してすぐに駆け寄って行った。

『あ、おい……』
 
 慌てて俺も追いかけた。
 そうか。野間は……助けるんだな。そうだな、野間はそういうヤツだ……。

「俺、取りますよ? どれですか?」
「あ、す、すみません。じゃあえっと一番上の……あ、それです」
「はい、どうぞ」
「すみません、ありがとうございます」
「他にもなにかお手伝いできることありますか?」
「あ……いいえ、今日はもう大丈夫です。……でもあの……その言葉とても嬉しいです。ありがとうございます」
「いえいえ、お役に立てて良かったです。じゃあ俺、行きますね」
「本当にありがとうございました」

 女性にペコッとお辞儀して野間は俺を振り返った。
 行こっか、とカートを押して歩きだす。

「黒木? どうしたそんな顔して?」
『……野間は……いつもそんなことまで助けてるのか?』
「え? ……あ」
『まあ、聞こえちゃうからさぁ。無視できねぇんだよな。黒木は助けねぇの?』
『……俺は……命に……関わること以外は……』

 といっても……そんなことはほとんどない。
 『苦しい……誰か……助けて……』駅の隅でうずくまった男性が発したSOS。状態を確認して駅員に報告、あとは駅員が救急車を呼んだ。たぶん俺が心を読んで助けたのはそれだけだ。

『良かった』
『……え?』

 俺を見上げた野間が嬉しそうに笑っていた。

『命に関わることは助けるんだなって。だから良かった』
 
 ……本心だろうか。
 本当は軽蔑してないだろうか。いまから過去に戻ってすべてやり直したいと思うくらい、野間の心が怖かった。
 野間に軽蔑されたくない……。
 
『聞こえちゃったら無視できなくなるのが俺のダメなとこだよなぁ。確かに全部助けてたらきりがない時もあるしなぁ。てか黒木と俺、足して二で割るくらいがちょうどいいんじゃね? あ、てことはやっぱ俺ら一緒にいればちょうどいいんじゃんっ』

 いやそれはちょっと違うだろう、と思いながら、聞こえてきた野間の心にホッとして息をついた。
 やっぱり野間の言葉には嘘がない。もう何度もそう再確認している。
 本当に、野間といると安心する。

『……俺も、今後は野間を見習う』
『いや、んな無理しなくても』
『いや……俺も、野間のようになりたいんだ』
『へっ? な、なんだそれ、なんか照れるじゃんっ!』

 野間を見ると、頬がうっすら赤くなっていた。
 やっぱり可愛い。なんだろう、野間といると最近胸がこそばゆい。

『今後は俺もあれだなー。医療ドラマで観るさ、あの……なんか災害とか大事故とかで出てくるさ、患者を色分けするやつ、なんてったっけ? トルアー……えと……』
『トリアージか?』
『そうそれ! それで言う黄色くらいから助ければいいよな。俺はついつい緑からやっちゃうからさ』
『……逆に野間はそれだと気にして苦しみそうだな』
『えー……どうだろ。んー……』
『野間はそのままでいい。そのままでいろ。代わりに俺が半分背負う。今後は、二人でやればいい』

 すると野間は俺を見上げ、呆けたような顔で見つめてきた。
 頬が赤いのはさっきのなごりだろうか。
 俺なんか変なこと言ったか?

『……え、なんかいまの……俺が半分背負うって……やばっ。心臓突き刺さった。やばっ』
『なんだ、どういう意味だ?』
『……っぅえ! いや、なんでもねぇよっ!』

「く、黒木っ。俺レジ行くから向こうで待ってろよっ」
「いや金は俺が払う」
「今日は俺が払うからっ。じゃないと母さんに怒られるっ」

 ほらと背中を押されて仕方なくレジの向こう側へ移動した。
 待ってる間、レジに並んでる野間はずっと手のひらで顔をあおいでいた。
 野間はずいぶんと暑がりなんだなと俺は笑った。

 
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