【完結】本気だと相手にされないのでビッチを演じることにした

たっこ

文字の大きさ
149 / 154
番外編

ある日の冬磨と敦司 SS

しおりを挟む
「おーい冬磨」

 敦司の声に、俺はスマホから顔を上げた。

「ちょ……早くこれ受け取れ」

 飲み会帰りの天音を車で迎えに来ると、珍しく泥酔した天音が敦司に支えられてやってきた。
 俺は慌てて寄りかかっていた車から離れ、駆け寄った。

「大丈夫か、天音」

 天音を受け取ると、「あぇ? とぉま……? とぉまら! とぉまぁ~」と、ぎゅうっと抱きついてくる。

「とぉまぁ……えへへ」

 酔っ払いの天音がふにゃふにゃと甘えた声で俺の名を呼び、ぎゅっとしがみついて頬を擦り寄せる。
 な……なんだ、この可愛さは……っ。
 あまりにも可愛すぎてクラクラと目眩がした。

「なんでこんな泥酔してんだ? 珍しいな」
「ああ、冬磨は初めて見るのか。これが天音の本性だぞ?」
「え?」
「飲み会の八割がこのレベルMAX」
「マジか……っ」

 驚いたのと同時に、敦司はいつもこんなに可愛い天音を見ていたのかと、胸の奥で嫉妬心がふつふつと湧き上がる。

「最近は頑張って抑えて飲んでたんだけどな」
「最近は……って、頑張るってなんで……」

 今の敦司の言い方は、俺と一緒になってから……いや、付き合い始めた頃からということだろう。
 俺が迎えに来るんだから気にせず飲めばいいのに、なんで抑える必要があるんだよ。

「なにってそりゃ、冬磨に見せたくねぇからだろ」
「は?」

 その一言に、胸の中がざわつく。俺に見せたくない理由はなんだ? 敦司や松島さん、会社の人には良くて、俺にはダメな理由ってなんだ。

「……俺に見せたくねぇってなんだよ。敦司には見せんのに」
「は? そんなん幻滅されたくねぇからに決まってんだろ」

 言われて目を瞬いた。

「……あ、そういう……?」

 なんだよ、可愛いな。俺が天音に幻滅なんてするわけねぇのに。
「とぉま……だいすき」と胸にグリグリと顔を押し付けてくる天音に、俺の顔はだらしなく緩み、心の中が甘い感情でとろけていく。

「おい……そんな激甘な顔、俺に見せんな」
「勝手に見んな」
「……っとに、相変わらずお前の独占欲やばいな」
「ほっとけ」

 敦司は半分呆れたような顔をしながらも、どこか楽しんでいる様子だった。

「ま、天音本人が喜んでんだからいいけどよ」
「喜んでる……って、それ天音が言ったのか?」

 俺の独占欲についての話なんて天音に聞いたことがない。敦司とはそんな話までしてんのか?

「いや言ってねぇけどさ。いつもの天音を見てればわかるだろ」
「……なんだ、天音が言ったわけじゃねぇのか」

 本当に喜んでんのかな。
 敦司の言うとおり、俺の独占欲がやばいことは自分でも自覚している。
 あまり隠さずにいると引かれるかもしれないとは思うが、それでも隠しきれない。たぶん、相当束縛している。
 天音が仕事帰りに一人で出かけることはほとんどないし、俺ももちろんない。お互い、飲み会くらいだ。
 休みの日はいつも一緒で、別行動をしたことがない。
 あれ……? 思い返すとマジでやばいな……。
 付き合い始めてから自然と当たり前になっていたことが、こうして振り返ってみると、俺の独占欲が天音の負担になっていないか少し心配になってきた。
 結婚したからって、愛想つかされたらアウトだろ……。
 そんな最悪なことを想像して背筋が冷えた。

「おい、天音は絶対喜んでるからな? お前、変なこと考えるなよ?」
「変なこと?」
「たまには天音を自由にしてやろうとかバカなこと考えて一人で出かけるとかさ」

 敦司の言葉に、驚いて目を見開いた。

「なんで俺の考えてることがわかるんだよ……怖」

 たった今ちらっと考えたことを即座に言い当てられて、また背筋が寒くなる。

「なんでって、わかりやす過ぎなんだっつーの」
「……っ」

 たしかに、敦司にはいつも言い当てられてる気がするな……。

「余計なこと言って悪かった。お前はそのままでいいよ。天音が不安がるから、独占欲丸出しのままでいろよ?」

「わかったか?」と敦司は念を押して、「んじゃな」と背中を向け、手を上げて歩き出す。

「あ、おい、敦司も乗ってけよ」
「いいよ。今日は美香んち行くから」
「美香ちゃんちってどこ? 送ってくって」

 敦司がやっと足を止めて振り返った。

「いいって。逆方向だし、地下鉄ですぐだから。それに……」

 と、顔をしかめて俺たちを見る。

「お前ら、想像以上に甘すぎて胸焼けしそう」
「? そうか?」
「特に天音」

 敦司の視線が天音に向けられ、つられて俺も見下ろした。
 俺の胸に頬を寄せ、「とぉま……とぉま」と何度も俺の名を繰り返し、桜色の頬で破顔する天音。
 確かに、俺ですら目眩がするほどに可愛い。まるで抱いている時の天音だ。ここは外なのに、まだ抱いてもいないのに、まるでベッドの中の天音がここに居るようだ。

「ダチのそんな顔見たくねぇし、天音も見られたくねぇだろ」

 そう言われてハッとした。
 そうか、泥酔している天音を何度も見ている敦司でも、この天音・・・・は初めて見るんだ。
 そう気づいた途端、さっきまで敦司に抱いていた嫉妬が、俺の中から一瞬で消え去った。
 天音がこんなに甘えた姿を見せてくれるのは俺にだけ──その事実に、心が静かに満たされていく。

「じゃあな」
「……おお、またな」

 再び背を向けて去って行く敦司に声をかけ、無邪気に名前を呼び続ける天音を抱きしめ直す。
 愛おしさがこみ上げ、思わずその耳元でささやいた。

「天音、帰るぞ」

 腕の中の天音が微笑みながら小さく頷き、「……うん、かぇる」と甘い声で応えた時、心の奥底で何かが温かく溶けていくのを感じた。
 
 
 
 

しおりを挟む
感想 172

あなたにおすすめの小説

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

学校一のイケメンとひとつ屋根の下

おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった! 学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……? キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子 立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。 全年齢

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

処理中です...