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第2話
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僕たち2人は氷室さんが所有するバイクが置かれている駐車場へと走っていた。僕が写真で見て千里眼を使うと明らかに地区外に猫が居るように見えた。
「っていうかバイクの維持費はどうしてたんですか?」
「白川教授が立て替えてくれてます。」
「いやじゃあもうバイク売れよ!」
「それはできないよ!君にだってあるでしょ?絶対に失えない自分のプライドって物が!」
「さぁ?僕は命さえあれば大丈夫って教わったんで。」
敷地内指定の駐車場へ着き、氷室さんはバイクに颯爽と跨がる。バイクに全くもって興味のない僕はどこのメーカーでなんと言う車種なのか全然分からない。
「あのサイドカーなんて物はないんですか?」
「えっ?そんなのあるわけないじゃん。」
「僕は初めて乗るんですけどどこを持てば?」
「私の腰に手を回せばいいじゃん。」
「いやいや、そんな涼しい顔で言われても一応僕は男の子ですからね!」
「そんなもん気にしないから。早く乗って時間ないんだから。」
そう言いながら氷室さんはヘルメットを被ってゴーグルまで付けていた。そして僕にヘルメットを渡す。
僕は息を吐いてバイクの後ろに跨がった。そして、頭の中を空っぽにして氷室さんの腰から手を回した。
女性の身体は柔らかいんだなと下衆な考えを少しだけよぎっただひたすら頭の中で無念無想と唱えた。
久しぶりの、去年の夏に帰省した以来の地区外は何も変わってはいないが僕の状況は明らかに変わっていた。
氷室さんのヘルメットも僕のヘルメットもフルフェイスじゃないから走行中の車に顔を見られてしまう。
男が女性の腰に手を回してしがみついているヘタレな図にしか見えない。
「どう?言われた所まで近づいてきたけど。」
ハッと気が付くとそこは僕が千里眼で見た景色と同じところだった。本当に場所を説明しただけで来ちゃった。
「移動してるかも知れないんでもう1度、千里眼を使ってみます。」
「分かった。」と氷室さんは言って路肩にバイクを停車させた。停まってくれたので僕も千里眼がかけやすい。
僕が千里眼をかけてから約20分経過している。僕はここで千里眼の術式を少しだけいじった術を使う。
これは、千里眼で探している対象のそこからの移動した痕跡を追いかける魔法だ。ただ長時間使うと頭の中の容量がオーバーして鼻血や酷い時には血涙が流れるのがネックだ。
ここに居たことは間違いない。そして、移動していっていた。
追いかけていくと猫は導かれるようにこの現在地から塀を使って直線距離にして約500メートル先の廃墟のような建物に入っていった。
「分かりました。僕がナビするのでこのまま行ってください。」
「ここで間違いない?」
「はい。ここに入っていきました。」
何とか猫が入っていった建物まで案内ができた。正直かなりギリギリだったけど変な雑念を抱かなくなったからちょうどいいや。
「ッ!」
大丈夫だと思ったらバイクから降りた瞬間に立ち眩みが襲いアスファルトに跪くと同時に血が数滴落ちた。
どうやら鼻血まで出てきたらしい。目に違和感は無いから血涙までは出てきてないのが幸いだ。
「どうしたの大丈夫!?」
「ちょっと久しぶりだったんで無理しすぎたみたいです。」
「鼻血出てるよ。とりあえず止血しないと。」
すると氷室さんは跪く僕に目線が合う位置まで屈んでハンカチを僕の鼻に押さえる。柔軟剤の匂いと目の前には氷室さんの顔が近くにあり顔が熱くなるのを感じる。
ただでさえ女性と絡むことが無いのに美人の氷室さんがこうも近いと照れてしまう。
