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冬磨編
2 新鮮な反応
ヒデは俺が連絡をすると必ず会ってくれた。
別のセフレと一緒だと言われ諦めようとしたときも、「死なれたら困る」と言って会ってくれた。
「早くほかも探せよ。お前ならすぐ見つかるだろ?」
ヒデは、もし自分が間に合わなかったらと、俺のことをすごく心配した。
「……いや。口では気がないって言う奴も目が期待してんだ。俺、そういうのに敏感でさ。妥協するとあとで面倒になるから。だから、なかなか見つからない」
「……イケメンって面倒くさ」
ため息をつきながらも俺に付き合ってくれるヒデは、居心地がよかった。
ただ、いつも一言多い。
「今日も一回だけ?」
「今日もって……。うん、もうできない」
「お前さ、絶対俺に合わせて出すよな? もっとこらえて長く続けるとか、二回戦とかできねぇの?」
「できねぇなぁ……てか一回で充分」
「ほんと冷めてるよな。そんなに俺じゃ興奮しない?」
「いや。誰でも同じ」
「もしかしてゲイってのは勘違いとかない? 女のほうがいいんじゃね?」
「それはない」
「あっそ」
文句を言いながらも俺に付き合ってくれるヒデには本当に感謝した。
死にたくなる理由だって気になるだろうに、ヒデは何も詮索してこなかった。
死にたくなっても、人肌にふれているとまだ生きていていいんだと思える。……いや。俺はまだちゃんと生きてるんだ、と確認できる感じか……。
ほかにもセフレが少しづつ増えて、いざとなったら誰か一人は必ず捕まる、その安心感を得られた俺は少しづつ状態が安定していった。
◇
なんのために生きてるのかわからない毎日。
ずっとモノクロの世界。
それでも日々は流れて、事故から三年。すさんだ気持ちもだいぶ落ち着いた。
仏壇を見ても、死にたい衝動にかられることはほとんどなくなった。
「父さん……母さん……ごめん。ずっと線香も上げずに……」
やっと仏壇に話しかけることができたのに、それだけ口にして涙が流れた。
父さん母さんごめん……やっぱまだだめかも……。
俺はすぐに和室を出てふすまを閉めた。
俺は、人間関係は広く浅く友人も多い。
家で過ごせるようになって、大学時代の友人や会社の同僚が家に来ることも増えた。一人でいるのは嫌だからありがたい。
ただ、親のことを知っていても、仏壇に気づかない人が多い。
中には線香を上げてくれる人もいたが、手を合わせて数秒で終わる。
そりゃそうか。本気で話しかけるなんて身内くらいだよな。
自分だってまともに話しかけることもできないくせに、そんな友人たちに勝手にガッカリしている自分に苛立った。
仕事が終わり、いつものようにバーに向かう。
とにかく静かな空間にいるのが嫌だ。だから、今日も俺は賑やかなバーに逃げ込んだ。
いつも誰とも約束はしない。行けば誰かしら知り合いに会える。たとえいなくても、マスターが相手になってくれるとわかっているから、安心してバーの扉を開くことができた。
「冬磨。お前いま何人?」
タチ仲間の文哉が、会うなりセフレの数を聞いてきた。
「お前それ会うたび聞くよな?」
「だって気になるじゃん。で、何人?」
「今は……五人、かな」
「お、一人増えた」
「いや、二人減ったばっか」
「は? んじゃ三人増えて二人減ったのか?」
「ん、だな」
「……ほんと、なんでお前ばっかり……」
「誘ってくる奴にはちゃんと説明してるからな?」
俺は自分からは誘わない。
誘ってきた奴には条件をちゃんと説明してる。
今はもう危険な状態になることも少なくなって、ちょっと人肌恋しいときに誘うだけ。
「もうそれ以上増やさなくていいじゃん」
「まぁ、そうなんだけど、ビデがもっと増やせって」
「ヒデが? なんで?」
「勘違いのしようがないくらい、人数増やせってさ。忘れたころに誘われるくらいでちょうどいいって」
もう発作もほとんどないし、今くらいがちょうどいいかと思っていたらそう言われた。
「……それってさ、ヒデが冬磨を好きになっちゃいそうだからって意味か?」
「いや、どうもそうじゃなくて、ほかのセフレを心配してるみたいなんだよな。月一ペースでも危険だって。好きになっちゃって切られたら可哀想だからっつってた」
「……ああ、冬磨のセフレあるあるか……」
「なんだそれ。でも、この間セフレやめた奴は本命ができたからって笑顔で離れてったぞ?」
