ふれていたい、永遠に

たっこ

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番外編

神宮寺家 5

「秋人くん」
「は……はい」

 不意に話しかけられて、声が震えた。こらえた涙がまたあふれる。

「君は、役を引きずってるということはないのかな?」
「わ……私、は」

 だめだ。ひどい涙声になった。

「秋さん」

 蓮が俺を気づかうように背中を撫でる。

「ん、ごめ……」
 
 なんで俺は蓮のことになるとすぐ涙腺がゆるむんだろう。あんな話を聞かされたらもうだめだ。本当に好きすぎてだめだ。こんなときになにやってるんだ。
 俺はぐっと涙を飲み込み、深呼吸をした。
 
「私には、蓮の……蓮さんのように役に入り込む才能はありません。あのドラマでは、蓮さんへの思いを隠すこともできずに必死で演じているフリをしていました。撮影中ずっと……私は演じていません。あれはそのまま私でした。ですので役を引きずっているということは決してありません」
「秋さん……」

 お父さんは小さくうなずいてじっと俺たちを見る。
 お母さんがそっと立ち上がってお姉さんの隣に座り、手を取り合うのが見えた。
 心配そうに見守ってくれている……のかと思えば、二人の目がキラキラしていた。それを見て、こんなときなのに美月さんを思い出す。おかげで少し冷静になれた。

「お前たちは、普通にしてても注目される仕事だ。昨日のニュースだけでもそれはわかるな」
「……うん」
「……はい」
「もし二人の関係が世間にバレたときはどうするつもりだ? 蓮はいままで、なによりも演劇優先だったな」
「俺は、なにがあっても秋さんを諦めないよ。もしバレて仕事ができなくなっても、絶対に秋さんを諦めない。いまはもう、演劇よりも秋さんなんだ。秋さんがいないと……きっともう俺は演技もできない……」

 想像するだけでつらい、そういう表情をしていた。
 俺も同じだ。どうしてこんなに制御もできないくらい好きなんだろう。

「私も、たとえなにがあっても蓮さんだけは諦めません。絶対に離れません。もしもバレたときには……堂々と世間に発表したいと思っています。私はグループで活動していますが、そのときにはメンバーも味方になると言ってくれています」
「メンバーも知っているのか?」
「はい。まだ二人だけですが……。それから、マネージャーも知っています」
「美月さんも知ってる」
「…………なるほど」
「あの……ですが、絶対にバレないように最善をつくします。蓮さんが俳優という仕事を生きがいとしていることは充分にわかっています。それは絶対に奪いません」
 
 蓮が「俺の生きがいはもう秋さんなんだけど……」とつぶやいた。俺の生きがいだってもう蓮だよ。

 お父さんはなにも言わずに黙り込んでいた。
 なにがあっても諦めないと言ってしまった。それはお父さんに反対されても諦めない、と言っているのと同じだ。
 もちろん諦めるつもりはないし、そう伝えるつもりだったけれど、急に不安になった。このままだと蓮とお父さんは仲たがいしてしまうかもしれないんだ。
 でも……俺はもう、絶対に蓮を諦められない……。

「なるほど。どうなってもお前たちは別れないと。そういう覚悟だということだな?」
「そうだよ」
「私がどれだけ反対しても、だめなんだな?」
「……父さんが反対しても、俺は秋さんを諦めないよ。一生一緒にいるって決めたんだ。軽い気持ちで結婚式を挙げるなんて言わないよ」

 お父さんは蓮を見据えたあと、ゆっくりと俺を見た。
 俺は心の中で蓮と蓮の家族に謝罪をしてから、覚悟を決めた言葉を口にした。

「もし……反対されても、私も絶対に蓮さんとは別れません。私も一生、蓮さんと一緒にいたい。蓮さんのそばに……ずっといたいんです」

 お父さんと目を合わせているのが怖い。
 でもちゃんと見て伝えないとだめだ。俺は目をそらしたくなるのをぐっとこらえた。

「ご覧になったかどうかわかりませんが、私は以前テレビのドッキリ企画で、蓮さんを失う恐怖を味わいました」
「ああ、観たよ。……そうか、あれは二人にとっては親友じゃなくて恋人だったんだな」
「……はい。……あのときのことを思い出すと、私はいまでも怖くて身体が震えます。本当に目の前が真っ暗になりました。蓮さんを失ったら、もうどう生きていったらいいのかわからないと思いました。……あんな思いは、もう二度としたくないんです。私は蓮さんとは絶対に別れません。……本当に、わがままで……申し訳ありません」

 深く頭を下げた。本当に申し訳なくて胸が苦しくなった。
 蓮ごめん。俺たちのことをわかってもらえるよう挨拶に来たはずなのに、俺はただお父さんの質問に答えるだけだった。ちゃんと上手に伝えることもできなかった。
 ごめんな、蓮……。

 ゆっくりと頭を上げた。
 蓮が俺を安心させるように手をぎゅっとにぎり直す。
 蓮を見ると、その瞳が「大丈夫」と言っていた。そうだよな、大丈夫だよな。俺たちは絶対に離れない。
 
 しばらく黙って俺たちの顔を見据えていたお父さんが、やがて深くうなずいて表情をやわらげた。

「いいんじゃないか?」

 そう言って、今度は穏やかな表情で目を細めて俺たちを見る。

「いい……ってなに?」

 蓮が戸惑うように問いかけた。

「お前たちは、私がなにを言っても少しも動揺しなかったな。蓮が言うように、もうとっくに自分たちでさんざん考えて悩んで出した答えだという証拠だ。私が心配していたことは、すべて杞憂だったとよくわかったよ」

 穏やかに微笑むお父さんに、蓮と目を合わせて手を強くにぎり合った。

「認めてくれるの……?」
「まぁ、かなりのめり込みすぎてる感はあるがな。ただ男同士だから、より強い覚悟が必要なぶん二人ともブレが無い。お前たちの本気が伝わってきたよ。認める、と言うのは偉そうでどうかと思うが、いいんじゃないか? お前の人生なんだから自由にしなさい」

 最初の「自覚があるなら反対しなかった」という言葉で、もうだめなんだと思ってしまった俺は、安堵して気が抜けてまた涙が込み上げた。

「父さん、ありがとう」 
「あ……ありがとう……ござ…………」

 喉がつまって最後まで伝えることができない。
 必死で涙をこらえる。いい大人の男が人前で泣くなんてだめだろ……。

「秋さん……」

 蓮が優しく背中をさする。

「蓮、秋人くん、よかったねっ。もうお父さん驚かせないでよねーっ」
「ほんとよねぇ。意地悪なんだから」

 お姉さんとお母さんが二人でお父さんを責める。

「どれくらい本気なのか見極める必要があるだろう。簡単にいいと言えることじゃないからな。まぁ、でもちょっと意地悪だったかな? すまん、悪かった」
「ううん。ありがとう、父さん。認めてもらえてすごく嬉しいよ」

 もう俺は顔を上げられなくて、声も出せなくて、蓮の言葉にうなずくことしかできなかった。

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