「いや、大丈夫です!すぐに止まるんで。」
「良いよ。御幸くんのお陰で時間にだいぶ余裕が持てたから落ち着いたら探しに行こう。」
「すいませんハンカチ。クリーニングに出してお返しします。」
「気にしなくていいよ。私は君の所長だからね!これくらい当然だよ。」
氷室さんはニカッとした笑顔で答える。もう流石に僕のペースが狂いそうだからハンカチだけ受け取って立ち上がった。
「本当に大丈夫?何なら私だけでも探してくるからここでゆっくりしてていいんだよ。」
「もう大丈夫です。別に死にそうとかそんなのではないので。」
鼻血も止まって僕たちは廃墟の中へ足を踏み入れた。その一歩を踏んだ瞬間に僕の右腕に柔らかいものが当たったから何だと思ったら氷室さんがしがみついていた。
「えっ?ちょっとなんですか?」
「大丈夫大丈夫!怖くないから!少し暗くて視界が悪いからちょっと先導をしてもらおうと思って。」
「それを怖いと言うのではないんですか?」
この人男との距離感バグってないか?と思いながら僕は左手の人差し指の指先に魔力を込めて明かりを出して懐中電灯位の視界は確保できた。
「これなら気持ち落ち着きますでしょ。」
「まぁ、別に怖くは無いんだけど君が気が利くから助かるよ。」
「強がりと本音が混じってますよ。平気なら僕も魔力を常に消費するわけだから消しますけど。」
「それだけは勘弁してくれないか!本当の事を言うと怖いんだ。私の強がりだ許してくれ!」
半泣きになりながら必死に懇願してくるのでライトをつけたまま氷室さんの手を握り先導する。腕にしがみつかれると歩きにくいし僕が恥ずかしい。
「ミルクちゃ~ん出ておいで。」
氷室さんが猫の名前を震える声で呼びながらゆっくりと進んでいく。
しかし、この建物に足を踏み入れてから僕は妙な違和感に苛まれていた。いや正確に言うとこの廃墟に近づくにつれて違和感を抱くようになった。
「氷室さん。早く出た方がいいかもしれません。」
「ヒャー!何!?何か居たの!?」
ダメだこりゃ。これだけビビっていたら分かるものも分からないよな。
「そんなに怖いなら外で待ってくれたらいいのに。」
「なな何を言ってるんだい?私は全然怖くない!君が何かそう、あれだ、怖そうにしていたから先輩として手を握ってやってるんだ!」
「テンプレートな強がりだと逆に感心しますね。」
「この建物って今まで探したことありました?」
「そういえば確かに探したことないな。地区外でも学校に近い所はあらかた探し尽くしたのにどうして見落としたんだろう。」
僕はここで自分の抱いた違和感が確信に変わる。ここは人避けの魔法がかけられている。しかも、その魔法に透明魔法の細工も仕掛けている。
「ここ、多分何ですけど、人にはバレたくない何かだと思いますよ。」
「それはいったい何なんだい!もしかして、ここには亡くなった人の幽霊が!」
ガタンという物音が聞こえたかと思ったら氷室さんは「ギャーー!」と叫び声のような雄叫びのような声を上げて抱きついてきた。
「ちょちょ氷室さん!離れて下さいよ!」
「無理だー私には見れない!止めてくれ!祟られる!」
ダメだ話にならない。何なら締め付ける力が更に増してきている。
「あれ?氷室さんこの猫じゃないんですか?」
「へっ?」
物音の所から猫がゆっくりと歩いてきた。抱きつかれて僕のライトが安定しないが写真で見せてもらった猫にそっくりだ。
「あっミルクちゃんだ。」
氷室さんはそう言うと僕から離れてその場で身体を屈めて手を広げるとミルクは簡単に氷室さんのもとへと駆けて飛び付いた。
「おぉ~こんな所に居たんだね。怖かったね。」
ミルクを抱き抱えて頭を撫でている。何か怖い思いをしたのか猫がここまで知らない人にすり寄るのだろうか?