「冬磨の毒牙にやられずに済んだんだな……よかったなぁそいつ」
そんなことをしみじみ言うから、さすがの俺も苦笑しかなかった。
「もう一人は可哀想だったじゃねぇか」
マスターが口をはさんできた。
「好きになっちゃいそうだからもう無理だって言われてたろ?」
「……マスター聞いてたんだ」
「聞いてたんじゃなくて聞こえたんだ、ばか」
たしかに可哀想だけど、俺にはどうしてあげることもできない。
「冬磨はどうなのさ」
「どうって?」
「好きになっちゃいそうな奴、いねぇの?」
「いない」
「即答かよ」
好きになれる気がまったくしない。そういう感情が動かない。
好意の目に出会うとスッと心が冷めていく。
俺はきっと心が死んだんだろうと思う。
タバコが吸いたくなって「ちょっとごめん」と文哉に伝えて立ち上がった。
「マスター、裏貸して」
「……まだ来たばかりだろ。お前最近ペース早くなってねぇか?」
「ちゃんと一日一箱でやめてるよ」
「は? 多いだろっ」
マスターが喫煙所としてバッグーヤードを貸してくれている。「俺の喫煙所だから」と。
俺は昔、自分は一生タバコは吸わないと思っていた。親も吸わない人だったからだ。タバコなんてなんのために吸うんだ、と思っていた。
でも、今はこれがないと無理だ。心の安定が保てない。
もう一生吸い続けるんだろうな……。
どこかむなしい気持ちで乾いた笑いが漏れた。
◇
事故から五年。
どんどん世界がモノクロになる。
それでも、表面上は明るく振る舞えるようになった。
今では自然に笑顔を作ることもできる。ちょっと前までは考えられないことだった。すごい進歩だ。
線香も上げられるようになった。
と言っても気が向いたときにしか上げないが。
「父さん、母さん、今日も……まあ無難な一日だったよ」
なにかをひねり出して話そうか、と思ってもなにも出てこない。
俺は諦めて和室を出た。
仕事終わりにいつものようにバーに行く。
とにかく一人でいたくない。バーの喧騒の中が一番落ち着く。
マスターや文哉と、たわいもない話をしてるときが一番落ち着く。
それでも、人肌に癒されることをやめられない。今はもうセフレが何人いるかもわからない。文哉はそんな俺をゲスだと言う。
そうだよ……俺はゲスだ。そんなことは分かってる。
マスターも文哉もヒデも、すっかり落ち着いた俺を見て、誰かとちゃんと付き合ってみればと口をそろえて言うけれど、そんな気にすらならない。
セフレの距離感がいい。
それ以上は面倒臭い。
今が一番楽でいい。
バーの扉を開き店内を見渡す。
今日は文哉はいないらしい。
奥のボックス席にヒデがいた。でも、お互いに目を合わせてそれで終わり。セフレとは約束の日以外は話もしない。近寄らない。干渉しない。
それが嫌で去っていく奴もいた。
カウンターに向かうと、マスターの会話が耳に届く。
「たぶん想像以上だと思うよ? きっと君も冬磨に落ちるね」
「ははっ。すっげ。さらにハードル上げてきた」
俺の名前が聞こえた。なに話してんだ?
「なに、なんか俺の話してる?」
「お、噂をすればなんとやら」
線が細くてちょっと小柄そうな栗色の髪の子が、ゆっくりと俺を振り返る。
目を合わせて、驚くほど感情のない子だな、と思った。
なにを考えているのかまったくわからない無表情が、まっすぐ俺を見据えてくる。
「えっと、初めまして、かな?」
間違いなく初めてだと思ったが、一応保険で探るように声をかけた。
こちらはまったく知らなくても、知り合いかのように振る舞う奴も中にはいる。ちょっと目を合わせただけでも、知り合いになったと勘違いする奴もいる。
小柄な彼は俺をしばらくじっと見て、やっと口を開いた。
「へぇ? 案外大袈裟ってわけでもねぇかな」
「ん? 大袈裟?」
「あ、どうも初めまして。俺、天音」
「あ、どうも。俺は――――」
「知ってる。冬磨だろ? いまマスターに聞いた」
彼はそれだけ言うと、まるで満足したとでもいうように、すぐに顔を前に戻して酒を飲み始めた。
「あれ? なんか新鮮な反応」
マスターが意外そうな顔で天音を見てから俺を見た。
「え、どういう意味?」
相変わらず無表情で、少しだけ不思議そうに聞き返す天音に、俺もマスターも思わず笑った。
「たしかに新鮮」
「だから何がだよ」
今度は怪訝そうな顔をする天音に「隣いい?」と聞くと「勝手にどうぞ?」と興味もなさそうに返された。
