【完結】本気だと相手にされないのでビッチを演じることにした

11 嘘つきでごめんなさい

　冬磨の腕が俺からゆっくりと離れていく。
　背中のぬくもりも離れていって、これで本当に終わったんだと実感した。

「天音、このままシャワー行くか？」
　
　そう冬磨に問われたけれど、とてもじゃないけど動けそうにない。
　経験豊富だと動けるんだろうか。
　
「冬磨、先に行って。俺はあとでいい……」
「ん、わかった」

　冬磨が身体を起こす気配を背中に感じた。
　急に寂しくなって、せっかく乾いた涙がふたたびじわっとあふれてくる。
　早く……早く行って、冬磨。涙を見られちゃう。
　ところが、ティッシュを数枚引き抜く音が聞こえたと思った瞬間、冬磨が俺の下半身を拭いだす。
　俺は慌てて顔を枕に押し付けた。

「なに……いいってそんなの」
「このままだと気持ち悪いだろ？」

　それ以上なにも言えなくて、動くと涙を見られてしまうから、俺はされるがままになった。

「天音」
「……なに」
「あのさ。最後まで抱いといてアレなんだけど。お前、もしかしてさ……」

　言いづらそうな冬磨の声色に、俺は一気に背筋が凍って涙が引っ込んだ。
　やっぱり俺、切られるんだ。今日で終わっちゃうんだ……。初めてだってバレたんだ……。
　抱かれ始めたら、ビッチ天音なんて演じることができなかった。そりゃバレるよね……。
　冬磨の前では泣かないようにしなきゃ……。
　絶対泣かない。絶対……。

「お前、他のセフレに乱暴にされてる……？」
「……っえ？」

　思いがけない冬磨の言葉に驚いて、思わず顔を上げて冬磨を見た。
　どうして冬磨はそんな風に思ったんだろう。不思議に思う片隅で、初めてだとバレていないことに安堵した。
　あ、涙の跡っ。とハッとしたけれど、冬磨は心配そうに、そして真剣な表情で俺を見ている。涙の跡は指摘されなかった。

「お前の身体の震え、ちょっと普通じゃないよ。前にそういう子抱いたことあってさ。痛い経験しかしたことなかったっていう子。今日のお前、その子とそっくりだった。……他のセフレ、だろ？」

　他の人を抱いた話に胸が痛くなりながら、俺はどう答えたらいいのかと困った。

「それにさ。お前はまだイッてないのに、相手がイッたらそこで終わりって……そんな抱かれ方されてるんじゃねぇの？」

　話を聞いてハッとした。
　冬磨がイッたからもう終わり、そう思った俺に気づいて、冬磨はそんなことも心配してくれていたんだ。
　本当に、どこまで優しいの……。どんどん冬磨を好きになっちゃうよ……。
　どう答えればいいだろう。
　乱暴なんてされてないと言えば、それ以外に震える理由が必要になる。
　でも、そうだと言えば、なぜ切らないのかという理由が思い浮かばない。
　それなら、今じゃなくて昔ならどうだろう。そうだ。昔を引きずってることにしよう。

「……今のセフレじゃねぇよ。……昔の男だ」
「昔？　今じゃなくて？」
「今のセフレは……みんな優しいよ」

　みんなって誰だ、と脳内で自分にツッコむ。あ、ディルド君がいた。

「……そっか。昔の奴だったか。今でもまだ震えるくらいだから、もうトラウマになってんだな……」

　トラウマ……っ。なんか話が大きくなっちゃった……。

「誰も好きにならないってのも、そこから来てんの？」
「え……」
「なんか訳ありかなって思ったけど……そういうことか」

　冬磨は俺の返事も聞かずに納得してしまった。
　どうしよう、嘘がどんどん増えていく。ビッチ天音だけでも苦しいのに……。

「トラウマ持ちで、なんでセフレなんて作るんだ？　抱かれるたびにしんどいだろ……。お前、泣いてたじゃん」

　あれは幸せの涙です。
　なんて言えないし、本当にどうしよう。
　困った表情を見られそうになって、慌てて無表情を装った。
　トラウマを克服したい、はどうだろう。
　……だめだ。
　冬磨は優しいから……好きな人ができてからでいいだろうって言いそう。
　なんか説得されそうで怖い。
　なにかもっといい理由ないかな……早く、早く、早く答えなきゃ。

「天音……なんか無理して抱かれてねぇか？」
「……違う」
「でもさ……」
「俺、性欲が強いんだ」
「……は？」

　早く早くって思ったらとっさに出てきた変な理由っ。恥ずかしすぎるっ。
　でも、もういい。開き直るっ。

「だからトラウマがあっても抱かれたいんだ」
「……いや、そんなの一人でやれば……」
「一人でイけたらこんなことしてねぇよ。イけねぇんだから仕方ねぇじゃん」
「あー……なるほど……？」

　納得できたようなできないような複雑そうな顔をする冬磨。
　もうこれ以上嘘をつきたくない。この話はこれでおしまいにしてほしい。

「もういいだろ。早くシャワー浴びてこいよ」
「……ああ、うん。……じゃあ、行ってくる」

　そう言いながらも冬磨は動かない。

「……おい？」
「天音」
「……なに」
「じゃあ、これからは俺も、お前のセフレってことでいいんだな？」

　これからもこの関係を続けられる。今日で終わりじゃないんだ。
　ぶわっと感情が爆発した。
　慌てて冬磨に背を向けて、また枕に顔をうずめた。

「……うん、よろしく」

　冬磨と正式にセフレになれた。可能性はゼロに近かったはずなのに嘘みたいだ。
　これからも冬磨に抱いてもらえるんだ。また、今日みたいに優しく抱いてもらえる。幸せすぎて夢みたい……。

「ん、わかった。ずっと優しく抱いてやるから。……克服できるといいな」
「……別にどうでもいい」
「怖いなんて気持ち、無いほうがいいだろ？　大丈夫。ちゃんと克服できるよ。そう信じてろ」

　俺の頭を撫でてから優しく布団をかけて、冬磨はシャワーへと向かった。

　冬磨の優しさが胸に刺さる。
　嘘ばっかりでごめんね……冬磨……。