「さぁ!目的は達成したから早くここから出よう。」
「少し待ってもらえますか?ちょっとやりたいことがあってですので先に外で待ってもらっててもいいですよ。」
「そんな!こんな所をレディー1人で歩かせるとは男としてどうなんだい!?」
氷室さんは必死に言い寄ってくる。男の腕に手を回したり抱きついたりする人に男女の事を説かれるとは思ってなかった。
「分かりました。まぁ別にこれから一緒に働くわけだから見られてもいいですけどあんまり他言無用でお願いしますよ。」
僕はその場で跪いて床に右手の掌を置いて魔力を流し込んだ。
やっぱりこの建物全体に強力な人避け魔法と更に透明魔法ではなく建物の存在が目に入らないような遮断魔法までかけている。
そして僕の千里眼は猫を追いかけていたからその魔法がかからなかったという訳か。
「氷室さん。ここから早く出た方がいいです。」
「それは私も大賛成だ!」
猫を抱き抱えながら震えている。本当この先が思いやられるよと考えながら術式を解除するために魔力の流れを止めようとした瞬間得体の知れない気配を感じる。
「!?」
「これは夢だな!私は夢を見ているんだそうに違いない。」
僕達が入ってきた入り口の扉の前に3つの首と背中に翼を生やして尻尾が蛇になっている怪物が門番のように立って待ち構えている。
「まるで空想上のケルベロスみたいですね。」
「何をそんな呑気な事を言ってるんだい!?早く逃げよう!」
「無理ですね。扉の前にはケルベロスが待ち構えて窓からは魔力を感じました。恐らくですけど強力な防御魔法が仕掛けられていると思います。」
そうこうしているうちにケルベロス、いや多分だけど人為的に造られているみたいだからキメラと呼ぶべきか、異形の生物は唸りをあげてジリジリと僕達に迫ってきている。
距離を詰めたキメラは餌に飛びかかるかのように僕達を襲ってくる。しかし、その牙は僕達には届かなかった。
飛びかかる時に氷室さんが僕に猫を預けて恐らく空間魔法でしまっていた刀を取り出して目にも見えない早さの居合で1本の首を切り落としキメラは倒れた。
「ごめんね。こんなことはしたくはないけど正当防衛だから。」
「意外と戦えるんですね。」
「どうだい?ただのビビりではないのだよ。」
氷室さんは血が付いた刀を払いながら胸を張る。
「でもこれは私達の範疇を超えてるね。白川教授と警察を呼ぼうか。」
「そうですね。ただ、ここは人避け魔法と気配遮断魔法をかけられているのでそれで解いてから通報しましょう。」
再度魔法を解除しようと思ったら倒したはずのキメラが立ち上がり氷室さんに襲いかかる。
「キャッ!」
氷室さんは襲われた拍子で倒れる。キメラの斬られていない真ん中の首は氷室さんが持っていた刀を口に咥えている。
「大丈夫ですか?」
「イテテ。完全に油断してた。首が3つあるのは飾りじゃなかったんだね。」
氷室さんは腕から少し出血がある。動脈を切ったわけではなく完全な掠り傷だが、こんなに鼻が利きそうな動物じゃ逃げても「どうぞ追いかけてきて下さい」と言っているようなものだ。
血を見てその匂いを嗅いだキメラは更に興奮して襲いかかってくる。
「仕方がない。」
僕は握りこぶしを床に叩きつけて、僕と氷室さんが入れるサイズの紫色の魔方陣を展開する。
飛び込んできたキメラは透明の壁とその壁に付与されている雷属性の力による静電気に「キャウン!」と犬のような鳴き声を出して後ろに飛ぶ。
「あれ?傷が癒えていく。」
「これは防御魔法に雷の魔法と治癒魔法を加えてます。この陣にいる間は傷が癒えますので、この子をお願いします。」
さてと。猫を預けたのはいいとしてこの怪物をどうやって倒そうかな。
下手な高火力の魔法を使うといくら防御魔法をかけているとしても破壊しかねないし、ここの建物の主が出てこざるをえない状況を作るのは未知数なだけによろしくない。