本当に新鮮な反応で、ちょっと楽しくなってきた。
別のセフレと一緒だと言われ諦めようとしたときも、「死なれたら困る」と言って会ってくれた。
「早くほかも探せよ。お前ならすぐ見つかるだろ?」
ヒデは、もし自分が間に合わなかったらと、俺のことをすごく心配した。
「……いや。口では気がないって言う奴も目が期待してんだ。俺、そういうのに敏感でさ。妥協するとあとで面倒になるから。だから、なかなか見つからない」
「……イケメンって面倒くさ」
ため息をつきながらも俺に付き合ってくれるヒデは、居心地がよかった。
ただ、いつも一言多い。
「今日も一回だけ?」
「今日もって……。うん、もうできない」
「お前さ、絶対俺に合わせて出すよな? もっとこらえて長く続けるとか、二回戦とかできねぇの?」
「できねぇなぁ……てか一回で充分」
「ほんと冷めてるよな。そんなに俺じゃ興奮しない?」
「いや。誰でも同じ」
「もしかしてゲイってのは勘違いとかない? 女のほうがいいんじゃね?」
「それはない」
「あっそ」
文句を言いながらも俺に付き合ってくれるヒデには本当に感謝した。
死にたくなる理由だって気になるだろうに、ヒデは何も詮索してこなかった。
死にたくなっても、人肌にふれているとまだ生きていていいんだと思える。……いや。俺はまだちゃんと生きてるんだ、と確認できる感じか……。
ほかにもセフレが少しづつ増えて、いざとなったら誰か一人は必ず捕まる、その安心感を得られた俺は少しづつ状態が安定していった。
◇
なんのために生きてるのかわからない毎日。
ずっとモノクロの世界。
それでも日々は流れて、事故から三年。すさんだ気持ちもだいぶ落ち着いた。
仏壇を見ても、死にたい衝動にかられることはほとんどなくなった。
「父さん……母さん……ごめん。ずっと線香も上げずに……」
やっと仏壇に話しかけることができたのに、それだけ口にして涙が流れた。
父さん母さんごめん……やっぱまだだめかも……。
俺はすぐに和室を出てふすまを閉めた。
俺は、人間関係は広く浅く友人も多い。
家で過ごせるようになって、大学時代の友人や会社の同僚が家に来ることも増えた。一人でいるのは嫌だからありがたい。
ただ、親のことを知っていても、仏壇に気づかない人が多い。
中には線香を上げてくれる人もいたが、手を合わせて数秒で終わる。
そりゃそうか。本気で話しかけるなんて身内くらいだよな。
自分だってまともに話しかけることもできないくせに、そんな友人たちに勝手にガッカリしている自分に苛立った。
仕事が終わり、いつものようにバーに向かう。
とにかく静かな空間にいるのが嫌だ。だから、今日も俺は賑やかなバーに逃げ込んだ。
いつも誰とも約束はしない。行けば誰かしら知り合いに会える。たとえいなくても、マスターが相手になってくれるとわかっているから、安心してバーの扉を開くことができた。
「冬磨。お前いま何人?」
タチ仲間の文哉が、会うなりセフレの数を聞いてきた。
「お前それ会うたび聞くよな?」
「だって気になるじゃん。で、何人?」
「今は……五人、かな」
「お、一人増えた」
「いや、二人減ったばっか」
「は? んじゃ三人増えて二人減ったのか?」
「ん、だな」
「……ほんと、なんでお前ばっかり……」
「誘ってくる奴にはちゃんと説明してるからな?」
俺は自分からは誘わない。
誘ってきた奴には条件をちゃんと説明してる。
今はもう危険な状態になることも少なくなって、ちょっと人肌恋しいときに誘うだけ。
「もうそれ以上増やさなくていいじゃん」
「まぁ、そうなんだけど、ビデがもっと増やせって」
「ヒデが? なんで?」
「勘違いのしようがないくらい、人数増やせってさ。忘れたころに誘われるくらいでちょうどいいって」
もう発作もほとんどないし、今くらいがちょうどいいかと思っていたらそう言われた。
「……それってさ、ヒデが冬磨を好きになっちゃいそうだからって意味か?」
「いや、どうもそうじゃなくて、ほかのセフレを心配してるみたいなんだよな。月一ペースでも危険だって。好きになっちゃって切られたら可哀想だからっつってた」
「……ああ、冬磨のセフレあるあるか……」
「なんだそれ。でも、この間セフレやめた奴は本命ができたからって笑顔で離れてったぞ?」
「冬磨の毒牙にやられずに済んだんだな……よかったなぁそいつ」
そんなことをしみじみ言うから、さすがの俺も苦笑しかなかった。
