【完結】本気だと相手にされないのでビッチを演じることにした

たっこ

文字の大きさ
44 / 154

44 色々分かりません……

しおりを挟む
 ヒデさんが言った『一人に絞る』という言葉も、冬磨の言葉も、また俺を勘違いさせようとする。
 違う……。そんなのおかしい。冬磨は俺が捕まらなくても他のセフレがいるって言ったもん……。俺の代わりにヒデさんを家に連れてきたもん……。
 ヒデさんが冬磨を見てあきれたような表情を見せた。

「冬磨のそんな怖い顔、初めて見たわ。冬磨も普通の男だったんだな」
「そりゃ……そうだろ」
「早く行きなよ。また店に迷惑かかるよ」
「ああ、わかってる。……マスター、ごめん」

 マスターは「気にすんな」と笑った。
 これって、出禁って言われてるのに店に来ちゃった俺が謝るところだ……。冬磨じゃない。でも、ビッチ天音の謝り方がわからない。

「あ……の、ごめんなさ……」

 素で謝ろうとした俺をさえぎって、マスターがまた笑った。

「天音、冬磨とちゃんと仲直りしろよ?」

 また言われた、仲直り……。

「冬磨、また日曜でよければ飲もう」
「うん、また連絡するわ」

 冬磨はマスターと肩を叩き合ってから俺を見て、優しく微笑みかけてきた。

「行こう、天音」

 冬磨は当然かのように俺の手を取って優しく握ると、出口に向かって歩き出す。

「え……っ」

 もう何がなんだかわけがわからない。
 後ろを振り返ると、マスターは優しく笑って俺に手を振って、ヒデさんはあきれたようなため息をついた。
 先を歩く冬磨を見ると、なぜかものすごく嬉しそうに笑ってて、ますます俺の頭は混乱した。
 冬磨のそばに戻れる可能性があるなら……そう思って俺は本当のビッチになろうとこの店に来たのに。何がどうなってるの……。

 ねぇ冬磨、一人に絞るってなんの話?
 俺に手を出したら許さないってなんの話?
 なんで来ないはずのバーに冬磨が来たの?
 冬磨とはもう終わったはずなのに、なんでいま手を繋がれてるの……?
 
 繋がれた手があったかくて優しくて、涙があふれてきた。
 だめだ……冬磨に見られちゃうっ。
 俺は必死で涙をこらえた。

 どこに行くのかと思いながら冬磨についていくと、冬磨はいつものホテルに迷いなく入って行った。
 え、ホテルっ?
 どうしてホテルっ?
 もうフラフラすんなよって、元気でなって、そう言ったのは冬磨なのに。もう会わないって、もう終わりだって遠回しに言ったのは冬磨なのに、なんでっ?

 色々わかんない。冬磨に聞きたいことがいっぱいある。
 でも、とりあえず勘違いする前に冷静になれた。ここに来るまで無言で付いてきてよかった。
 一人に絞るって、きっとセフレを一人に絞るってことだ。理由はわかんないけど、その一人に俺が選ばれたんだ。
 冬磨が一人に絞るって言ったから、お店で騒動になって俺が出禁になった……そういうことだったんだ。冬磨の家に連れていかれたあの日から、冬磨のセフレは俺だけだったんだ。俺だけ……。
 人数も把握できないほどセフレがいた冬磨が俺だけに絞った……。喜びで身体が震えた。
 ……でも、喜ぶのはまだ早い。俺の誤解が解けてない。俺の本命が敦司だなんて誤解を早く解きたい。
 そうしないと、また俺の代わりにヒデさんを呼ぶかもしれない。
 俺だけに絞ったなら、もうずっとセフレは俺だけにしてほしい。俺だけに……。

 ……でも、俺の本命が敦司だって誤解してるはずなのに、どうして冬磨はホテルに来たの?

「天音」

 部屋の中に入ると、冬磨がやっと口を開いた。
 なにを言われるのか、なにもわからなくて怖い。

「……なに。ホテルまで来たってことは、俺のこと切るのやめんの?」
「え?」

 冬磨が目を瞬きながら驚いた顔をする。
 え、なんで驚くのっ?
 わかんないっ。わかんないけどとりあえず気づかない振りで続けなきゃっ。

「勝手に勘違いして切っておいて、ちょっと勝手じゃね? ま、俺は別にどっちでもいいけど」

 冬磨が小さく吹き出した。
 なに、なんで笑うのっ?
 わかんないよっ。

「それまだ続けんの?」

 ホテルに来たのに続ける気はなかったのか、とショックで愕然となった。
 なんて返事をしよう。ビッチ天音の台詞ならどんな言葉が正解なんだろう。ショックが強くて思考が働かない……。
 すると、冬磨が「あれでもまだ気づいてないんだ」とまた笑った。
 あれって何? 気づいてないって何? なんのこと?

「ん、わかった。それ、名残惜しいからもうちょっとだけ続けよっか。俺のことは少しづつ教えるな?」

 名残惜しいから続ける……それでもいい。もう少しだけでもそばにいられる。冬磨のそばに……。でも、もし誤解を解くことができたら、もっと長く続けられるかな……?
 嬉しい……どうしよう……泣いたらだめだ。泣いたら……だめだってば。
 でも、最後の、冬磨のことを少しづつ教える……って、なんだろう……。

「天音……」

 いつもうなじにキスをする冬磨が、今日は頬にキスをして正面から俺を抱きしめた。
 いつもと違うことが俺をドキドキさせる。
 頬のキスだって抱きしめられるのだって初めてじゃないのに、心臓が痛くて涙がにじむ。

「天音ごめん。この前……俺、ひどい抱き方して……」

 もうすでに謝ってもらったことをまた謝られる。

「は……だから。それもういいって。なんもひどくねぇし。しつこい」

 俺を絶対に傷つけないって言葉を頑なに守ろうとする冬磨にとって、前回のあれはどうしても自分を許せないんだろう。
 でも、冬磨は泥酔していたし、そもそもトラウマが嘘だから気にされると俺がつらい。

「天音……そんな簡単に許すなよ」
「……意味わかんねぇ。ほんとしつこい。うざい」
「天音……ありがとな」
「だから意味わかんねぇって」
「天音……」

 さらにぎゅうっと強く抱きしめられる。
 こんなにすぐ、また冬磨にふれることができるなんて思ってなかった。
 もしかしたらもう二度と会えないかもしれないと思っていたのに。
 夢みたいで頭がクラクラしてくる。
 少し冬磨と離れたい。少し頭を冷やしたい。そうしないとビッチ天音になりきれない……。

「シャワー……入る」

 冬磨の身体をグッと押して離れようとしたのに、冬磨はビクともしない。さらに強く俺を抱きしめてきた。

「冬磨……?」
「シャワーなんていらないだろ」
「……は?」


 
しおりを挟む
感想 172

あなたにおすすめの小説

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

学校一のイケメンとひとつ屋根の下

おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった! 学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……? キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子 立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。 全年齢

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

処理中です...