「戦うのは得意じゃないし生物を殺めるというのはあまりしたくないんだけど、恨むんならお前を造り出した本人を恨んでくれよ。その代わり必ず捕まえてあげるから。」
僕はそう言いながら魔方陣から出ると、キメラは待ってましたかのように飛びかかってくるが、あらかじめ掌に作っていた円形上の回転する刃物をキメラに向かって振り下ろす。
無機物を切断するのとは違い、手には嫌な感触が伝わってくる。
「もう大丈夫ですよ。」
「死んだのかい?」
キメラに視線を向けると左右に別れた半身の首が残っている所はまだ動いている。かなりの生命力だが右半身しかない身体では動けないようだ。
「これキメラよね?」
「多分ですけど人為的に合成されてますね。」
「キメラの生成は国際法で禁止されているはずだ。にもかかわらず秘密裏に誰かが造ったしか考えられない。」
「おそらくはここで何かを造っているのかもしくは非合法な実験も行っているかもしれません。
僕はここで建物にかけられている術式を解除するので外で警察と教授を呼んでもらえますか?」
「そそそ外で私を1人!また、あんな怪物が出てきたらどうするんだい!?」
「いや、氷室さんも十分強いじゃないですか。」
「いやいや、外に出るまでこんな暗がりを1人だなんて無理無理!!」
「僕みたいにライトの補助魔法を使えば良いじゃないですか。」
「私は補助魔法全般が苦手なんだ!頼むから!」
抱きかかえている猫と一緒に小動物のような目で訴えてくるので僕はひとまず術式解除を優先する。
「見てたと思いますけどこの間は僕は無防備になるので何か来たらお願いしますよ。」
「その点は任せたまえ!」
本当に大丈夫かな?と思いながら僕は床に魔力を流し込んでこの術式の元を追いかける。
「もしかして最近犬猫の捜索が多い理由ってもしかして人のペットを誘拐してるってこと?」
「多分そうだと思います。そして、そのなれの果てがあのキメラだと思います。」
氷室さんは首がついているキメラの半身に徐に近づいていく。
「その状態でもまだ動く生命力があるので気を付けた方が良いですよ。」
「辛かったよね。飼い主様と引き離されてこんな姿にさせられて。悲しいよねこんな事ってないよね。」
氷室さんは涙を流しながらキメラの頭に手を添えてキメラを弔う。
「せめて元の姿に戻せないかな?」
「無理だと思います。種族の違う生物を融合させるには何か強力な魔法で行われているので錬金術くらいしかないんじゃないでしょうか。」
「錬金術か。そんなのできる人世界で何人居るんだろうね。」
「さぁ。意外と日本にも居るんじゃないですかね。」
そろそろ術式の元まで辿り着けそうだ。ここまで複雑な術式は初めてだけど解けないって程でも無かったな。
でも、何でこんなに複雑に仕組まれているのに解くにつれて術式が簡易になっていくんだろう?
「あっ!ヤバい!」
「何何!またキメラ!」
とんでもないことをしてしまった。この術式を解くとこの建物が時限式に爆発する仕組みになっている。
「ばば爆発!早く逃げないと!」
「窓にかけられている術は解いているので突き破りましょう!」
僕は手の平に大気を密集させて野球ボール程の球を作って窓ガラスに投げたが、あらぬ方向に飛んで行った。
「このノーコン!」
氷室さんは僕に猫を押し付けて、キメラから取り返した日本刀で壁を綺麗にひし形に斬った。
「さぁ早く逃げよう!」
「先に行ってください!」
「何を言ってるんだい!?置いていけるわけないだろう!」
そう強気で言ってはいるが、体が震えている。まあ、確かに普通に生活をしていれば2階。しかも、この建物は普通よりも高いから恐怖を感じるのは仕方がないだろう。
「じゃあ、行きますよ!」
「わぁ!ちょっと待ってよ!」