「もう一人は可哀想だったじゃねぇか」
マスターが口をはさんできた。
「好きになっちゃいそうだからもう無理だって言われてたろ?」
「……マスター聞いてたんだ」
「聞いてたんじゃなくて聞こえたんだ、ばか」
たしかに可哀想だけど、俺にはどうしてあげることもできない。
「冬磨はどうなのさ」
「どうって?」
「好きになっちゃいそうな奴、いねぇの?」
「いない」
「即答かよ」
好きになれる気がまったくしない。そういう感情が動かない。
好意の目に出会うとスッと心が冷めていく。
俺はきっと心が死んだんだろうと思う。
タバコが吸いたくなって「ちょっとごめん」と文哉に伝えて立ち上がった。
「マスター、裏貸して」
「……まだ来たばかりだろ。お前最近ペース早くなってねぇか?」
「ちゃんと一日一箱でやめてるよ」
「は? 多いだろっ」
マスターが喫煙所としてバッグーヤードを貸してくれている。「俺の喫煙所だから」と。
俺は昔、自分は一生タバコは吸わないと思っていた。親も吸わない人だったからだ。タバコなんてなんのために吸うんだ、と思っていた。
でも、今はこれがないと無理だ。心の安定が保てない。
もう一生吸い続けるんだろうな……。
どこかむなしい気持ちで乾いた笑いが漏れた。
◇
事故から五年。
どんどん世界がモノクロになる。
それでも、表面上は明るく振る舞えるようになった。
今では自然に笑顔を作ることもできる。ちょっと前までは考えられないことだった。すごい進歩だ。
線香も上げられるようになった。
と言っても気が向いたときにしか上げないが。
「父さん、母さん、今日も……まあ無難な一日だったよ」
なにかをひねり出して話そうか、と思ってもなにも出てこない。
俺は諦めて和室を出た。
仕事終わりにいつものようにバーに行く。
とにかく一人でいたくない。バーの喧騒の中が一番落ち着く。
マスターや文哉と、たわいもない話をしてるときが一番落ち着く。
それでも、人肌に癒されることをやめられない。今はもうセフレが何人いるかもわからない。文哉はそんな俺をゲスだと言う。
そうだよ……俺はゲスだ。そんなことは分かってる。
マスターも文哉もヒデも、すっかり落ち着いた俺を見て、誰かとちゃんと付き合ってみればと口をそろえて言うけれど、そんな気にすらならない。
セフレの距離感がいい。
それ以上は面倒臭い。
今が一番楽でいい。
バーの扉を開き店内を見渡す。
今日は文哉はいないらしい。
奥のボックス席にヒデがいた。でも、お互いに目を合わせてそれで終わり。セフレとは約束の日以外は話もしない。近寄らない。干渉しない。
それが嫌で去っていく奴もいた。
カウンターに向かうと、マスターの会話が耳に届く。
「たぶん想像以上だと思うよ? きっと君も冬磨に落ちるね」
「ははっ。すっげ。さらにハードル上げてきた」
俺の名前が聞こえた。なに話してんだ?
「なに、なんか俺の話してる?」
「お、噂をすればなんとやら」
線が細くてちょっと小柄そうな栗色の髪の子が、ゆっくりと俺を振り返る。
目を合わせて、驚くほど感情のない子だな、と思った。
なにを考えているのかまったくわからない無表情が、まっすぐ俺を見据えてくる。
「えっと、初めまして、かな?」
間違いなく初めてだと思ったが、一応保険で探るように声をかけた。
こちらはまったく知らなくても、知り合いかのように振る舞う奴も中にはいる。ちょっと目を合わせただけでも、知り合いになったと勘違いする奴もいる。
小柄な彼は俺をしばらくじっと見て、やっと口を開いた。
「へぇ? 案外大袈裟ってわけでもねぇかな」
「ん? 大袈裟?」
「あ、どうも初めまして。俺、天音」
「あ、どうも。俺は――――」
「知ってる。冬磨だろ? いまマスターに聞いた」
彼はそれだけ言うと、まるで満足したとでもいうように、すぐに顔を前に戻して酒を飲み始めた。
「あれ? なんか新鮮な反応」
マスターが意外そうな顔で天音を見てから俺を見た。
「え、どういう意味?」
相変わらず無表情で、少しだけ不思議そうに聞き返す天音に、俺もマスターも思わず笑った。
「たしかに新鮮」
「だから何がだよ」
今度は怪訝そうな顔をする天音に「隣いい?」と聞くと「勝手にどうぞ?」と興味もなさそうに返された。
本当に新鮮な反応で、ちょっと楽しくなってきた。
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