僕は氷室さんの手を引っ張って2階から飛び降りる。想定よりも高いけど、まあ別に問題はない。落ち着いて風をしっかりと集めて着地点に合わせて怪我無く着地をする。そして、爆発の爆風に巻き込まれないように無属性魔法の盾に地属性を組み込んで強化する。
「耳を塞いでください!姿勢も低く。」
同時に塞いでいても鼓膜を破壊しそうな爆発音が頭の中に響いてきた。盾のおかげで瓦礫や爆風の火傷はないけど盾越しにも来る風圧に吹き飛ばされそうになる。
「っていうかバイクの維持費はどうしてたんですか?」
「白川教授が立て替えてくれてます。」
「いやじゃあもうバイク売れよ!」
「それはできないよ!君にだってあるでしょ?絶対に失えない自分のプライドって物が!」
「さぁ?僕は命さえあれば大丈夫って教わったんで。」
敷地内指定の駐車場へ着き、氷室さんはバイクに颯爽と跨がる。バイクに全くもって興味のない僕はどこのメーカーでなんと言う車種なのか全然分からない。
「あのサイドカーなんて物はないんですか?」
「えっ?そんなのあるわけないじゃん。」
「僕は初めて乗るんですけどどこを持てば?」
「私の腰に手を回せばいいじゃん。」
「いやいや、そんな涼しい顔で言われても一応僕は男の子ですからね!」
「そんなもん気にしないから。早く乗って時間ないんだから。」
そう言いながら氷室さんはヘルメットを被ってゴーグルまで付けていた。そして僕にヘルメットを渡す。
僕は息を吐いてバイクの後ろに跨がった。そして、頭の中を空っぽにして氷室さんの腰から手を回した。
女性の身体は柔らかいんだなと下衆な考えを少しだけよぎっただひたすら頭の中で無念無想と唱えた。
久しぶりの、去年の夏に帰省した以来の地区外は何も変わってはいないが僕の状況は明らかに変わっていた。
氷室さんのヘルメットも僕のヘルメットもフルフェイスじゃないから走行中の車に顔を見られてしまう。
男が女性の腰に手を回してしがみついているヘタレな図にしか見えない。
「どう?言われた所まで近づいてきたけど。」
ハッと気が付くとそこは僕が千里眼で見た景色と同じところだった。本当に場所を説明しただけで来ちゃった。
「移動してるかも知れないんでもう1度、千里眼を使ってみます。」
「分かった。」と氷室さんは言って路肩にバイクを停車させた。停まってくれたので僕も千里眼がかけやすい。
僕が千里眼をかけてから約20分経過している。僕はここで千里眼の術式を少しだけいじった術を使う。
これは、千里眼で探している対象のそこからの移動した痕跡を追いかける魔法だ。ただ長時間使うと頭の中の容量がオーバーして鼻血や酷い時には血涙が流れるのがネックだ。
ここに居たことは間違いない。そして、移動していっていた。
追いかけていくと猫は導かれるようにこの現在地から塀を使って直線距離にして約500メートル先の廃墟のような建物に入っていった。
「分かりました。僕がナビするのでこのまま行ってください。」
「ここで間違いない?」
「はい。ここに入っていきました。」
何とか猫が入っていった建物まで案内ができた。正直かなりギリギリだったけど変な雑念を抱かなくなったからちょうどいいや。
「ッ!」
大丈夫だと思ったらバイクから降りた瞬間に立ち眩みが襲いアスファルトに跪くと同時に血が数滴落ちた。
どうやら鼻血まで出てきたらしい。目に違和感は無いから血涙までは出てきてないのが幸いだ。
「どうしたの大丈夫!?」
「ちょっと久しぶりだったんで無理しすぎたみたいです。」
「鼻血出てるよ。とりあえず止血しないと。」
すると氷室さんは跪く僕に目線が合う位置まで屈んでハンカチを僕の鼻に押さえる。柔軟剤の匂いと目の前には氷室さんの顔が近くにあり顔が熱くなるのを感じる。
ただでさえ女性と絡むことが無いのに美人の氷室さんがこうも近いと照れてしまう。
「いや、大丈夫です!すぐに止まるんで。」
「良いよ。御幸くんのお陰で時間にだいぶ余裕が持てたから落ち着いたら探しに行こう。」
「すいませんハンカチ。クリーニングに出してお返しします。」
「気にしなくていいよ。私は君の所長だからね!これくらい当然だよ。」
氷室さんはニカッとした笑顔で答える。もう流石に僕のペースが狂いそうだからハンカチだけ受け取って立ち上がった。
「本当に大丈夫?何なら私だけでも探してくるからここでゆっくりしてていいんだよ。」
「もう大丈夫です。別に死にそうとかそんなのではないので。」
鼻血も止まって僕たちは廃墟の中へ足を踏み入れた。その一歩を踏んだ瞬間に僕の右腕に柔らかいものが当たったから何だと思ったら氷室さんがしがみついていた。
「えっ?ちょっとなんですか?」
「大丈夫大丈夫!怖くないから!少し暗くて視界が悪いからちょっと先導をしてもらおうと思って。」
「それを怖いと言うのではないんですか?」
この人男との距離感バグってないか?と思いながら僕は左手の人差し指の指先に魔力を込めて明かりを出して懐中電灯位の視界は確保できた。
「これなら気持ち落ち着きますでしょ。」
「まぁ、別に怖くは無いんだけど君が気が利くから助かるよ。」
「強がりと本音が混じってますよ。平気なら僕も魔力を常に消費するわけだから消しますけど。」
「それだけは勘弁してくれないか!本当の事を言うと怖いんだ。私の強がりだ許してくれ!」
半泣きになりながら必死に懇願してくるのでライトをつけたまま氷室さんの手を握り先導する。腕にしがみつかれると歩きにくいし僕が恥ずかしい。
「ミルクちゃ~ん出ておいで。」
氷室さんが猫の名前を震える声で呼びながらゆっくりと進んでいく。
しかし、この建物に足を踏み入れてから僕は妙な違和感に苛まれていた。いや正確に言うとこの廃墟に近づくにつれて違和感を抱くようになった。
「氷室さん。早く出た方がいいかもしれません。」
「ヒャー!何!?何か居たの!?」
ダメだこりゃ。これだけビビっていたら分かるものも分からないよな。
「そんなに怖いなら外で待ってくれたらいいのに。」
「なな何を言ってるんだい?私は全然怖くない!君が何かそう、あれだ、怖そうにしていたから先輩として手を握ってやってるんだ!」
「テンプレートな強がりだと逆に感心しますね。」
「この建物って今まで探したことありました?」
「そういえば確かに探したことないな。地区外でも学校に近い所はあらかた探し尽くしたのにどうして見落としたんだろう。」
僕はここで自分の抱いた違和感が確信に変わる。ここは人避けの魔法がかけられている。しかも、その魔法に透明魔法の細工も仕掛けている。
「ここ、多分何ですけど、人にはバレたくない何かだと思いますよ。」
「それはいったい何なんだい!もしかして、ここには亡くなった人の幽霊が!」
ガタンという物音が聞こえたかと思ったら氷室さんは「ギャーー!」と叫び声のような雄叫びのような声を上げて抱きついてきた。
「ちょちょ氷室さん!離れて下さいよ!」
「無理だー私には見れない!止めてくれ!祟られる!」
ダメだ話にならない。何なら締め付ける力が更に増してきている。
「あれ?氷室さんこの猫じゃないんですか?」
「へっ?」
物音の所から猫がゆっくりと歩いてきた。抱きつかれて僕のライトが安定しないが写真で見せてもらった猫にそっくりだ。
「あっミルクちゃんだ。」
氷室さんはそう言うと僕から離れてその場で身体を屈めて手を広げるとミルクは簡単に氷室さんのもとへと駆けて飛び付いた。
「おぉ~こんな所に居たんだね。怖かったね。」
ミルクを抱き抱えて頭を撫でている。何か怖い思いをしたのか猫がここまで知らない人にすり寄るのだろうか?
「さぁ!目的は達成したから早くここから出よう。」
「少し待ってもらえますか?ちょっとやりたいことがあってですので先に外で待ってもらっててもいいですよ。」
「そんな!こんな所をレディー1人で歩かせるとは男としてどうなんだい!?」
氷室さんは必死に言い寄ってくる。男の腕に手を回したり抱きついたりする人に男女の事を説かれるとは思ってなかった。
「分かりました。まぁ別にこれから一緒に働くわけだから見られてもいいですけどあんまり他言無用でお願いしますよ。」
僕はその場で跪いて床に右手の掌を置いて魔力を流し込んだ。
やっぱりこの建物全体に強力な人避け魔法と更に透明魔法ではなく建物の存在が目に入らないような遮断魔法までかけている。
そして僕の千里眼は猫を追いかけていたからその魔法がかからなかったという訳か。
「氷室さん。ここから早く出た方がいいです。」
「それは私も大賛成だ!」
猫を抱き抱えながら震えている。本当この先が思いやられるよと考えながら術式を解除するために魔力の流れを止めようとした瞬間得体の知れない気配を感じる。
「!?」
「これは夢だな!私は夢を見ているんだそうに違いない。」
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「何をそんな呑気な事を言ってるんだい!?早く逃げよう!」
「無理ですね。扉の前にはケルベロスが待ち構えて窓からは魔力を感じました。恐らくですけど強力な防御魔法が仕掛けられていると思います。」
そうこうしているうちにケルベロス、いや多分だけど人為的に造られているみたいだからキメラと呼ぶべきか、異形の生物は唸りをあげてジリジリと僕達に迫ってきている。
距離を詰めたキメラは餌に飛びかかるかのように僕達を襲ってくる。しかし、その牙は僕達には届かなかった。
飛びかかる時に氷室さんが僕に猫を預けて恐らく空間魔法でしまっていた刀を取り出して目にも見えない早さの居合で1本の首を切り落としキメラは倒れた。
「ごめんね。こんなことはしたくはないけど正当防衛だから。」
「意外と戦えるんですね。」
「どうだい?ただのビビりではないのだよ。」
氷室さんは血が付いた刀を払いながら胸を張る。
「でもこれは私達の範疇を超えてるね。白川教授と警察を呼ぼうか。」
「そうですね。ただ、ここは人避け魔法と気配遮断魔法をかけられているのでそれで解いてから通報しましょう。」
再度魔法を解除しようと思ったら倒したはずのキメラが立ち上がり氷室さんに襲いかかる。
「キャッ!」
氷室さんは襲われた拍子で倒れる。キメラの斬られていない真ん中の首は氷室さんが持っていた刀を口に咥えている。
「大丈夫ですか?」
「イテテ。完全に油断してた。首が3つあるのは飾りじゃなかったんだね。」
氷室さんは腕から少し出血がある。動脈を切ったわけではなく完全な掠り傷だが、こんなに鼻が利きそうな動物じゃ逃げても「どうぞ追いかけてきて下さい」と言っているようなものだ。
血を見てその匂いを嗅いだキメラは更に興奮して襲いかかってくる。
「仕方がない。」
僕は握りこぶしを床に叩きつけて、僕と氷室さんが入れるサイズの紫色の魔方陣を展開する。
飛び込んできたキメラは透明の壁とその壁に付与されている雷属性の力による静電気に「キャウン!」と犬のような鳴き声を出して後ろに飛ぶ。
「あれ?傷が癒えていく。」
「これは防御魔法に雷の魔法と治癒魔法を加えてます。この陣にいる間は傷が癒えますので、この子をお願いします。」
さてと。猫を預けたのはいいとしてこの怪物をどうやって倒そうかな。
下手な高火力の魔法を使うといくら防御魔法をかけているとしても破壊しかねないし、ここの建物の主が出てこざるをえない状況を作るのは未知数なだけによろしくない。
「戦うのは得意じゃないし生物を殺めるというのはあまりしたくないんだけど、恨むんならお前を造り出した本人を恨んでくれよ。その代わり必ず捕まえてあげるから。」
僕はそう言いながら魔方陣から出ると、キメラは待ってましたかのように飛びかかってくるが、あらかじめ掌に作っていた円形上の回転する刃物をキメラに向かって振り下ろす。
無機物を切断するのとは違い、手には嫌な感触が伝わってくる。
「もう大丈夫ですよ。」
「死んだのかい?」
キメラに視線を向けると左右に別れた半身の首が残っている所はまだ動いている。かなりの生命力だが右半身しかない身体では動けないようだ。
「これキメラよね?」
「多分ですけど人為的に合成されてますね。」
「キメラの生成は国際法で禁止されているはずだ。にもかかわらず秘密裏に誰かが造ったしか考えられない。」
「おそらくはここで何かを造っているのかもしくは非合法な実験も行っているかもしれません。
僕はここで建物にかけられている術式を解除するので外で警察と教授を呼んでもらえますか?」
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「いや、氷室さんも十分強いじゃないですか。」
「いやいや、外に出るまでこんな暗がりを1人だなんて無理無理!!」
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「私は補助魔法全般が苦手なんだ!頼むから!」
抱きかかえている猫と一緒に小動物のような目で訴えてくるので僕はひとまず術式解除を優先する。
「見てたと思いますけどこの間は僕は無防備になるので何か来たらお願いしますよ。」
「その点は任せたまえ!」
本当に大丈夫かな?と思いながら僕は床に魔力を流し込んでこの術式の元を追いかける。
「もしかして最近犬猫の捜索が多い理由ってもしかして人のペットを誘拐してるってこと?」
「多分そうだと思います。そして、そのなれの果てがあのキメラだと思います。」
氷室さんは首がついているキメラの半身に徐に近づいていく。
「その状態でもまだ動く生命力があるので気を付けた方が良いですよ。」
「辛かったよね。飼い主様と引き離されてこんな姿にさせられて。悲しいよねこんな事ってないよね。」
氷室さんは涙を流しながらキメラの頭に手を添えてキメラを弔う。
「せめて元の姿に戻せないかな?」
「無理だと思います。種族の違う生物を融合させるには何か強力な魔法で行われているので錬金術くらいしかないんじゃないでしょうか。」
「錬金術か。そんなのできる人世界で何人居るんだろうね。」
「さぁ。意外と日本にも居るんじゃないですかね。」
そろそろ術式の元まで辿り着けそうだ。ここまで複雑な術式は初めてだけど解けないって程でも無かったな。
でも、何でこんなに複雑に仕組まれているのに解くにつれて術式が簡易になっていくんだろう?
「あっ!ヤバい!」
「何何!またキメラ!」
とんでもないことをしてしまった。この術式を解くとこの建物が時限式に爆発する仕組みになっている。
「ばば爆発!早く逃げないと!」
「窓にかけられている術は解いているので突き破りましょう!」
僕は手の平に大気を密集させて野球ボール程の球を作って窓ガラスに投げたが、あらぬ方向に飛んで行った。
「このノーコン!」
氷室さんは僕に猫を押し付けて、キメラから取り返した日本刀で壁を綺麗にひし形に斬った。
「さぁ早く逃げよう!」
「先に行ってください!」
「何を言ってるんだい!?置いていけるわけないだろう!」
そう強気で言ってはいるが、体が震えている。まあ、確かに普通に生活をしていれば2階。しかも、この建物は普通よりも高いから恐怖を感じるのは仕方がないだろう。
「じゃあ、行きますよ!」
「わぁ!ちょっと待ってよ!」
僕は氷室さんの手を引っ張って2階から飛び降りる。想定よりも高いけど、まあ別に問題はない。落ち着いて風をしっかりと集めて着地点に合わせて怪我無く着地をする。そして、爆発の爆風に巻き込まれないように無属性魔法の盾に地属性を組み込んで強化する。
「耳を塞いでください!姿勢も低く。」
同時に塞いでいても鼓膜を破壊しそうな爆発音が頭の中に響いてきた。盾のおかげで瓦礫や爆風の火傷はないけど盾越しにも来る風圧に吹き飛ばされそうになる。
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